第3話 激昂 ~1546年3月~

「お前もか!」

 攻め入ってくる斎藤家へ、つい叫んでしまった。

 斯波家を挟んでいるから大丈夫だと思っていたが、その東側が実は織田領と接していたのだ。斎藤家本拠地からは大回りになるが、それでも今川が動きを逃さず手を打つ手腕はさすが美濃のマムシである。


「挟み撃ちか。どうするのだ?」

「……どうしよう」


 停戦という手はある。ただ、こっちも何かを差し出さなければいけない。現状で提供できるのは、さっき落とした岡崎城か。


「ためしにやってみるか」


 今川家に停戦交渉をかける。

 やはり選択肢に上るのは、少ないお金と城のみ。お金は非常に影響が小さく、話にならない。岡崎城を差し出せば一年以上の停戦は固いが、せっかく獲得した岡崎城をただでやるのも癪だ。

 交渉は決裂。


「やっぱり、戦うしかないか」

「勝ち目はあるのか?」

「まず、斎藤軍は後回し。距離もあるし、領内に入っても城までいくつか郡があるから時間は稼げます。今川軍のほうが岡崎城の目の前に迫ってるので、優先して迎撃します」


 そういえば、テクニックの一つに「攻められたら敵の領地をいくつか奪って停戦交渉すれば、奪った領地を返すだけで応じてくれる」というのがあると聞いたことがある。

 さっきも停戦交渉前にその手の工作をするべきではあったのだ。

 ただ、別動隊を動かせるほど余力もないし、まずは正面から撃退するしかない。


 織田信秀をはじめ部隊をかき集め、敵が迫る岡崎城へ差し向ける。

 無傷の今川軍のほうが、数の上では有利である。真っ向からぶつかっては勝ち目がない。ここでこそ、合戦だ。


 こちらと敵とは部隊数では4対3。兵数では劣るが部隊数では勝っている。


「部隊数さえ勝っていれば、兵数は誤差!」

 合戦開始後、こちらは動かずに敵が接近するのを待つ。獲得すれば士気が上がり有利になる要所も無視。

 敵3部隊のうち、1つは退き口付近で防衛、1つは要所に向かい、1つはこちらに接近してくる。

 近づいた1つを、囲んで潰す。

 挟撃により動けなくなった敵部隊は、見る見るうちに体力と兵数が減少。要所を落とされる前に壊滅した。

 複数部隊による各個撃破が合戦の基本戦術だ。


「おお、鮮やかだな!」

「本当は戦わずに勝ちたいんですけどね。次の戦いも控えてるし」

「そんなこともできるのか?」

「うまく誘導すれば、敵に触れずに退き口だけ破壊して損耗ゼロで撃退することも可能です。まあ、今回みたいに複数部隊いたら難しいですけど」

「奥が深いものだな」


 少ない兵がさらに目減りしたが、勝利を収めた。

 とリザルト画面に変化があった。

『敵将を捕まえました』

 低確率だが、壊滅させた部隊から敵を捕縛することができるのだ。


 捕まえたのは、太原雪斎だった。


「さっきの人じゃないか。捕まえたのか?」

「そのようですね」

「捕まえたら、どうなるのだ?」

「うまくいけば、仲間になったりします。けど……」


 太原雪斎。

 今川家の中心人物だけあって、パラメーターはめちゃくちゃ高い。特に知略と政務はほぼマックス。間違いなく第一級の逸材であり、仲間になれば頼もしいことこの上ない。

 ただ、忠誠心が18。

 最大で20のうちの18である。


 一応、登用を薦めてみたが、

『登用が失敗しました』

 やっぱりそうなった。


「仲間にはならなかったのか。まあ、義理堅そうだし、しかたないのかね」

「そうですね」

 さて。

 とはいえこのまま逃がすのもどうか。

 逃がして捕まえるを繰り返せば仲間になる確率も上がっていくのがこのゲームのシステムだ。

 国をすべて攻め落とせば、武将も丸ごと手に入れられる。つまりゆくゆくは仲間になる算段が高い。

 ただ、90以上ある知略の数値が気になる。今後今川家とやりあう中で、直接戦闘以外にも、領内に一揆を発生させて対応を迫らせたり、城の城壁を破壊して耐久力を低下させてきたりする『調略』も懸念される。直接戦闘ならいくらでも対処法があるが、調略を防ぐには知略が高い武将を配置するくらいしかないし、それも確実ではない。食らう一方になる。

 それは、かなりダルい。


「うーん、まいっか」


 処断。


『悔いはないわい』

 太原雪斎はそう言い残し、『シャキン』という音とともに画面から消えた。


「――は?」


 琴吹先輩の声


「き、きみ、今、何をしたんだ?」


「えっと、処断です。捕まえた兵を、わかりやすくいえば――」

「殺したのか?」


 ひとつトーンが低い声。

 僕ははっとして、琴吹先輩に目を向ける。

 真っ赤な顔でこちらをぐっと見下ろしている。


「殺したのかと聞いているんだッ!」

 叫ぶと同時に涙がこぼれる。


「え、ええ、まあ……」

 うなずくしかできない。


「よくもそのようなことができるな! 忠義に厚い高潔な賢人を、いともたやすく手にかけるとは――餓鬼畜生のごとき所業! 信じられん!」


 憤然と立ち上がる。


「帰るッ」


 宣言して、大股で立ち去って行った。

 叩きつけるようにして扉が閉められた。ガラスが割れんばかりの大きな音が残響する。


「あ……あぁ……」


 音ともに温度も、引き潮のように収まっていく。

 人に怒りを向けられたのなんて、いつ以来だろう。

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