第2話 開始 ~1546年2月~
さて。
上級に挑む。
AIは好戦的になり、隙あらば攻め込んでくると聞く。中級のときは大坂の陣シナリオを豊臣家でプレイし、徳川家のすさまじい物量を相手に苦労した。倒しても倒しても数万単位の軍勢で押し寄せてくるのだ。それでも攻め方に荒さがあり何とかしのげたが、難易度が上がるとそれもどうなるのか。
なので、今回は織田家からスタートとする。多分有力な武将が集まってくるから、相対的な難易度は下がってちょうどいいかも。本当は同じ姓の小田氏治にも興味があるが、戦国最弱武将とあだ名されるだけあってかなりシビアな環境から始まるようなので、もっと経験を積んでからにしたい。
前回の大坂の陣シナリオは最も遅い時代のシナリオだったので(だから有力武将は大体死んでて人材不足)、今回は最も古い時代である「信長元服」だ。
チュートリアルはすっ飛ばす。もう何度も見てるけど、このゲームはチュートリアル中にサービスで施設をタダで作れるので、お得なのである。
「ところで、これはどういうゲームなんだ?」
チュートリアルが終わったところで質問された。
「えーっと、実在の戦国武将を操作して、天下統一を目指すゲームです」
「ほう。それで、小田くんは何の武将なんだ」
「織田信長です」
「織田幕府を目指すのだな」
「……まあ、そうですね」
軽く流してゲーム本編を始める。
まずは織田家のある
北には尾張斯波家2城を挟んで、斎藤利政(のちの道三)が構えている。そして南西には松平家1城を挟んで、東海一の弓取りと名高い今川義元陣営。松平家は今川家に従属している。
手持ちの城は三つ。今川家と比べるべくもないけど、悪くはないと思う。
「ほぅ、愛知県か。那古野――名古屋か。昔は名前が違ったのかな」
琴吹先輩が身を乗り出してくる。
スイッチは画面が小さいので、自然、大接近となる。
手の甲に髪の先が触れてこそばゆい。
いかん、集中集中。一瞬の隙が命取りになるのだこのゲーム。
「ところで、織田信秀とは誰だい?」
「織田信長のお父さんですよ。尾張の虎という異名を持ってます」
「End of tigerか。それは強そうだ」
ボケだろうか。突っ込んだほうがいい? むしろちゃんと教えたほうがいい? あと無駄に英語の発音がいい。最初なんて言ってるかわからなかった。
「で、どうするんだい」
「とりあえず手近な国を攻め落とそうかと」
「いきなり戦争をしかけるのか!」
びっくりした。
いきなり大声出すんだもん。
「いやまあ、戦国時代のゲームですので」
実は内政とかで土台を固めてから攻めたほうがいいのかもしれないけど、せっかちな性分なのか、兵がフルにいる状態でいると損した気分になるのだ。
「それはそうだろうが――攻め込む大義名分とかあるのか?」
「たいぎめーぶん……」
「理由なき侵略戦争など、今も昔も禁忌だろう。隣国であればかねてから交流もあるだろうし、国内にだって関係者がいる。無理に命じて攻めたところで士気も上がらず支持も得られまい。かつ、他国からも孤立し、外交的にもデメリットが大きすぎる」
たしかに息を吸うように他国に攻め込むこのゲームだけど、本当はいろいろ手続きが必要になるんだよね。同盟を一方的に破棄したときは臣下の忠誠心が一気に下がることはあるけど、侵略行為そのものは咎められることはない。
「まあ、そこは、信長の掲げた天下布武ってやつですかね?」
「天下布武?」
「武をもって乱世を鎮める、という感じですかね。私利私欲のために侵略するんじゃなくて、世界平和のために戦ってるんだぞ、と」
ちょっと詭弁っぽいですよね、とは思う。
ただ、今も昔も大義名分なんてだいたい似たようなものかもしれないけれど。
琴吹先輩は唇に指をあてて考える。
「なるほど。戦国時代という時代背景を考えれば暴論とまでは言えないか。当然力のみでの支配は永続しないが比較的短期間での統一を可能とする……」
テキトーに言ったのに吟味されてしまっている。
基本的に真面目なんだろう。
それなのに歴史オンチとは、難儀な話ではある。
「さて」
改めて本拠地である那古野城の編成を見る。
さすがは織田家。信長はまだいないが、武将は多いし、強い人もいる。滝川一益なんて主力級だろう。まだ身分は低く城や領地は預けられないが、早く出世させたい。
「なんか綺麗な人もいるぞ! この人も戦うのか?」
琴吹先輩の意識が戻ってきた。
編成画面の屈強な男たちの中に、長い髪の女性がいた。たしかに綺麗だが、淡い笑みに幸が薄そうな雰囲気がある。
「この人ですか?
姫武将というやつだ。史実では戦には出ていない女性も、設定で武将として登場できる。
ステータス画面の人物説明いわく、信長の側室になるらしい(この時点では信長は元服もしてないけど)。
信長の妻といえば斎藤道三の娘である帰蝶が有名だと思うが、側室もいたのか。信忠、信雄、徳姫を産むが、産後の肥立ちが悪く若くして死ぬらしい。
「この人の活躍を見たいな。屈強な男たちの中で煌めく一輪の華――くぅぅ、たまらんね!」
「いやあ、この人、すぐ死ぬみたいです。寿命は史実通りの設定なので」
「えぇぇ!」
間近で叫んで目を見開く。この人、目大きいな。
「美人薄命というやつか。うぅむ……」
「まあ、那古野城の代官枠は空いてるので入れてはおきますが」
パラメーターは70もいかないので、特別強くはないけど。
「うむ、短い間だがよくしてやってくれ……」
初期の編成や朝廷への親善をすまし、とりあえず松平家のを攻め落とすことにした。
松平家といえば徳川家康の出身家。攻め落とせば家臣は丸ごと臣下に加わる。徳川家臣は優秀な武将も多いし、ぜひゲットしておきたい。
3つある城の全部隊と、独立勢力である国衆に出陣要請し、松平の居城である岡崎城に総力戦で攻めかける。背後の斯波家とか気になるけど、留守中を攻めてくるようなら引き返せばいい。勢力域はまだ小さいので引き返すのも楽だ。それより一気呵成に攻め落としたい。
こちらの動きを察知して、今川家からも加勢がきた。
部隊数で言えば4対3。
悪くはない。しかもこちらは大名がいる。
「よし」
合戦だ!
敵部隊とマップ上でぶつかったとき、基本的にはお互いに兵を削りあっていくことになる。単純なぶつかり合いで、兵の質と量の多いほうが勝つが、拮抗していれば勝っても損害は大きい。とても城攻めを続けることはできない。
だが、こちらに大名(今は織田信秀)がいれば、合戦モードに移行することができる。
周囲の敵味方の部隊を巻き込み、特別な合戦場でより緻密な戦いを行える。
この合戦が、このゲームの醍醐味の一つだ。
兵の動かし方によっては、劣勢を覆し勝利することもできる。また、敵の部隊数によってはボーナスが生じて勝利後に戦場周辺の敵城を一気に獲得することもできる。プレイヤー有利のシステムだが、逆に言えばこれがなければ圧倒的戦力差を覆すことは難しいのだが。
合戦による勝利条件はいくつかある。
1,単純に敵を全滅させること。敵は兵数が少なくなると退き口(スタート地点)に向かって撤退する。逃げる敵に追撃し壊滅させれば、たまに捕縛や討死が発生する。捕縛した敵は、仲間になることもある。
2,退き口をすべて破壊すること。退き口は当然敵勢力の最後方にあり、部隊数が多ければ退き口も複数となる。通常であれば敵を倒さないまま破壊するのは難しいのだが、そこはテクニック次第である。
3,士気をゼロにすること。合戦場には要所と呼ばれるポイントが点在しており、そこを制圧すれば士気が上がる。すると能力値が上昇し、有利に戦えるようになる。そして完全に敵の士気をなくせば、勝利である。
結論から言えば、合戦は無事に勝利した。
上級といえども、急にNPCが強くなるわけでもないし、心配することはなさそうだ。むしろ退き口からちょっと出てきてくれるので、おびき出しての退き口破壊による勝利もしやすいんじゃないかと思う。
画面上に大きく『勝利』の文字が掲げられた。
「おお、勝ったのか。正直よくわからなかったが、巧みな手腕であったことはわかったぞ」
琴吹先輩の言葉は弾んでいる。
「きっと吉乃もがんばったのだろう」
信秀隊に従軍はしてるけど、経験値稼ぎに引っ付いてるだけで、あんまり活躍はできてないと思う。どっちかというと内政向きだし。まあ、言わないけど。
かくして、岡崎城を無事に攻め落とした。
これにて松平家は滅亡。その多くの武将は、臣下として加わった。
松平家――のちの徳川家は、有能武将の宝庫である。これから元服するたびに続々入ってきてくれる……はず。
「次は守りを固めて、と」
城は攻め落として終わりではない。防壁とかボロボロなので、無防備でいたらすぐに他に攻め落とされてしまう。
とりあえず『修復』を入れておく。金を1000使うので、4000しかない序盤にはきついが、しかたない。
「あとは――」
メニューに『風聞』がついている。
同時期に起きた他家のイベントを見れる機能だ。本編の攻防が白熱しているとついスルーしてしまうが、一応一区切りしたタイミング。
ふと、隣りの琴吹先輩を見やる。
眼鏡越しに目をキラキラ輝かせて、次は何が出るかと手品師を前にした子供みたいにわくわくしている。
日本史はともかく、ゲームもろくにやったことないようだし。僕のつたないプレイ視聴でもおもしろいのかもしれない。
「えっと、イベントも見てみます?」
「イベント?」
「歴史的な事件や動向の顛末が見れます」
「おお、それは是非に!」
風聞を開いた。
北条家の出来事についてだ。
当主である北条氏綱が没した隙を狙い、今川は武田・山内上杉とともに北条へ攻め込んだ。
今川・武田・北条の三国同盟は歴史にさほど詳しくない僕でも知ってる有名なものだが、その成立前はかなりゴタついていたのがわかる。
「この太原雪斎さん、うちの祖父に似ているな」
「そうなんですか」
坊主頭のお爺さんだ。実際高僧で、今川義元の師のような存在であり、今川家のブレインとして活躍した――とは聞いている。
「今川義元とは、誰だ?」
「えっと東海一の弓取りとして名を馳せた大大名ですが、織田信長に桶狭間で殺されます」
「……それは、ネタバレというやつではないか?」
誰にも配慮がいらない結末だと思っていたのに。
「まあ、僕も今川義元は単に『信長に倒された人』『公家かぶれしてた人』『今川焼の語源ではない人』としか認識してなかったんですが、こうしてみるといろいろやっててかなり優秀だったんですね」
「今川焼はこの人が由来だろうか、とまさに今しがた思ったのだが――」
「東京の地名です」
ゲームに戻る。
奪い取った岡崎城の守りを固め、新たに臣下となった松平勢を整理する。仲間になったばかりではほとんどの武将が最下位の役職である『組頭』からはじまるので、そのまま新戦力にはできない。大名の軍に入れて功績をあげて出世しなければ、他の城や領地に配属できないのだ。ただ、もともと松平家の当主だった松平広忠は『侍大将』として身分が保証されたので、岡崎城に置いた。
さて、次はどうするか――
そう思った矢先だ。
画面がフェードアウトし、今川領から矢印が織田家に向かってくる。
『出陣』
今川家が、織田家に向けて進軍を開始した。
「ああ、やっぱくるか」
こっちは松平家を落としたことで消耗が激しい。その隙を、上級レベルのNPCが見逃してくれるはずもなかった。
なんとか凌げればいいけど――
思案を巡らせようとしたとき――
今川家の反対側――斎藤家に画面が切り替わる。
織田領へ伸びる進軍の矢印。
斎藤利政も侵攻を開始してきた。
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