第45話
ターナスの街門を超えると、普段より多い行商隊がひしめき合った。そんな喧噪から離れるように路地へ足を踏み入れた。
「とりあえず目立つ場所から離れられましたね」
イリアナは深く息をつき、胸に手を当てた。
ルビアは気楽そうに歩きながらも、わずかに指先を動かして周囲の気配を探っている。
カールは警戒するように鼻を鳴らし、背を低くして前を歩いた。
「さて、あとはショウジかゲンゴロウのどっちかが来てるといいんだけど」
「それがあなたのお仲間ですか?」
「そう、すごく頼りになる二人だよ。ショウジは頭いいし、ゲンゴロウはすごく強い」
「無事に会いたいわ」
その瞬間、カールが立ち止まった。
毛並みが逆立ち、喉の奥から低い唸りが漏れる。
「(……誰)」
ルビアとともにイリアナは息を呑み、壁際へ身を寄せる。
路地の奥から三つの影が現れた。粗末な革鎧、旅人にしては装備が重い。
近づいた男たちの会話は、聞く者が聞けば一目で分かる。
「して女の素性は?」「ここにある。ただ変装してるかもしれない」「見つけたら確保しろって話だ」
怒鳴るでも威圧するでもなく、淡々と獲物を狩る声だった。
これは自分のことだとイリアナは直感で感じ取った。
ルビアは無言で立ち去ろうと首を向いてうながすと、イリアナたちはそのまま立ち去った。
「まさかここまですでに私を捕まえようとしている者たちがいるとは」
「うーん、とてもイリアナを保護するという雰囲気ではなかったね」
同じ頃、ターナスの別の通りでは、ショウジがゆっくりと歩を進めていた。
街に入ったとはいえ、まだ合流すべき相手――ルビア、そしてゲンゴロウの姿は見当たらない。
「さて……お二人はもう到着されているのでしょうか」
ショウジは人通りの多い表通りを避け、自然と裏路地へ足を向けていた。
その途中、ふと視界の端で黒い影がよぎる。
粗末な外套を羽織り、旅人にしては不自然なほど重装備の男たちが三人。
足音を潜め、何かを探すように通りを歩いている。
その手には紙片が握られていた。
風に揺れたわずかな隙に、筆跡の細い似顔絵が見える。
(……指名手配書?)
ショウジは壁に寄り、距離を保ったまま思考する。
(誰かを探している――いや、この雰囲気……
まさか伯爵家の娘をここでも追っているのですか?)
男たちはひそひそ声だが、耳を澄ませば内容は聞こえた。
「いるはずだ。司令は“街のどこかに潜んでいる”と言っていた」
「変装もしているらしい。見つけたら速やかに押さえろ」
「商会の連中が裏で動いているんだ。失敗は許されねぇ」
その単語にショウジの眉がわずかに動く。
(商会……やはりグロイデン商会の者ですか。
しかし、この街でまで伯爵家の娘――イリアナ嬢を探しているとは)
ショウジは人混みを避け、男たちを物陰から静かに追った。妙な胸騒ぎか好奇心からくる発作か。
足音を砂利に沈め、視線を遮る柱の影を利用し、まるで風のように気配を消す。
男たちはターナスの大通りを横切り、やがて薄暗い横路地へ曲がっていった。
ショウジは距離を一定に保ちながら、その背を追う。踏みしめる石畳の音さえ消えるほど、彼の動きは静かだった。
互いの足音だけが響く細道を抜けた先で、男たちは古いレンガ造りの建物の前で立ち止まった。
看板は色あせ、文字も剥がれかけている。人が多く賑わう店とは程遠い裏路地の酒場だ。
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