第46話

ショウジは、古びた酒場の前で一度足を止めた。

先ほど裏手へ回っていった三人の男たちの動きが、どうしても気にかかった。


(……さて。入るべきか、少し様子を見てからにすべきでしょうか)


表通りから死角になる位置で、彼は数分間、出入りする客を観察した。


通りすがりの酔客、商人風の男、仕事帰りの職人。

そして、妙に身体つきの良い無言の男たち。


(……普通の酒場にしては、警戒心の強い者が多いですね。これは不自然な)


判断をつけ、ショウジは静かに扉を押し開いた。


中は薄暗く、油灯が揺れ、埃の浮いた空気が鼻を刺す。

混雑はしていないが、どこか“重い”。

柱の影や階段下、客席の合間にまで、用心棒めいた男たちが座っていた。


(……やはり、ただの酒場ではありませんね。これほど腕の立ちそうな者を置いておく店など、通常ありえません。やはりグロイデン商会の息がかかっているでしょうね。さしずめ連絡所の一つといったところでしょう)


カウンターに腰を下ろし、軽く一杯を頼んだ。

主人はごく普通の人物だが、妙に浮かない顔して、漂う重さは隠せない。


先ほどの連中と関係しているのだろうと容易に感じ取れたショウジは手元のカップに指を添えながら、そっと意識を耳へ集中させる。


(さて……失礼して、少々能力を使わせていただきましょう)


ショウジの持つ「能力」として、視覚だけでなく、聴力も発揮できる。その範囲は視覚ほど広範囲ではないが、建物全体程度の範囲なら彼には聞き取る力がある。


床の奥、地下からわずかに響く声。

様々な雑音が飛び交う。

脳裏に暗闇の中に響く音を拾い探す。

拾い上げたものの中に人の声らしきものを捕える。


『…爵家の娘は、森を抜けてこの周辺まで来ている可能性がある』 『まさか森を一人で渡ったということか?』 『倒壊した街道はまだ復旧しきれていない。とにかく街道を沿って調べろとのことだ』 『次は逃がすな、とのことだ』


ショウジは声の調子と単語の端々から、確信を得た。


(……なるほど。伯爵家の娘、イリアナ嬢を追っている連中ですか。

 随分と執念深い……よほど野放しにされては困る事情があるようですね)


目を伏せながら、静かに息を吐いた。


(伯爵家の事情……お気の毒ではありますが、 娘君が無事であればよいのですが)


ただ、どうしても引っかかる。


(しかし、女性が一人であの森を抜けた……? 普通の街道ではなく、広大な森をですか? 盗賊や魔獣も出る危険な森ですよ)


ショウジは妙なひっかかりを感じ、再び耳を澄ます。


『明日からは街門の検問がさらに厳しくなるらしい』

『しばらくは外からの侵入を徹底的に洗うそうだ』


(検問強化ですか、これは厄介ですね)


飲み物を飲み干し、ショウジは席を立った。


用心棒の視線を自然に避け、店を後にする。


夕闇はすでに街を包み、石畳には灯りがともり始めていた。


(ルビア殿とゲンゴロウ殿……果たして無事に街へ入れるとよいのですが、どうか、何事もなく着いてくれたら良いのですが)


夜風の中で、ショウジは軽く外套の襟を直した。


(……さて。少し巡回して、お二人を迎える準備でもしておきましょう)

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