第44話
昼下がりの下、街道から街へと入ろうとする列はまだ続いていた。
「おい、まだ続くのかよ」
「ここで時間をかけたくないんだがな。早く王都へいかんと」
厚い石壁に囲まれた門の前には長い列ができ、兵士たちが一人ひとりを念入りに調べている。通る者の荷物を開かせ、顔を確かめ、時には質問まで投げかけるその様子に、イリアナは背筋が粟立つのを覚えた。
イリアナとルビア、そして犬のカールはターナスの正門前で途方にくれた。
いや、正確にはルビア以外は。
「……やはり、検問が厳しいのですね」
低くつぶやく声は、夕風にかき消されそうに小さい。フードを深くかぶった彼女の視線の先で、苛立った商人が声を荒げていた。
そんな言葉が飛び交うたび、イリアナは呼吸を浅くし、思わず手を胸に当てた。露わになれば、その場で縛られる。わずかな油断が命取りだと知っている。
「そうだね。。また、どっかの馬車に潜り込もうか」
「そんな簡単にいきますか?」
「だよね、ん?」
その時、後方から笛の音の調べが聞こえ、にぎやかな掛け声が続いた。仮面や衣装、大道具らしき大きな木箱が積まれている。子どもたちが喜々として追いかけている。
「旅芸人たちのようね」
イリアナが思わず漏らすと、ルビアの目が輝いた。
彼らの目の前に現れたのは、赤と金の布で飾られた荷車が連なる見世物一座の一団、馬に曳かれた大きな車には、〈黄金の道化団〉と記された古びた看板。衣装に身を包んだ団員たちが門へ向かう途中で休憩を取っている。
「まったく、こんな時間かかるなんて」と団員の一人がぼやく。
「しょうがねぇ。ここはのんびり待つしかねえ」
「おじさんたち、旅芸人かい?」とルビアが近づいて話しかけた。
「早くしてくれよ」
「荷物が腐っちまうわ!」
「うるさい! 黙って待っていろ!」
検問の効率が悪いことに不満を漏らす通行人に対して、憮然とした顔する衛兵らは黙々とこなしていた。そこに軽やかな音楽が列の向うから聞こえてきた。
ルビアが旅芸人のリュートを借りて弾き奏でる音に、各々が持つ楽器で演奏をしていた。それを待つことに退屈していた周囲の人らが拍手するなり、踊るなりと盛りあがりながら向かってきたのだった。
「なんだ!この騒ぎは!?」
「みんな待つのに飽き飽きしてるんで、少しでも気分を変えようとね」
「いや、このボウズの腕前がすごいんだ」
旅芸人たちがルビアをほめたたえ、周りの人らも彼の演奏に同調して盛り上がってい
ったのである。
「ええい、さっさと通れ! 邪魔で仕方ない!」
「なんだよ、せっかくノッてきたのに」
さすがにこの状況を抑え込むのも手間と感じた衛兵らは旅芸人一行はそのまま通して、騒ぎを収めようとするのがやっとだった。
「ありがとうおじさんたち!」
「お前このままうちと入らないか!お前ならいいリュート弾きとして売れるぜ」
ルビアは笑って、旅芸人たちと分かれた。
馬車が石畳の大路へ入ろうとしたときに荷車の中からイリアナとカールがすぐさま飛び出した。
イリアナは深く息をつき、胸に手を当てる。
「……本当に、危なかったわね」
「ね、でもうまくいったでしょ?」
ルビアの無邪気な笑顔に、イリアナは力が抜けるように苦笑した。
「……あなたには敵わないわ」
ターナスの街の喧騒を抜け、路地へと進む。
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