第2話 そして山口政治とは誰なのか?

■山口政治


 中央にベッドルームのセットがあり、大勢のスタッフたちが忙しなく動き回る中、ドラマの収録が行なわれている。

 ベッドにはバスローブを着た男優と女優がいる。男優は山口政治である。

「はい、本番です。よーい、スタート!」

 監督の声とともにカメラが回り出す。山口が女優の肩を抱く。女優はそれを払うように背を向ける。

「ごめんなさい・・・」

「あいつのことが忘れられないのか」

「わからない・・・」

 女優はそのまま立ち上がり、走り去る。山口、うつむいてため息をつく。

「はい、OK!」

 監督の声に、山口は手を上げて立ち上がる。



 スタジオの扉が開き、山口がバスローブ姿のまま足早に出て来る。

 後を追って、付き人の藤田充が駆けて来る。やっと追いつくと、山口が不機嫌そうに言葉を吐く。

「あれだけ待って、出番はあれっぽっちか。おい藤田、脇は脇でも もうちょっとましな役はねえのかよ。ありゃ脇役じゃねえ、端役だ。俺は二度とあんな仕事しねえぞ」

「すみません・・・」

 藤田、頭を下げながら、懸命に山口の早足について行く。

 スタジオの建物を曲がったところで、反対から来た三人の男たちと鉢合わせて立ち止まる。

「山口じゃないか」

 相手は、俳優の吉川功一とその付き人である。

 ダブルのスーツ衣装に身を包み、両手に二人の子分を引き連れた姿は、まるで「蒲田行進曲」の銀ちゃんのようである。

「ドラマか?」

 山口、あまり嬉しくないという顔をする。

「ええ・・・吉川さんも?」

「バカ言え、俺がドラマなんぞに出るかよ。映画のキャンペーンだよ、これからワイドショーだ」

 吉川、笑って付き人たちを見る。二人とも、きごちなく口元だけで笑って返す。

 吉川、急に思い出したように、山口の肩に手をかけて周りの者たちに背を向けると、耳元に小声で囁く。

「いつぞやは、すまなかったな」

「あ、いや」

「俺もひどい目に遭ったよ。お互いバカだったってことだ」

「はい」

「でも、あれ最後決めたのはお前だよな。そこは俺、責任ないから」

 吉川ニヤリと笑い、山口の肩を軽く叩く。

「じゃ、急ぐから。今度劇団で会おう」

 そう言うと、急ぎ足に去って行く銀ちゃん。

「何の話ですか」

 吉川と入れ替わりに近づいて来た藤田の問いかけには答えず、山口歩き出す。

「ちくしょう、何が映画のキャンペーンだ」

「そう言えば、山口さん久しく映画に出てませんね」

「うるさいよ!」

 言わなくていいことを言って、案の定怒鳴られる藤田。まだまだスター俳優の付き人として、修行が足りない。

「藤田、この後のスケジュールは?」

「今日はこれだけです」

 山口、藤田に顔を近づけて威嚇する。藤田はますます小さくなる。

「お前のスケジュールだよ」

「え?あ、何もないです。うちへ帰るだけです」

「よし、じゃあ俺につき合え」

「はい・・・」

 藤田、先が思いやられる、といった表情でついて行くだけ。



 スナックのカウンターで、山口と藤田が飲んでいる。店内には、中森明菜とチェッカーズの歌が交互に流れている。

 山口は酔うと愚痴が止まらない。それを知っている藤田は、山口の「俺につき合え」が苦手だが、これも仕事と割り切るしかないとあきらめている。

「いいか、深夜劇場で最初に売れたのは俺の方なんだ。俺がテレビに出るようになって1年も遅れて、あいつは初めて映画に出たんだ。俺より前からやってるくせによ。だいたい、今でこそ映画中心でやってるがな、3年前は自分だってくだらねえ刑事ドラマに出てたじゃねえか」

「ゴキブリ刑事!」

 藤田が間髪入れず、吉川の恥ずかしい過去作のタイトルを叫ぶ。少し喜んでくれるかと思いきや、山口の表情は変わらず、愚痴は果てしなく続く。

「あの頃のあいつよか、俺の方がずっとましな仕事してるよ」

 山口は頭のてっぺんまで酒が回っていて、ろれつが回らない。

「そうですよねー。でも吉川さんもゴキブリ刑事から、よく今の演技派にまでなりましたよね」

「何だよ。俺の芝居は下手くそだって言うのか」

 なぜか余計なことを言って、山口の癪に触ってしまう藤田。

「いや、そういう意味じゃあ」

「じゃ、どういう意味よ」

「山口さん、そう絡まないでくださいよ。僕は山口さんも吉川さんも尊敬してるんです。お二人みたいな俳優に早くなりたいと思ってるんです」

「ほう。お前まだ役者の夢捨ててないの」

「ええ・・・すみません」

「前に教えたこと、やってみたか」

「どのことですか」

「つき合う女によって、違う性格の男を演じてみるってやつだよ」

「そもそも僕はモテないんで、山口さんと違って一度に何人もの女性と付き合えないですから。それって本当に演技の勉強になるんですか」

「いろんな役になり切る訓練になるのさ。別に女に限らなくってもいい。行きつけの飲み屋でも食堂でも煙草屋でもいいから、この店に来る時はハードボイルドな男を演じるとか決めるんだよ。そのうち、どれがどれだかわかんなくなって気が変になるけどな」

「そこまでしないと役者にはなれませんか」

「俺が若い頃はそうしてたって話だ。だから俺の演技は誰かと違ってナチュラルだろ」

「誰かって、吉川さんのことですか」

「そう、あいつだよ。吉川の演技は上手いのかも知れないけど、やっぱ舞台向けなの。映画やドラマじゃ臭過ぎるんだよ。映像と舞台は芝居の質を変えなきゃいけないのよ。わかるか?あいつはとにかく熱演型だからさ、やり過ぎるんだよね」

「それはありますね」

「大ありだよ。映画なんかやめて、おとなしく深夜劇場でアングラやってりゃいいんだよ」

 藤田、話題を変えるタイミングを狙っていたが、“アングラ“の言葉に「今だ」とばかり反応する。

「そう言えば、今度の深夜劇場は楽しみですね。久々の青テントでしょ」

「クソ吉川とやるやつね」

「深夜劇場の2大スター、3年ぶりの共演!澤井さんも張り切ってます」

「あのホモ作家、何か言ってたか」

「いえ、別に」

「何だ、藤田」

「え?」

「何か言ってたんだな」

「いえいえ、何も」

「わかるんだよ。ウソつくとすぐ口ごもるんだからな。お前、役者無理だ。澤井は何て言ってたんだ」

 話題をそらしたつもりが、自ら地雷を踏んでしまう哀れな藤田。

 『ギザギザハートの子守唄』が終わり、『飾りじゃないのよ涙は』が流れている。

「だから、あの・・・気を悪く、なさらないでくださいね」

「おう」

「つまり、その・・・山口さんが、あまり落ち目にならないうちにやっとかないと、2大スター共演にならないから・・・とか何とか」

「なーにー?」

 藤田の首根っこを掴む山口。

「うわ、やっぱり怒った。いたた・・・山口さん僕が言ったんじゃありませんよ。怒らないって言ったじゃないですか」

 山口、哀れな藤田を放すと、おもむろに店の隅にいる二人の若い女の子のところへフラフラ歩いて行く。

 女の子たち、酔っ払い男が突然ニヤけて話しかけて来るので、思い切り後ろに引いてしまう。

「ねえ、俺知ってる?」

 髪の長い方の千堂あきほのような女が、流行りのブリっ子しゃべりで答える。

「あ、ウッソー、テレビに出てる人だ!」

「そう、名前は?」

「何だっけ。ほら、殺虫剤の宣伝やってる人でしょ」

 もう一人のボーイッシュな鳥越マリ似の子が話に加わり、山口の名前を言うのかと思いきや、火に油を注ぐ。

「えーと出て来ない。何とかセイジ!」

 店のBGMは『毎度おさわがせします』の主題歌、C-C-Bの『ロマンティックが止まらない』に変わる。

 山口、ニコニコしながら聞いていたが、次第に顔が引きつって来る。それでもニッコリとしたまま言う。

「思い出せない?」

 女の子たち、二人で声を合わせて言う。

「うーん、わかんなーい」

「山口政治だよ!」

 ライオンより恐ろしい声でブチ切れて、グラスの水割りを女の子たちの膝の上に注ぎ始める。

 女の子たち、悲鳴を上げて逃げ出す。

「山口さん、やめてくださいよ。すみません、芸能人は酒癖が悪いもんで」

 女の子たちは怒って出て行くが、山口は追いかけるようにまた怒鳴る。

「俺は山口政治だぞ!」

「ちょっと、山口さん」

「バカヤロー、ミーハーのくせにスターの名前くらいちゃんと覚えとけってんだ」

 付き人藤田、泣きそうな顔で山口の腕を必死につかまえている。

「おい藤田。勘定払っとけ」

「えー、今日は山口さんが誘ったんじゃないですかぁ」

 先に店を出て行く山口に恨み言を吐きながら、財布を出す藤田。

「ほんと、ケチだよな」

 C-C-Bの能天気な曲が弾ける中、予想通り、あるいはいつもより少し悪い展開だった「俺につき合え」の今夜。




■精神病棟


 応接室のモニターに山口が映っている。

山口、「きをつけ」の姿勢で発声練習をしている。

「あ・え・い・う・え・お・あ・お。あ・え・い・う・え・お・あ・お」



 テーブルに、富田医師、西村刑事ともう一人、付き人藤田の姿がある。

「ええ、確かに山口さんは最近落ち目でした」

 うつむき加減に藤田が証言を始める。

「3年前、『愛のヨコハマ』というテレビドラマに主演しまして、それが大変評判になりました。それから何本かドラマや映画にも出ました。レコードまで出したりして、久々の正統派二枚目俳優ともてはやされてたんですが、その人気も長くは続きませんでした。最近ではドラマも脇役ばかり。あとは殺虫剤のCMくらいしか仕事がない状態でした」


 トレンディドラマ全盛の時代、夜11時半から放送されていた『愛のヨコハマ』は、異色のメロドラマだった。9~10時のドラマに売れっ子俳優を取られて、まだ無名に近かった山口が安いギャラで雇われた。

 ところが、予想不測なストーリー展開と、主演二人の"くさ過ぎる”と評された舞台的な大芝居が"くせになる”と評判を呼び、深夜にもかかわらず高視聴率の人気番組となった。

 山口も一躍有名になり、もてはやされたが、藤田の言う通りそのあと二番煎じの作品が続き、飽きられてすぐに「あの人は今」的存在となった。


「なるほど。人気が落ちて、仕事が減って、そういう場合タレントさんというのはどうなんでしょう」

「やはりイライラしてましたかね。もともと短気だったのが、よけい怒りっぽくなったりして」

「ノイローゼ気味だった?」

「ああいうのをノイローゼって言うのかな。普段は明るい人でしたけど、最近は落ち込んで無口なこともよくありました」

「躁うつ病ですね、それは」

「そうでしょうか」

「藤田さん、彼の付き人になったのはいつからですか」

「ちょうど2年前からです。その頃はまだ映画に出たりして、山口さんが一番乗っていた時です」

「じゃあ、その頃と比べてですね、彼が変わった点とかはありますか」

「そうですねえ。以前はよくごちそうしてくれたんですが、最近は自分で誘っておいて飲み代を払わせたりとか」

「ケチになったと」

「金がないといつも言ってました。仕事は減りましたけど、芸能人ですからそこまで困ってないと思うんですが。借金でもあるのか尋ねたこともありますけど、いつもはぐらかされて」

「なるほど。他には何かありませんか」

「仕事が無い分、一緒にいる時間も少なくなったので、最近のことは実のところよくわかりません」

「そうですか。では、山口さんのことをあなたよりよく知っている人というのは、誰かいませんか」

「さあ・・・」

「彼の女性関係はどうなんでしょう」

「女性、ですか・・・」

「お付き合いしていた女性はいませんか」

「それは・・・」

「私も芸能界のことはよくわかりませんが、親しかった女性などご存じないですか」

「それは、お話ししてどうしようと・・・」

「その方に、山口さんのことをおうかがいしたいのです」

 藤田、躊躇に沈黙する。

「どうしても、ですか・・・」

 富田医師の代わりに、西村刑事が横から言葉を返す。

「ええ、ぜひ。藤田さんも山口さんを救いたいでしょう」

「はい・・・」

「お願いします」

 藤田、しばし考え込んだあと、決心したように大きな息をつき、少し小さな声で話し出す。

「1年ちょっと前から、歌手の小林由紀さんと親しくしておりました」

「小林由紀?」

 西村刑事はピンと来なかったようだが、実は若い富田医師の方が先に反応する。

「あの、人気歌手の?」

 藤田、なぜか神妙な顔をして、「はい」とうなづく。


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