ハーモニー ー2025.1.9.
監督:なかむらたかし, マイケル・アリアス
「あほは生きる力にしみじみ」
原作未読。
虐殺器官に続き鑑賞。
好みで言えばこちらの方が良かった。
映像的にはザッツ4℃を感じる。
虐殺の、真面目につきつめるほどナルシスト感がマシマシな雰囲気にちょっとヤバさを感じていたが、こちらを見てますますナイーブさを噛みしめる。
ただし原作を読んで同じ印象を受けるかどうかは虐殺同様謎だろう。
究極に平和でヘルシーな世界とは欲望の葛藤がなく、ゆえに意識も個も存在しない世界だというなら、イメージ出来た像は世界総胎児化だった。
確かにアリだが生理的に受け付けないものがあるはずで、それが物語の葛藤部分であり、力点、テンション、盛り上がりだと感じているが、葛藤するだけのアンチ勢力なりが汲み取り切れずスルリ、と結末へ突入した次第。そういう意味で論点がボンヤリしたようで自身の理解力なのか、物語のツクリへなのか、どちらもなのか? やや物足りなさを感じた。
これまた原作はどうなのだろう。
なぜ百合要素が必要なのか、最後で納得する。
ディストピアはかしこすぎるににあう。
テキトーにあほだと、ディストピアにもならんだろう、とつくづく思えば、あほは生きる力かもしれないとしみじみする。
虐殺ともに、言葉や認知、脳の生理的機能において、少しつっこまなければ知り得ない理論が盛り込まれている。攻殻やらが好きな自身としては、派生して色々見聞きするうちに知ったる物の代表で、原作者がどういう方向性に興味があったのかなんとなく想像できた。知らない人にはとても魅力的に映ることだろう。
ただし少し古くなりつつある今、たぶん今は量子論がらみが先端で王道ではなかろうか、それでも物語がフレッシュであり続けるかどうかの分かれ道にさしかかっているような気がしている。
特に本作においてアニメ上では、魂や意識や心という言葉が多用されていた。どれも定義が困難で、ゆえに脳に集約され扱われるものだが、特に心より先にある意識は量子もつれがどう解明されてゆくかによってとらえ方、定義自体が変わってくるはずだと思える。
原作は別ものとおいておいても科学なのか、ロマンスなのか。
きわどい作品だと感じた。
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