第19話 ミラとサラの主様は……
「な、何故それだけの力を持っていながら、あんな人間ごときに従うのだ?」
絞り出したような声で、ゼリアナは言う。
その言葉に、ミラとサラの動きが止まる。
二人から溢れる魔力の質が変化したことに、喋るのに夢中なゼリアナは気づかない。
いや、気づかないフリをする。
「何故たかが人間ごとき――」
更に言葉を繋ごうとするが、強烈な殺気を浴びせられて、唇が動かなくなった。
「主様が――」
「たかが人間ですって?」
『たかが人間ごとき』ゼリアナは言ってはならない言葉を、言ってしまった。
冷たい視線が、ゼリアナに注がれる。
彼女は、蛇に睨まれたカエルのように動けないでいる。
そんなゼリアナを見て、二人は顔を見合わせて大嗤いをする。
心底侮蔑した眼差しをゼリアナに向けながら。
「「お前、弱すぎるのですよ」」
「な、何が可笑しい」ゼリアナは精一杯の虚勢を張る。
「主様のおチカラに気づかないとは……。
そこまで鈍感なのですか?」
「神気を感じられないなんて……。
雑魚過ぎて可愛そうなのですー」
ミラとサラの口調はいつも通りなのだが、ゼリアナを見詰める瞳はまるで違う。
ガラス玉の様な冷え冷えとした眼差しは、モノを見る目である。
「魔力の欠片すら持たぬただの人間だろうに」
ゼリアナも薄々感づいているようだが、もう後には引けないようだ。
「そのこと」を認めると気が変になりそうなのだから。
「神気を感じ取れぬ愚者に、我らが主様を愚弄することは許さぬ」
サラから漏れ出す刃の様なオーラ。ゼリアナは瞬きすることも許されない。
恐ろしいほどの濃密な魔力を叩きつけられて、ゼリアナは地面に這いつくばる。
失禁。目玉が真っ赤に染まる。懇願しようにも唇は強ばり動かない。
「我らが主様は、破壊と創造の女神、至高の神ラザ様の眷属」
ミラも同様に殺意を込めたオーラをゼリアナにぶつける。
ゼリアナは懇願しようにも唇が動かないことに気づいた。
かろうじて顔の一部だけが、真っ赤に染まった眼球は、二柱の魔神を見詰めている。
不死身のアンデッドであるバンパイアロードが、ただのコウモリ以下の存在となっている。
「我らが主様はラザ様の手足となって――」
「この世界を創り替える崇高な使命を帯びたお方」
ミラは踊るようにゼリアナの周囲を回る。
サラも逆回りで、ゼリアナの周囲を回る。
二人の足はピタリと止まる。
「「そはアバタール。女神ラザ様の使徒にして代行者」」
「アカシックレコード、世界の経典。
その定めし運命、因果律から外れたお方。
世界を改変するお力は、我らは敵うものではない」
「創造のための破壊を」とミラは歌うように話す。
「破壊を癒やす創造を」とサラは歌うように話す。
「我らはこの世界を滅ぼすための、主様の手足」とミラは右回りのステップを踏む。
ミラとサラのガラス玉の様な瞳が、ゼリアナを射貫くように見据える。
「我らが主様は、この世界を新たにして導かれるお方」とサラは左回りのステップを踏む。
「「何も知らぬ癖に我らが主様を愚弄する大馬鹿者は」」
「感度三千倍にして唐揚げにしてやるのですよ」
ミラは凍るような冷たい声で言う。
「時の流れを遅くして、久遠の苦しみを味わせてあげるのですー」
サラは何の感慨も抱かない冷めた声でそう言う。
「「貴様は、美味しい唐揚げになれば、それで良いのです」」
二人の声は、ゼリアナがこれから迎える残酷な最後を告げる。
ゼリアナににじり寄るミラとサラ。
「あー」不意にサラは、ポンと手を叩く。
「何ですかサラ。これから良いところなのですよ」と不満げなミラ。
「羽根だけ先にむしっておくのですー。羽根は珍味なのですよー」
「おっと、そうだったのですよ。後でれしぴを調べておくのですよ」
「あれれ? 勝手に怪我しているのですー。仕方ないので治しておくのですー」
ゼリアナは、二人の強烈な魔力の波動を叩きつけられて、全身の骨に皸及び骨折を負っている。不死身の肉体でさえ悲鳴をあげているのだ。
サラが片手を挙げて、魔法を使う。瞬く間にゼリアナの身体は治っていく。
「あ、ああ」
身体を治されたのに、ゼリアナの恐怖心は消えない。
これは魔神の気まぐれだと理解できたからだ。
「これで美味しい唐揚げになるのですよ」と満足そうな顔をするミラ。
「「では」」再びミラとサラは、ゼリアナを見やる。
「あ、ああ。ゆりゅして、くださいい」
やっと動かせた唇から、漏れ出た言葉は嘆願の言葉だ。
涙を流して嘆願するゼリアナ。
先ほどまでの四天王のプライドなぞ、既に木っ端微塵に砕け散っている。
ミラの小さな右手が、ゆっくりとゼリアナの右の羽根に伸びる。
サラの小さな左手が、ゆっくりとゼリアナの左の羽根に伸びる。
と。
「何だ? 向こう側が騒がしいな」
亮太の声が聞こえてきた。
「「拙いですー」」
ミラは大慌てで魔法の煙幕を張る。
サラは大慌てで、倒れた木々をかき集める。
ミラとサラは魔法で、100メートルほど転移して、主を出迎えることにした。
「凄い音がしたぞ。
そっちに何かがいるのか?」
小さな魔神たちの主が、ひょっこりと顔を覗かせる。
「な、何も無いのですよー」
ミラは何ごとも無かったかのような笑顔で主を迎える。
「でっかいコウモリがいるだけなのです」
サラも同じく澄まし顔だ。
「コウモリ?」
亮太は不思議そうな顔で二人を見やる。
彼の視線の先には、なるほど二人の言うとおり、灰色の大きなコウモリが横たわっている。
異世界のコウモリはデカいんだなあと思っていると、
「羽根を引っこ抜いて唐揚げにするのですよ」
「珍味なのですー」
ミラとサラは物騒な話をするのだ。
「え? ちょっと待って」
慌てて亮太がミラとサラの所に駆け寄って来た。
「もう、そんな可愛そうなことしちゃ駄目だぞ」
と亮太は二人をたしなめる。小さな子は、妙に残酷なことをするのだから。
「このコウモリは、主様を馬鹿にしたのです」
と頬を膨らませるミラ。
「お仕置きが必要なのですー」
と頬を膨らませるサラ。
「コウモリが、僕を馬鹿にしたって?」
亮太は怪訝そうな顔をする。
二人の足下で震えるコウモリ。
コウモリなんて特段好きでは無い。
だが怯える姿を見ると、流石に可哀相だ。
「コウモリが悪口を言っても、そんなの気にしないよ。
異世界のコウモリは喋れるのかい?」
「そうなのです。悪いコウモリなのですよ」
「そうか。僕の代わりにミラとサラが怒ってくれたのかい?」
「そうなのですー」
プンプンと怒るミラとサラ。
亮太に、懇願する眼差しを向けるコウモリ。
「うーん。もう反省していると思うぞ?」
「「ですが」」と食い下がる二人。
「もう許してあげなよ」
亮太は優しくそう言うと、二人の頭をポンポンと撫でる。
「むう、主様は寛容なのですよ」
「流石ですー」
「そうかな?」
照れ笑いする亮太。
「それはそうと、主様の方は「何か有った」のですか?」
とすまし顔のミラ。
「いや、何も。拍子抜けするほど静かだった。
――ただ、変な炭の欠片がチラホラ降ってきた、とマーティが言うんだよ。
それで気になって火の気が無いか、みんなで手分けして調べているんだ」
亮太が「起きた」ことにより、ミラの魔法は解けた。
それで異変に気づいて村の周りを警戒しようという話になったのだろう。
「そうなのですかー」
「ああ、特にボヤとか無いみたいだ。だから安心していいよ」
「良かったのです。
……ところで主様、北側に行ってはいけないのですよ?」
ニコリと微笑むミラ。
「あそこは何も無かったのですー」
ニコリと微笑むサラ。
「北側? ああ、御神木のある場所か。
そう言えばマーティもそんなこと言っていたかもな……。
うーん、もう一度見てこようか」
亮太は北側に目を向ける。
「何だか、様子が違うみたいだけれど……」
「だ、駄目なのですよ」
とミラは亮太の右手を握り引き留める。
「そうなのですー。マーティを信じるのですー」
とサラは亮太の左手を握り引き留めた。
「そうかな? まあ何度も行くのは無駄足か」
「そうなのですー」
「それで良いのですよ」
「それじゃ、僕たちは南側を見てくるから」
「はい。ミラとサラはお留守番しているのです」
「そうだね、みんな疲れているみたいだ。
美味しい料理を振る舞うから、下準備をしておいておくれ」
亮太は魔法のテーブル掛けをミラに渡しておく。
「「はーい」」
亮太の足音が聞こえなくなってから、
「それじゃ、お料理の下準備をするのですよ」
「唐揚げパーティーをするのですー」
二人の言葉に、びくりと身体をすくませるゼリアナ。
「わ、私を殺すのか」
「別に何もしないのですよ?」
「もう、どうでも良いのですー。サッサと何処かへ行くのですー」
ミラとサラは、既にゼリアナに対して興味を抱いていない。
これから料理の準備をしないといけないからだ。
ジリジリと後ずさりをするゼリアナ。
二人の気分が変わらないうちに逃げ出さなければならない。
「あ、そうそう」
不意にミラがゼリアナを見やる。
思わず飛び上がるゼリアナ。
「今度来る時は、魔王と一緒に来るのですよ」とミラ。
「そうなのですー。いちいち相手するのは面倒くさいのですー」とサラ。
「まとめて来てくれたのなら、簡単に殺してあげるのですよ」
ミラとサラは、天使の様な微笑みを浮かべながら、ゼリアナにそう言った。
「あ、ああ。私は何てヤツらを相手に……」
と呻くゼリアナ。
「サッサと何処かへ行くのですよー」
「やっぱり此処で死にたいのですか?」
「いいえ! 失礼しましたっ!」
ゼリアナは全速力で、ミラとサラの前から飛び去ったのだった。
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