第18話 小さな魔神

 紫色の長い艶やかな頭髪を風になびかせ、宙に立っている妖艶な美女。

 冷たく輝く金色の瞳は、悠然と標的を見据えている。

「あれが精霊の済む大樹か……」

 魔王軍司令官の一人であるゼリアナは、形の良い顎を細い指先で撫でた。


「フフッ。確かに莫大な量のマナを感じるねえ」

 ニタリと嗤う顔つきは、妖艶では無い。邪悪さが滲み出ている。

「ゼリアナ様、部隊の配置が終わりました」

 青白い顔の男性は、自身の上官である美女、ゼリアナに会釈して、

「どうぞお下知を」

 と言い、恭しく頭を垂れた。


「我が配下のヴァンパイアも待ちくたびれているようだな」

「はっ。皆ゼリアナ様のお下知を、今か今かと待ちわびております」

ゼリアナの副官であるヴァンパイアロードは、不吉な笑みを浮かべた。

「亜人どもは眠っているのか?」

「はっ。下賤な連中は、既に眠りこけております」

「ほう」ゼリアナは目を細める。

 つい先ほどかけた催眠の魔法が、これほど早く効果が出ていたとは……。

 魔王様から新たに頂いた力のお陰かもしれない。


「フフ結構。愚かな生き物共よ、我らの供物となることを光栄に思うが良いぞ」

「はっ。ヤツらには勿体ないことであります」

「ああそうだとも。この狩りを魔王様に捧げようぞ」

 ゼリアナは、ヒトの姿から巨大なコウモリに変化した。

「さあて、狩りの始まりだ」


 コウモリの化け物の群れ。

 ヴァンパイアクイーンであるゼリアナと、八名のヴァンパイアロード。

 百の眷属たるヴァンパイアと、二百四十八に及ぶ羽根の生えた魔物たち。

 先陣をきる魔物たち、その後をヴァンパイアロードが三体。

 最後に女王たるゼリアナが進む。

 数百の魔物の群れは、整然とした陣形を保ちながら御神木目指して突っ込んでいく。



「おや? サラ見るのです。

 変な鳥とコウモリたちが突っ込んで来たのですよ」

 ミラは、片手はかざして遠くを確認する。

「何だか弱そうなのですー」

 サラもフンフンと頷く。

「あ。せっかくだから使ってみるのですよ……。

 すてーたすおーぷん」

「主様が作った魔法ですねー」

「そうなのですよ。フムフム中々便利なのですよ」

「すてーたすおーぷん。

 おお、本当なのですー」

「主様も照れないでお使いになれば良かったのですよ」

ミラとサラは、迫り来る敵のステータスを確認して、そう言った。


 魔物たちはおおよそレベル三十前後、ヴァンパイアが五十後半。

 そして魔物たちを率いるゼリアナは七十五と高い。

 以前に亮太が言った言葉『ステータスオープン』。

 相手の能力を見られる魔法は、その時まで存在しなかった。

 だが、亮太が口に出すことでこの世に生み出された魔法だ。


 当の本人は「失敗した」と思い二度と使っていないのだが、相当量のチカラの持ち主ならば誰でも使える便利な魔法である。

 この魔法により策謀が失敗したり成功したりするのは別のお話である。

 中堅冒険者のマーティが二十五、ベテランであるアーロンでも三十八しかない。

 ゼリアナのレベルの高さは脅威であるのだが……。


「やっぱり弱っちいのですよ。あの程度で突っ込んで来るなんて、なんと愚かな連中なのですか」と呆れ顔のミラ。

「そうですねー。でもー、向こうから来てくれるなんて……」

 ウンウンと同意するサラ。

 二人は顔を見合わせて、

「「お掃除する手間が省けたのですー」」

 高く腕を伸ばす。

 準備は万端、お掃除の時間が始まった。


「それ、業風よ舞い上がれー」

 サラは指揮者の真似事をして、優雅に腕を振るう。

 魔力の塊が、宙を舞い、強烈な風が吹き荒れる。

 魔物の大群は隊列を崩し引き裂かれる。残った僅かな魔物も、必死に抗う。


「紅蓮の業火よ、徒なる敵を燃やすのです」

 ミラは軽やかなステップを踏み、その足跡から炎の塊が次々と生まれ出る。

 宙を舞う炎の塊は回転し、魔物たちに突き刺さる。

 一瞬にして火だるまになる魔物の群れ。

 魔物たちは、自分が何をされたのか理解する前に燃え尽きていく。


 辛うじて生き残ったのは、巨大なコウモリの化け物だ。

 だがソイツも身体の半分以上を炭化させて、息も絶え絶えである。


「おや、生き残りがいたのですよ」

 と、不思議そうな顔のミラ。

「近くに御神木があったから、手加減してしまったからなのですー」

 サラは、仕方ないと言う風に肩をすくめて見せた。

「サッサと燃やすのですよ」

 止めを刺そうと腕を挙げるミラ。

「あ、コウモリなのですー。羽根は珍味なのですー、ソイツだけ残しておくのですよ」

「本当なのですか?」

「女将さんが言っていたのですー。主様がお酒のアテにするかもしれませんよ?」

「……美味しそうに見えないのですよ?」

「エビチリソースは万能なのですー」と頬を軽く膨らませるサラ。

「その前に唐揚げにすれば美味しいかもしれないのです」

 ミラは満足そうに独りごちる。

「炭は美味しくないのですー。

 それじゃあ治しておきますよー」

 サラが指を鳴らす。ゼリアナの身体は、温かい緑色の光に包まれた。

 瞬く間に炭化した組織が再生されていく。


「あ、ああ」

 意識を取り戻したゼリアナ。

「お、コウモリが喋ったのですよ」

「お前たちが、敵なのか?」

 コウモリは、威嚇するように睨み付けてきた。

「お前たちが敵? 

 サラとミラは、お邪魔虫をぶっ飛ばしただけなのですー」

「ねえ、弱いのに態度が大きいのですよ。お掃除の残りのゴミのくせに」

 ミラは呆れ顔で、ゼリアナを見詰める。


「え? 残りだと?」

 ゼリアナは勢いよく周囲を見回した。

 大きく抉れ、焼け焦げた大地。

 燃え残った炭が、チラホラと散乱しているだけである。

 自慢の部下たちは、何処にも見あたらなかった。

「はあ、はあ……」

 ゼリアナの汗腺から、汗が噴き出る。

 生き残ったのは、自分だけだと悟る。


「我が軍勢が、こうも簡単に? 魔王四天王が一人、ゼリアナが負けるだと?」

「四天王? 名前だけは凄いですー」

 サラは笑い声を堪えるのに必死である。

「ぐぬぬ。例え我が敗れたとしても、残りの四天王が……。

 魔王様が必ずや貴様たちを根絶やしにしてくれようぞ」


「そうなのですか?」

「怖いのですー」

 暫く、ミラとサラは怖がる素振りを見せる。

 が、次第に笑うことが堪えきれなくなったようで、ミラとサラは顔を見合わせて、大笑いをする。

「な、なんだ。何が可笑しいっ」激昂するゼリアナ。

 だが、二人はお構いなしに笑い転げている。


 ひとしきり笑うと、ミラは不意に真面目な顔をして、

「魔王ってこれくらいの強さなのですか?」

 そう言うなり、彼女から莫大な魔力が迸る。

 強大な魔力の奔流が周囲を覆う。

 溢れる魔力は強風のようで、周囲の木々を揺さぶる。


「そ、そんな魔王様と同格だと?」

 信じられないものを見たゼリアナ。恐怖で顔が強ばっているのを隠そうともしない。呼吸は荒い。

「あ、やっぱりその程度ですかー」

 と、サラは飄々とした雰囲気で、答えた。

「思った通り、大したことないのですよ」

 ねっと二人で顔を見合わせた。


「き、貴様。出鱈目を抜かすなっ! 魔王様を愚弄するのか!

 貴様の魔力なぞ幻覚だ! でっち上げだ!」

 現実を認められないゼリアナは、ただただ怒りを顕わにするだけだ。

「もう、面倒くさいですー」

「本当に面倒くさいのですよ。

 ミラの本気は……」

 ミラからあふれ出す魔力は止まることを知らない。

 周囲の空間さえ揺らぐほどの絶大な魔力だ。

 先ほどの優に八倍の魔力だ。


 背筋が凍り付くような強大な魔力を浴びせられて、やっとゼリアナは現実を理解出来た。

「そ、そんな、まさか。

 その力は、魔神?」

「もう、ミラ。そんなにチカラを出すと、結界が壊れるのですよー」

「あっと、そうだったのです」

「主様にバレてしまいますよー?」

「そ、そうなのです。結界……。

 あれ? 結界は、何処にあるのですか?」


 ミラは気まずそうな顔をして、チカラを収める。

 後ろをチラチラ見回して――

「あ、キラキラが無いですー」サラが慌てて言う。

「ほ、本当なのです。お花が無いのですよ」

 ワタワタと両手を上下させるミラとサラ。

 二人の意識には、既にゼリアナは存在しない。

 どうでも良い存在なんだから。


 本当は、先ほど極大魔法で御神木も大ダメージを受けていたことを、理解してしまった。

「主様に怒られるのですー」

「あわわ、どうしましょう」

 二人でゼリアナを取り囲むようにしてクルクル回ってしまう。

 と、ピタリと回るのを止めて、

「「どうしましょう」」二人は、頭を抱えてうずくまってしまった。


「と、取りあえずマナは感じるのですよ」

「だ、大丈夫なのですー」

 二人の頭の中は今、どうやって亮太に対し、この現状を誤魔化そうかとフル回転している。

 暢気な亮太でもこの惨状を見れば、流石に訝しがるだろう。


「「……」」ミラとサラは顔を見合わせて、ニパッと笑う。

 上手い言い訳を、何も思いつかなかったようだ。

 

 


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