第20話 歌姫をプロデュース
次の日。
御神木の周囲を再確認。すると真夜中では分からなかった事が判明した。
北北東にあるなだらかな丘が、半分消し飛んでいたのだった。
しかも爆発の影響だろうか、御神木全体が南に傾いていて、花は全て散っている。
葉がしおれ始めている。
御神木が枯れるのも時間の問題だろう。
「うーん」
コーム村長は白目をむいて倒れてしまった。
慌てて支えるホビットの若い衆。
「何故誰も分からなかったんだ」
唖然となるマーティ。
「アタシが見た時は、こんなことになってはいなかったぞ」とイルダ。
「でも、こんな大きな穴を見落とすのかな?」と亮太。
「こんなことなら、僕もこっちを見に来たほうが良かったなあ」
亮太は失敗したな、と頭をかく。
「この威力。まさか魔王の力なのやも」とアーロン。
「ああ」
真っ青な顔のアリス。
彼女を気遣うように寄り添うエレナ。
魔王の名前は、恐怖の象徴なのだろう。
だが、亮太はこの世界に来て日が浅い。実感に乏しいのだ。
だから、努めて明るい声を出す。
「でも、昨日はあの熊しか見なかったけどなあ」と亮太。
「……それはリョウタ殿が暢気なのでは?」とイルダ。
彼女は、昨日は熊以外にも魔物を数体仕留めているのだ。
「いやいや、流石の僕も気がつくぞ?」と否定するが、みんなの視線が痛い。
(冗談が通じない。弱ったぞ)
亮太は内心冷や汗をかく。それだけ魔物を脅威を感じ取っているのだろう。
確かにグレートベアは強敵だった。
マーティが苦戦していたのを見ていたし、イルダが大怪我をしたのも見た。
だけど、亮太はあの熊一頭しか見ていないのも事実である。
森中探し回って一頭しか見ていないのだから……。
「みんな大げさだよな」
冗談にして笑い飛ばしたい所だが、実際に丘が削り飛ばされている。
となると、ただ事でないことは理解出来た。
ざわめきと喧噪が広がる。
丘が削り飛ばされたのも恐ろしいことだし、魔族と思われる強敵が潜んでいるかもしれない。
何時また襲いかかってくるかもしれないのだ。
何より村の守り神である御神木に被害が生じて、精霊様が亡くなったのかもしれないのだ。
村人たちの慄きは、無理も無い話である。
ミラとサラは、盛大に冷や汗をかいている。
別に亮太の仕業では無いのだが、このままでは主様の面子が保たれない。
偵察も出来ない間抜けだと思われてしまうからだ。
(そう言えば、主様はここでコンサートを開くと言っていたのです)
(不覚なのですー)
亮太が来る前に、この場にいる者全ての記憶を操作して誤魔化す、というミラとサラの計画は潰れてしまった。
ホビットや冒険者は問題無く記憶を弄っておける。
だが、真実が亮太にバレたのは不味い。
亮太に記憶操作は効かないのだから。
亮太が不審に思うことで、記憶操作に綻びが生じ、みんなの記憶が蘇ることは十分にあり得るのだから。
ミラとサラの喜びは、亮太のお役に立つことである。
ミラとサラの悲しみは、亮太に失望されることである。
(このままでは、主様がお間抜けさんに思われてしまうのです)
(主様の格好いい所をお見せするのですー)
ミラとサラは必死になって、どうやって誤魔化そうとウンウンと唸っている。
((この森を焼いちゃおうかな))
主様の名誉を守るため、二柱の小さな魔神は、物騒ことを考える。
((今なら魔族の仕業に出来るのですよ))
証拠隠滅。後は素知らぬ顔して洗脳して、亮太だけを連れて帰ればよい。
エレナたちも少し遅れて帰れば言い訳出来る。
魔族が来て大変だったと洗脳し直すのだ……。
ミラとサラの悪い笑顔。
チラリと見えるエレナとアリスの哀しげな顔。
そのことが、ミラとサラの良心をチクりと刺す。
((まあ、流石に悪いから実行しないのですよ……))
枯れる一歩手前の御神木。明日にも駄目になるだろう。
「ん?」
亮太は御神木の裂け目から、光が漏れていることに気づいた。
表皮を丁寧に剥ぐと、握りこぶし大の洞が現れた。
洞から、周囲をのぞき見するかのように光る小人が見えた。
御神木に宿る精霊なのだろう。
精霊は怖々と周囲を見回す。何かに怯えているようで可愛そうだ。
亮太はそっと精霊に近寄り、ペコリと頭を下げた。
「ご免な。君に迷惑をかけてしまったみたいだ」
亮太はそっと精霊の頭を撫でる。
向こう側が透けて見えていた精霊の姿が、ハッキリと見えてきた。
精霊は、少しだけ震えを弱める。
「……御神木の主でしょうか」小首を傾げるエレナ。
亮太は彼女を見やる。
「エレナ。君にも見えるのかい」
「はい」
「お主らには、精霊様が見えるのか」と長老。意識を取り戻したみたいだ。
「そ、それで精霊様はご無事なのか?」
「ええ無事みたいですよ。ただ、酷く怯えています。
昨晩の魔族の襲来が恐ろしかったのでしょう」とエレナ。
「そうか。そうなんだろうね」亮太も同意する。
「魔族の連中は、御神木を破壊したと思って撤退したんでしょうね」
「そうか。それは不幸中の幸いと言うべきかのう。
御神木は残念じゃが、精霊様がご無事なら……」
コーム村長は、少しだけ安堵笑みを浮かべた。最悪の結末は避けられてホッとしたのだろう。
「儂でも精霊様のお姿はハッキリと見えぬ。じゃが気配は感じ取れるよ。
かなり弱っておられるみたいじゃな」
「元気を付けるのはどうすれば良いのでしょう」
「マナを集めて捧げれば良い。精霊様の身体は、マナで出来ているのじゃよ」
「なるほど。励ます、か……」
励ますこと。勇気づけることだ。
「エレナ。一曲歌ってくれないかい」
精霊が弱っているのは、この森からマナが流失したのが原因だろう。
この破壊の原因である魔族は立ち去った。だから、再びマナが戻ってくれば、精霊はチカラを取り戻すことだろう。
亮太が独りごちる間、精霊の震えは止まらない。
気になって精霊が見詰める先を見やる。
そこにはオタオタと慌てるミラとサラがいる。
「二人は何か知ってるのかい?」
「何も――」
「知らないのですよー」
ミラとサラは、何も知らない幼女の様に、可愛いらしい笑顔を見せた。
★
亮太は、馬車の積み荷からアコーディオンを取り出してアリスに渡した。
「コンサートを開くのは、予定通りだけど……。
想定通りって訳にはいかなくなったね」
「……はい。でもこの様なときにコンサートなんて」
「いや、こう言うときだからだよ。音楽は人の心を動かせるんだから」
「はい。みなさんに元気を届けたいと思います」
「ああ、頼むよ」
「アタシも何か出来ないだろうか」
「そうだね。ええっと」
「ハーモニカはイケるよ」
「でも練習はしてないんじゃないかい?」
「ふふ」
イルダは亮太の手からハーモニカを取ると口に添える。
美しい旋律が、ハーモニカから溢れて来る。
「へえ、イルダはハーモニカが吹けるんだ。知らなかったよ」
「いつもタンバリンしか使っていないからね、今日の題目にはハーモニカの方が似合っているだろうからさ」
イルダは指先を小刻みに動かしてみせた。
「どうやら、悪戯好きな天使が治してくれたみたいだよ」
イルダはミラとサラの方を向いて微笑んで見せた。ミラとサラも微笑み返す、三人は仲が良いな。
「そうか、なら頼むよ」
アリスたち奏者に楽譜を手渡す。
カーペットを敷き、即興のステージが出来た。
「コーム村長、村人を集めてくれませんか」
「一体何を始めるんじゃ?」
「コンサートですよ。まあ平たく言えば祭りののど自慢ですかね」
「今すぐにか?」
と村長はかなり刺々しい。
御神木は残念なことになったけれど、村人たちに死者はいない。
とはいえ村の大切なシンボルである御神木が枯れること。
そう簡単に割り切れることではないのだろう。
だけど、マナを回収するにはこれが一番手っ取り早いんだよ。
「騙されたと思って集めてくれませんか?
精霊様が喜ぶには、これが一番なんですよ」
「精霊様の為、か」
考え込むコーム村長。不思議な光が村長を包む。
「ふむ。他に打つ手は何も思いつかぬ。やってみてくれぬか。
気休めにはなるじゃろう」
村長の態度が急に軟化した。
亮太は何気なく後ろを見やる。悪戯っぽく微笑むミラと目が合う。
(ミラが何かしたのか?)
魔法でも知っているのかも知れないが、詮索するよりも結果が良ければそれでいい。
亮太はエレナたちに指示を飛ばす。
コンサートが開かれることになった。
村長から言われて渋々集まった、そんな雰囲気。村人も半分もいないだろう。
そんな重苦しい雰囲気の中、視界の亮太は口を開く。
「お集まりの皆様方、有り難うございます」
「御神木のこと、非常に残念ではありますが皆さんの命は散らなかったこと、それは不幸中の幸いだと思います。
ですが、生きていればそれだけ可能性は生まれるのです。
村の再興も、命を引き継ぎ次世代に繋ぐにも、貴方たちが生きていればこそです。
細やかですが、皆様の心に灯火を灯すため、『居酒屋千鳥』自慢の歌姫の歌声をお聞きください」
亮太はエレナに目配せをする。
エレナは深呼吸をして、マイクに手を伸ばした。
エレナの歌声。優しくて心にしみるような歌声だ。
彼女の歌声を聴いて、下を向いていたり隣と喋っていた村人たちに変化が生じた。
誰もが一旦無駄話を止めて、エレナを見るのだ。
初めは優しいバラードから始まり、次に誰もが知っている楽しい歌へと続く。
ボウッと何処からともなく、マナの小さな光が集まっていく。
まばらな光の粒が集まり、次第に大きな光に変わっていく。
マナが彼女を優しく包む。誰の目にも映るほどのマナ。
マナの光の波は、御神木へと流れる。
エレナの歌声と供に、マナは明滅する。手拍子にも見える。
「ようし」
マーティが張り切って音頭を取り手拍子を叩く。
それにつられて冒険者たちも手拍子を始める。
次第に盛り上がるステージ。
いつの間にか村人全員が集まり、手拍子でステージを盛り上げる。
マリアの奏でるアコーディオン、美しい旋律に合わせて踊るイルダ。
更に想いを込めて歌うエレナ。
森の木々から分け与えられるマナの粒子。
一度亮太の頭上で集まり、渦となる。
亮太が基点となり、エレナがマナを倍増させているのだ。
ただしそれは一般人には見えないし、感じ取れない。
だが、ミラとサラは知っている。
自分たちの主が起こしている奇跡の一端を。
御神木が光り輝く。弱々しかった葉に瑞々しい艶が蘇りピンと張る。
それは周囲の枯れた木々も同様で、瞬く間に葉が再生していく。
荒涼とした土に、草が次々と生えていく。
野花の絨毯。それはホビットたちが何時も見ている光景だ。
精霊様がチカラを取り戻したことで、周囲の邪悪な気配は消え失せた。
再度結界を張り直せば村の安全は元に戻るだろう。
「魔物の気配が、完全に消えやしたぜ」とマーティ。
「そうだな。何時もの村の雰囲気だ。空気がうめえよ」とアーロン。
「奇跡、奇跡じゃ」感極まって涙を流す長老。
何時しか歓声が沸き上がる。エレナを讃える声だ。
ミラとサラは不満顔。半分以上は亮太の手柄なのに。
だけど当の本人は、満足そうな微笑みを浮かべている。
「良い歌だね。もっと聴きたくなったよ」
「そうなのですか?」
と拗ねた顔を見せるミラ。
「ああ。もっとエレナの歌声を、他の人々に聴かせてあげたくなったよ」
「歌姫ですかー」
小首を傾げるサラ。
「そうだよ、歌姫だ。僕が彼女をプロデュースするんだ」
亮太は、ミラとサラの手を引く。
顔を見合わせる二人。少しため息を吐いて、笑顔を浮かべた。
きっと亮太の目には、歌姫となったエレナの姿がイメージ出来ているのだろう。
亮太は道を作ることは出来る。
だけどその道を自分の足で進むのはエレナで、それを出来るのは彼女だけだ。
亮太はゼロを一に変えるチカラを持っている。
だけど、全てが全て大成功するのかと言えばそうでもない。
一をそのまま一にするのか、はたまた十にも百にも変えるのはその人自身の努力にかかっている。
小さな成功か大成功か、町の酒場で燻るのか、王都の大劇場で歌うのかはエレナ次第である。
エレナの努力と意思にかかっているのだから。
だけど、エレナならばきっと……。
亮太の脳裏には、華やかなステージで熱唱するエレナの姿が浮かぶのだ。
「さあ、行こうか」
二柱の小さな魔神は、お人好しの主と供に踊りの輪の中に入っていくのだった。
『終わり』
歌姫をプロデュース 僕は異世界でプロデューサーさんになる! さすらい人は東を目指す @073891527
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