第17話 精霊サマのチカラ?
【三人称】
亮太たちは急いで村へ戻る。既にあの熊、グレートベアの出没は知られていた。
村の若手たちは手に武器を持ち、村の周囲の警戒に当たっている。
「村長、コーム村長」亮太は声を上げる。
見張りの若手の一人が聞いていて、村長に連絡をつけてくれた。
村長の館へイルダたちを運ぶ。
「怪我を負ったのは二人だけか?」神妙な顔のコーム村長。
「東側でグレートベアと遭遇、そいつを倒した。
その時の戦闘で、二人が怪我をしたんだ」簡潔に説明するマーティ。
「手前の女性の方が深手なんです。グレートベアの爪にやられてしまって」
と亮太は説明を補足する。
「そうか」
コーム村長は、担架に乗せられた二人の様子を伺う。
「うむむ、毒か。厄介じゃな」村長は暫し考え込む。
亮太もマーティと顔を見合わせる。
「至急村の治癒士に治療を頼もう。
二人はその後、精霊様の加護を得るように手配しておくぞ」
「イルダは助かりますか?」と亮太。
「七、三といった所じゃな。
ああ、良い方が七じゃよ。恐らくは助かるじゃろう。
だが、油断は禁物じゃ」
「……そうですか」
「後は我らに任せておくがええ。お主らも疲れておるじゃろう、ユックリ休むといい。
館の空いた部屋を使ってくれ」
「……はい」
ホビットの女性たちが、イルダたちを連れて行く。
亮太たちに出来る事は、祈ることしかない。
「旦那、俺たちも休憩を取りましょう。体調を整えることも仕事なんだから」
マーティは、ポンと亮太の肩を叩いた。
「ああ、そうだね」
亮太は頷くと、案内された部屋へむかった。
★
「主様、おかえりなさい」「おかえりなさいですー」
亮太が部屋のドアを開けると、ミラとサラが出迎えてくれた。
「ああ、ただいま」
「元気が無いのですよ」と、ミラは亮太の顔をのぞき見る。
「イルダがね、怪我をしたんだよ」
「大丈夫なのですかー?」サラも心配そうだ。
「……ああ、大丈夫だよ」
亮太は自分に言い聞かせるように強く頷いた。
「お疲れですね」とエレナ。
そう言う彼女の顔色も、あまり良くない。
亮太たちの事情も少しは聞かされているのだろう。
「後で、私も治療に行ってきます」とアリス。
「頼むよ」
「主様、お眠りになったほうが良いのですよ」
ミラは亮太の右手を引く。
「お疲れ様なのですー」
サラも亮太の左手を引き、二人は亮太をソファーの方へむかわせる。
「大したことしてないんだけどね。気疲れかな?」
亮太は苦笑するが、欠伸が漏れる。
ミラたちを見て、緊張感が少し切れたのかもしれない。
「そうだね、お言葉に甘えて少し仮眠するよ。
イルダたちの様子が変わったら起こしておくれ」
亮太はソファーに腰掛ける。直ぐに寝息を立てる。
かなり疲れていたのだろう。
「主様、お休みなさいです」
「お休みなさいですー」ミラとサラは優しく告げる。
ミラとサラはエレナたちの元へ駆け寄る。
「エレナもアリスも眠ると良いのです」
「わたしたちは大丈夫よ」
「大丈夫じゃないのですー
サラとミラがねー」
サラが手をかざすと二人の目の焦点がぶれる。
「そうね……」
ボンヤリ顔のエレナ。
「わたしたちも眠りましょうか」
フラフラするアリス。
二人はベッドに向かった。
「俺たちも、一眠りするよ」
マーティたちは、ドアを開けて別の部屋へむかう。
「みんなお休みなさいです」「ですー」
ミラとサラはエレナたちに挨拶をすると、部屋を出て行くのだった。
ミラとサラは、コーム村長の館を出る。
村人たちは全員船をこいでいる。立ったまま器用に寝ているのだ。
魔法のチカラだ。
「さて、御神木へ行くのですよ」とミラ。
「村の北側だったのですー」とサラ。
「……主様もお眠りになったのですよ。チカラを使っても大丈夫なのです」
「では、飛んで行くのですー」
リアとサラの身体は、フワリと宙に浮き、もの凄い速さで御神木へ向かったのだった。
★
「到着なのです」「ですー」
ミラとサラは軽やかに着地すると、御神木の麓にある小屋に向かい入室した。
イルダと後三名がベッドの上で眠っている。
「うう」
イルダは軽いうめき声を上げて起き上がった。
苦しそうに胸元を押さえているが、どうやら命に別状は無さそうである。
土色だった顔色は、赤みが戻っているからだ。
「あれ? イルダが起きてきたのですよ」
ミラは小首を傾げる。
「んん? あー、主様のお力を感じるのですー」
ぽむと手を叩くサラ。
イルダの傷は、本来ならば鎖骨を砕く程度では済まない。
彼女の身体を両断するほどの一撃だったのだ。
が、何故かイルダの胸元を抉るだけで済んだのだ。
未来の結果がすり替わっているのだ。
ミラは、それを亮太のチカラだと悟った。
「ああ。なるほど、なるほど。
イルダは、もう大丈夫だったのですか。流石主様なのです」
「流石なのですー。
でも、サラとミラが来たのに無駄足だったのですー」
としょげるサラ。
「まあ良いではないですか。
せっかく来たのですから、『完全に』治しておくのですよ」
「そうですねー」
「まだ痛みますかー?」
サラはイルダの前に、ひょっこりと顔をのぞかせた。
「……ああ、回復魔法をかけてもらったんだ。お陰で随分楽になったよ。
これは精霊様のお陰だね」
「むー、それは違うのですよ。主様のお陰なのです」
頬を膨らませるミラ。
「そうなのですー」
サラも頬を膨らませる。
「ハハそれは悪かったね。確かにリョウタ殿に命を救われた。
二人にも心配かけたみたいだ」
イルダは笑顔を見せるが、少しぎこちない。
傷は完治していないようだ。
幾重にも巻かれた包帯の下には、鋭い爪痕が生々しく残っているだろう。
精霊サマのチカラではここらが限界なのだろう。
まあ、死ぬよりは遙かにマシなのだが……。
「イルダは、主様のお手伝いをしているので……。
ちょっとオマケしておくのですよ」
ミラはサラを見やる。
「そうするのですー」
サラは静かに頷く。
彼女の両手が、淡い光に包まれる。神聖なチカラが溢れる。
光はイルダの身体を覆っていく。
「身体が、温かい? 何故だろう、もの凄く落ち着けるよ」
「フフ。それは良かったですー」
イルダは身体中を動かし、確認している。
「え、まさか」イルダは顔色を変えると、慌てて手甲を外す。
そして自分の右腕を見て驚愕の表情を浮かべる。
「手が生えている。それと足も? そんな馬鹿な……」
冒険者時代の戦いで失った利き腕と利き足。
もう一度つなぎ治そうにも、魔物に食われてしまい、永久に失ったハズだった。
「ね、凄いでしょー? オマケで治したのですよー」
サラは得意げに言う。
「お、オマケ……」
失った手足の再生。
それは回復魔法の域を超えていて、奇跡の領域ではないのか。
あまりの出来事に、頭が混乱するイルダ。
「ああ、気にしなくて良いのですよ」
フフンと得意げなミラ。
「あれ? でもミラ、主様はこのことをご存じなのでしょうかー」
可愛く小首を傾げるサラ。
「あれ?」
ミラも小首を傾げる。
ミラとサラは顔を見合わせる。
「少し失敗したかも」と、顔に書いてある。
「こんな凄い魔法は初めてだ。高位の聖職者でも無理だったのに」
諦めていた手の再生に興奮するイルダ。
「二人とも、ありがとう。どんなお礼をすれば良いのやら……」
「お礼なんて別に良いのですー。大したことではありませんよー」
その程度のことは、何でも無いという風のサラ。
「それよりも、気にすることがあるのですよ」
笑っていたミラが、真面目な顔をする。
「そ、それは?」
「イルダの手首が無いこと。そのことを「主様はご存じなのか」ですよ」
ミラは真剣な顔で訊く。
「ああ。問題無い、と思う」
イルダは暫し思案して答えた。
亮太の前で、手甲は外したことは無い。
確かに手甲の事を訝しんでいた節は有るが、大人の事情だと察して訊いては来なかったからだ。
「そうですか、それは良かったのです」
「もし、主様がご存じならば、その手首を切り落とすところだったのですー」
「そんな、無茶な……」
イルダはギョッとした顔をして、ミラとサラを見やる。
二人は何でも無いことのように物騒な事を言ったのだから、面食らってしまったのだ。
「第一、アタシのこの手首は女将さんや冒険者仲間も知っているぞ?」
「そんなことは問題無いのです。魔法でどうとでもなるのですよ」
「記憶を少し弄るのですー」
「……本当に物騒な話だね」
イルダは、少し慄きながら呟いた。
失った手足の再生、そんな奇跡を容易く起こせるモノ。
目の前の幼女二人は、ただ者では無いことを痛感したのだ。
「でも、主様には暗示や催眠なんかの魔法は効かないのですよ」
「疑念を抱かれるのは駄目なのですー」
フフンと何処か誇らしげな二人。
「……アンタたち二人は、只の子供では無い。それとリョウタの旦那も――」
「あっと、その先は聞かない方が良いのですよ」スッと目を細めるミラ。
「人間、知らないことが幸せなことがあるのですー」そう優しく言うサラ。
「分かった。もう何も聞かない。
ただ、アンタたちがアタシを助けてくれた。それだけで十分さ
アンタたちは良いヤツ。それだけは覚えておくから」
イルダは相好を崩した。
少し変わり者のお人好し。それが亮太に対しるイメージだ。
そのことを短い間だけでも分かっているつもりだ。
「それとリョウタ殿も、ね」
「分かってくれて、嬉しいのですよ」
ミラは「ねっ」とサラと顔を見合わせた。
二人とも何処となく嬉しそうに見える。
「んん?」サラの片眉が少し上がる。
「おやおや、なのです」ミラは片耳をピクリと動かした。
「……どうかしたのかい?」
二人の変化を見て、表情を曇らせるイルダ。
「お邪魔虫がやって来たみたいですー」
「お馬鹿な連中が来ちゃったのですよ。
イルダはベッドで寝ているといいのです」
ミラは、イルダの顔の前にそっと手を伸ばす。
「え、あ……」
イルダは抗いきれない眠気に襲われ、直ぐに寝息を立てて眠ってしまった。
「イルダ、お休みなさいー」
サラはシーツをイルダの身体にかけ直してあげた。
ミラとサラ、二人はそっと小屋を出た。
「お掃除の時間ですー」
「そうなのです。早く終わらせてお皿洗いの続きをするのですよ」
ミラとサラは何でも無いような会話をしている。
が、
彼女たちの視線の先には、数百を超える数の異形のモノ、魔物が空を舞っているのだった。
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