第14話 飲み比べ
参加する面子は、僕とマーティ。ホビットの青年が五名。
そしてアーロンだ。
彼らは酒好きみたいで、意気揚々と椅子に座る。
僕たちのテーブルの上には、酒樽が五つあり、大ジョッキが人数分並べてある。
(……もしかして八人で酒樽五つを空にするつもりか?)
僕の前には、大ジョッキに並々と注がれた蒸留酒。
ホンノリと芳しい匂いがする。かなり上質な酒みたいだ。
けれど……。
(これって相当、アルコール度数が高いんじゃないのか?)
僕はアルコールにそれほど強くはない。ビールでも大ジョッキに五杯も飲めば、朝までグッスリ寝てしまうのだ。
それも、度数のイマイチ分からない異世界の洋酒。
まさか四十度以上かあるんじゃないだろうな。そんな酒を大ジョッキで飲んだら、みんな病院行きだぞ?
僕は心配げに彼らを見ると、みんな不敵な笑みを浮かべている。
それほど強い酒ではないのか?
心配そうなのは僕だけみたいだ。みんな大ジョッキを前にして自信満々、こりゃ全員飲み助だな。
(うう。契約するためには、飲まなきゃいけない)
ここまで来たら、腹をくくるしかない。
事前にウコンも用意しているし、大丈夫だろう。
僕は恐る恐る一口口に含む。柔らかい口当たり。
これは旨い酒だ。それほど強い酒ではないのかも……。
(ヨシヨシ)
僕はホッとして、ユックリと飲む。
流石に一気飲みするのは出来ないので、自分のペースで飲む。
「なんじゃい。シケた飲み方しやがる」
とアーロン。彼は見かけ通りに豪快に飲み、瞬く間に大ジョッキを空にした。
とんでもない飲んだくれだ。
「酒は悪酔いしないで、楽しく飲みたい方なのでね」
僕は苦笑しつつ、他のメンバーを見やる。
マーティも結構なペースで飲んでいる。流石にアーロンみたいな飲み方ではないけれど。
五名のホビットも、僕は挑発するように酒を飲む。
やはり、彼らもは相当な飲み助だ。
「ふん、ウサギとカメが勝負すれば、カメが勝つのさ」
僕はうそぶくと、ジョッキを半分空にした。
――そして一時間が過ぎた。
淡々と飲み続けるのは、アーロン。だが、無口となっている。
飲むだけで精一杯みたいだ。
飲むペースを落としたホビットが二人。
三人はテーブルに突っ伏して寝ている。
マーティも焦点が定まらない目でジョッキを睨んでいる。
彼らの前には、高く積まれた空のジョッキたち。
ホビットたちも、小柄な体格に似合わず十五杯は飲んでいて、アーロンが二十三杯、マーティが十九杯。
そして……。
僕は二十一杯めの大ジョッキに手を伸ばした。
「うう、旦那あ」とろれつの回らないマーティ。
「ん」
「旦那は、ヒック。酒強いんだなあ」と真っ赤な顔で見る。
「そうかな?」
と強気に言ってみるが、内心では驚いている。
もっと薄い水割りでもこれだけは飲めなかったのに……。
(この世界に転生したとき、肝臓が丈夫になったのかな?)
ならば女神様グッジョブだ。
未だ酒の味も感じるし、アテの鹿肉も旨い。
これならまだまだ飲めそうだ。
僕は鹿肉を味わっていると、隣のマーティは顔を青ざめて、口を押さえてうずくまっている。
おいおい、こんな所で粗相をしないでくれよ。
「兄ちゃん、やるな」
アーロンはそう言うと、ドカッと僕の左隣に座る。
「ここからが本番だぜ」と不敵に笑う。
「そうだね」僕もニヤリと笑ってみせた。
僕が少しずつアーロンの飲み干したジョッキの数に追いつく。
残った参加者は、僕とアーロンだけだ。
周囲の視線が、僕たちに注がれる。
僕たちは、同時に二十五杯目の大ジョッキに手を伸ばす。
僕はユックリとジョッキの中を飲み干す。
「ぬぬ」
アーロンは苦しそうだ。が、どうにか飲み干す。
「では、二十六杯め……」
僕が注文すると、
「いや、もういい」とアーロンは首を横に振る。
「強えな」
アーロンは、ふらつきながら手を伸ばす。
「アンタもね」
僕とアーロンは堅い握手を交わした。
「ハハッ、見事見事」
コーム村長が拍手をすると、周囲のホビットたちも続く。
「お前さん気に入ったよ。流石はドミニクが見込んだ男じゃな」
「それでは、卸しの方は?」
「ああ、任せておきなされ」村長は満面の笑みでそう言ってくれた。
「さあさ、皆の衆。お客人をもてなそうぞ」
コーム村長がそう言うと、ホビットの女性たちが料理と酒を運んできてくれた。
森の幸をふんだんに使った料理。キノコや山菜と果物。鹿肉のソテー等々。
先ほどとは違う種類の洋酒。
日本酒に似た酒もあるみたいなので、それを少し頼んだ。
ミラとサラも料理を美味しそうに頬張っている。
僕が酒を飲んでいるとイルダは目を丸くしている。
「リョウタ殿は底なしだねえ」と呆れ顔だ。
「いやいや、アーロンも凄いぞ?」
彼は大ジョッキで酒を飲んでいる。流石にアルコール度数は弱いみたいだけれど。
「あのヒトは特別だよ。血管の中に、血と酒が混じっているからね」と酷い言いようだ。
「あの酒も大分キツいよ。まあ、飲み比べした酒よりは弱いんだけどね」
「へえ?」
あの酒そんなに度数が高かったんだ。チューハイ位だと思ったんだけどなあ。
「よう大将。アンタ酒が強えなあ」
と大ジョッキを片手にアーロンがこちらへやって来た。
「どうも」僕はペコリと頭を下げた。アーロンは大ジョッキを片手に上機嫌だ。
先ほどとは違い、今度は氷が入っているのだけれど……。
「水割りにはしないのかい?」僕が尋ねると
「へ? 薄めたら勿体ないだろう」と首を傾げられた。なるほど、血と酒が混じっているようだ。
「そういや、アンタが村に来るのは久しぶりだよな?」
と赤ら顔のマーティが、アーロンに言う。彼はまだ酒が抜けていないようだ。
「何時も鉱山に籠もって鉄鉱石を掘ってるか、武器を作っているかのどちらかなんだから」
「酒を飲むのも加えてくれや」ガハハと笑うアーロン。
「ビールの季節にゃ早いし……。やはり野盗の噂話か」
アーロンは真顔になり、静かに頷く。
「ああ、御神木を狙っているって話だよな?
ただ、他にも気になる噂話を聞いちまったのさ」
「御神木ってそんなに大切なんだ」
僕はイマイチ飲み込めないので、イルダに耳打ちする。
「ええ。この森に溢れるマナを吸収し、再度拡散。森全体のマナの調和をしてくれているんだよ」イルダが説明してくれた。
「アーロン、アンタが気になるほどの噂話ねえ。
それが御神木と関係あると?」マーティは話しを進める。
「関係あるかどうかは分からねえ」グビリとジョッキの中身を飲み干す。
「ただ、碌でもない話なのは同じだよ。
お前さんたちは妙な噂話を聞いたことが無いか?」
アーロンが切り出す。
「村民全員がミイラになった村の事をな」と。
「ミイラ? 眠っている間に殺された、ってのは小耳に挟んだけれど」
怪訝な顔をするマーティ。
「ふうん、まだそこまで伝わっていないのか」
「もっと詳しく聞かせてくれないか?」と僕が訊くと。
「良いぜ」とアーロンは頷く
「魔王軍が、この森の近くにまで来ているって話だ」
周囲にざわめきが広がる。
「ヤツらが狙っているってのは……」
「御神木じゃろうな」とコーム村長がマーティの言葉を繋げる。
いつの間にかホビットたちも、僕たちの話の輪に加わっていた。
「やはり、そうなんですね」
と独りごちるイルダ。彼女は、何か知っている素振りだ。
みんなの視線がイルダに集まる。
「女将さんが気にしていたのさ。北の方で、きな臭い話が進んでいると。
どうやら魔王が一枚噛んでいるかも知れないと」
情報通の女将さんは、そんな噂話でも知っているのか。
ざわめく一同。
「ただ、ここまで悪いとは思っていなかったようだけれどね」
と渋い顔となるイルダ。
彼女を見て、みんなも押し黙ってしまう。
ただの噂話だと一笑するには、ここ最近の出来事が嫌な方に合致しているのだから。
「あっと、言い過ぎたかもね。まだ魔王の仕業とは決まってはいないよ。
タチの悪い野盗どもの仕業かも知れないしね」
「……そうかな。ギルドから聞いている話とも概ね一致しているぜ。
俺たちは、野盗の増加と魔物の増加がシンクロしている。それは魔王軍が何やらしでかす兆候かも知れないってね」マーティは深刻そうな顔をする。
「そうなんだ。物騒な話だねえ」
僕はボソリと呟いた。
魔王軍と言われても、イマイチピンと来ないのだ。
魔王軍が極悪非道だという話は、人伝に聞いたことは勿論ある。
(だけど、なあ……)
僕はミラとサラを連れて、この森の近くまで散歩に来たことがある。
鳥のさえずりを聞きながら、開けた場所での昼食、ついでに夕方まで午睡。
魔物なんて一度も見たことは無い。
見た動物といえば、キツネやウサギぐらいかな。
だが、アーロンやマーティは真剣な顔で話している。
二人は冗談で言ってはいないだろう。
僕も余計な事を言って、場をかき回したくない。
大人しく聴いていると、
「……リョウタ殿は、暢気と言うか肝が太いと言うか」とイルダ。
そんなに僕はぼけっとしているように見えるのだろうか。
「まあ、旦那は大物だよな」とマーティ。
「ガハハ。違いねえ」アーロンは豪快に笑う。
「それじゃあ……」スクッとマーティが立ち上がる。
「俺たちはこの辺のパトロールに行ってくるぜ」
「昼食は?」僕は鹿肉のソテーを、マーティの前に出してやる。
顔をしかめるマーティ。
「もう要らねえ」
と首を振ると、仲間たちを従えて、少し頼りない足取りでパトロールに向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます