第13話 村の御神木
エレナが歌った次の日から、居酒屋千鳥にお客はひっきりなしに来てくれるようになった。
エレナが歌う時間帯からは、更に混むようになった。
テレビが有れば、店の外に映像を流すのだがそれも無い。
ラジオ代わりに通信機を使い、外で並ぶお客にサービスも開始した。
評判が評判を呼び、千鳥は街で指折りの人気店となった。
千鳥を開店してから二週間が経つ。
予想していた売り上げ金額の三倍以上を稼ぎ出している。
オーナーとしては、嬉しい悲鳴のはずなのだが……。
「うう、料理人じゃ無いのになあ」
僕はガックリと肩を落とす。
本来の目的は、エレナのプロデュースである。
更に付け加えるのならば、アリスとイルダもプロデュースして、彼女たちでユニットを組んでみたいのだ。
なので、軍資金に余裕が生まれるのは喜ばしいが、プロデューサーの役割が疎かになるのでは本末転倒なのだ。
「こりゃ早いと従業員を増やす必要があるな」
どうにかしてプロデューサーに戻らなくてはいけない。
居酒屋経営は手段であり目的では無いのだから。
この世界にはハローワークはあるのだろうか、とボンヤリ考えていると……。
「主様」
トテトテとサラが駆け寄ってきた。ノンビリ屋のサラが走っているのは珍しい。
「どうしたんだい?」
「お酒の量が少なくなってきたのですー」
「ええ。そうなのか」
僕としては、暫くは在庫があると踏んでいた。
だが、エレナの歌が評判となりお客は増える一方だ。利益の増加は喜ばしいのだが、予定を大幅に上回るのはいただけない。
在庫切れで開店休業は拙い。
(まだエレナの歌声だけでお客は来ないだろうな)
エレナ目当てのお客は増えてきたが、それだけで成り立つものではない。
やはり焼く鳥と旨い酒、そしてエレナの歌声。この三つの内、一つでも欠けては成り立たない。
未だ「アイドル産業」は確立していないのだから。
「うーん。卸しを増やしてもらいたいんだけどなあ」
卸問屋は融通が利かない。実績が物を言う世界だ。いきなり酒を増やせと頼んでも訊いてくれないのだ。
「それなら、酒蔵から直接仕入れるのはどうだい?」と女将さん。
「なるほど。一定量買えるのならば、直接仕入れるのは良い考えですね」
ただの一見さんで無いと分かってもらえるのならば、酒蔵から融通してもらえるだろう。
「どこの酒蔵なんですか?」
「この街の北に大きな森がある。その奥にホビットの村があるのさ。
その村の地酒は銘酒として有名なんだ。
あたしの古い友人のホビットが村長なんだよ。
横の繋がりもあるから、他の酒蔵も紹介してくれるかも知れないよ?」
「それじゃ、森まで行ってみますよ」
「ただ、一つ問題がある。
お前さん、酒は強いのかい?」
★
女将さんは、ギルドから冒険者の仲介を頼んでくれていた。
来てくれた冒険者は五名で、いずれも既に顔見知りとなった面々だ。
冒険者のリーダー格の青年が、僕の前に来た。
背丈は僕よりも頭一つ大きくて、重そうな鎖かたびらを問題なく着こなしている
歳は僕よりも二つ下だけど、顔つきは精悍さがある。
やはり冒険者として生きている覚悟があるからだろう。
まあ、僕がこの世界では童顔なのでそう思うだけなのかもしれない。
リーダーである青年、マーティは微笑む。
「旦那、エレナちゃんのステージはどうですかい?」
「ああ、マーティか。月末のステージはかなり賑やかだぞ?」
新たに衣装も作り、アリスのピアノ(奮発して買った)とイルダの踊りも加わり、ステージは更に見栄えがするようになってきた。
エレナのアイドルとしての資質は更に磨きがかかったと言っていいだろう。
「そいつは楽しみだ。仕事に張り合いが出るってもんでさあ」
マーティはエレナの熱心なファンである。彼の仲間も同様で、ステージが始まると手拍子で盛り上げてくれるのだ。
「旦那、護衛は俺たちに任せて下さい。安心して森まで行きましょうや」
「頼むよ。マーティ」
マーティの冒険者としてのランクはアイアンだ。
冒険者ランクはブロンズ、アイアン、シルバー、ゴールドの五段階ある。
アイアンならば、この街のギルドでは中堅どころである。
「でも、マーティ。
護衛にアイアンも要らないんじゃないのかい?」
物語では新米の依頼というイメージだ。アイアンならば、もっと重要な仕事があると思うのだけれど……。
「旦那、護衛の依頼を舐めちゃいけませんぜ。
経験不足の新米を雇えば、魔物を倒したとしても積み荷を破損された、何て話しはザラにあるんでさあ」と力説する。
成る程。魔物を倒すのと、護衛を守るのとでは戦い方が違うのだろうな。
「ギルドを通さず護衛を雇うと、護衛と夜盗と繋がっているなんてシャレにならない話もありますぜ」
「ああ、そんな話を聞いたことがあるよ」
確かデルクさんも護衛が夜盗と内通していたと言っていたな。
「幾ら急ぎの仕事だとしても、身元の確かでない冒険者を雇うのは止した方がいいですぜ」
マーティは大きく頷く。
「それに、山脈を越えた北の街で、物騒な話伝え聞いたんですよ」
「それは?」
「その街から少し離れた村の住民が、野盗に全員殺されたって話ですぜ」
「全員だって?」
僕は眉をひそめる。つまり老若男女全員だろう。
「しかも無抵抗で。まるで殺されるまで眠っていたみたいだってね」
マーティも忌々しげに言う。
「それは確かに物騒な話だねえ」
五人も雇うのは大げさだと思ったけれど、そんな話を聞いて僕は納得した。
「それよりも、ホビットにツテは有るんですかい? アイツら人間をあまり好きじゃないですぜ」
「それは問題無いよ。女将さんの知り合いに頼むんだから」
酒蔵の職人は人間ではない。ホビットだ。
彼らは陽気で手先が器用な種族である。美味しいものが好きで、料理の腕前がある。
よって酒造りの造詣も深く、銘酒の酒蔵も多いという。
ただ、彼らはあまり人間が好きでは無い。
なので気に入った相手にしか売らないという。
だから、女将さんの名前だけでは卸してくれなくて、直接僕自身がホビットの村まで行く必要があるのだ。
(女将さんは、酒が強いかどうか訊いていたな)
利き酒でもして、僕を試すのかも知れない。
ホビットたちの村までの道中は、イルダが先導する。
彼女は女将さんの名代として幾度か村まで行ったのだ。
護衛も多いし安心だと、僕はノンビリと森までの道中を楽しむ。
休憩を多めにとってお弁当を楽しむ様は、正にピクニックである。
僕の隣のミラとサラも楽しそうだ。
初めは緊張した面持ちだったマーティたち。
おかしいと首を傾げるイルダ。
「どうしたんだい?」僕は尋ねる。
「こんなに何も無いのは珍しいからねえ」とイルダ。
「同感だね。何故魔物に出くわさないのか見当もつかない」といささか残念そうなマーティ。
彼は良いところを僕に見せたかったようだ。まあエレナの為なんだろうけれど。
「順調ならそれで良いじゃないか」
僕はみんなにサンドイッチを振る舞う。
旨そうに食べているのを見ると、こちらも嬉しくなってくる。
長閑な道中。やはりピクニックだよな。
ただ、そんなふんわりした空気はホビットの村が見えるに従ってしぼんでいく。
村は高い頑丈そうな木の柵と、深い空堀に囲まれている。ちょっとした城だ。
村の入り口は鉄扉だ。
武装したホビットの衛兵が、僕たちを呼び止める。
「止まれ」と詰問。
「アタシだ、イルダだよ」イルダは両手を挙げて、何も持っていないとアピールし、鞄から割り符を取り出して衛兵に手渡す。
「ああ、イルダ殿か」少し警戒を解く衛兵。
「どうしたんだい? かなり厳重じゃないか」
「悪い話があってね」と衛兵。割り符を確認する。
「タチの悪い魔物が、この村の御神木を狙っているみたいなんだ。
しかも数が多いと来やがる」
「魔物もかい? 野盗が多く出る、そう聞いていたけれどねえ」
「野盗も駄目だが、魔物は更に悪い。
魔王の配下と繋がっているやも知れぬからな」
と衛兵。
「では、アタシたちは入れてくれないのかい?」
「いいや。アンタは長のお客人だ」と顔を綻ばせる。
「ようこそ。アミスの村へ」
頑丈そうな鉄扉が、重そうな音を立てて開いたのだった。
僕たちを先導するホビット。親切心と言うよりも、変なところへ行かないようにしているみたいだ。
「気分を悪くしないでくれ」と先ほどのホビット。
「さっきの話の続きだけど、
タチの悪い野盗が積み荷を襲うことが多くなってきたんだ」
やはり野盗も多いのだ。
それで、知らない連中を疑っているみたいだ。
(酒の在庫が減ってきたのは、流通に問題があるからだろうな)
野盗に魔物。街の外は物騒だ。
それでも、村へ入れてくれたのは女将さんのツテがあったからだろう。
やはりあの女将さんは、ただの飲み助では無いようだ。
村の中で、一際大きな家の前まで連れてきてもらった。
「ここが村長の屋敷だよ」とイルダ。
小柄なホビットが出迎える。僕は女将さんからの推薦状を見せる。
一読する小柄なホビット。屋敷に戻ると、再び顔を見せる。
「手招きしているね」
「では、行ってみよう」
先ほどの小柄なホビットに先導されて、貫禄のある老ホビットの前まで向かう。
「ドミニクの紹介とは、お前さんのことか」
「はい」僕は頷く。ドミニクとは女将さんの本名だ。
「最近居酒屋を経営しはじめた者で、名前は亮太と言います」
「儂はコーム。この里の長じゃ」
長老はそう言って手を伸ばしてきた。僕も手を伸ばし握手を交わす。
それまでの緊張感は無くなっていく。
良かった、受け入れてくれたようだ。
「お主がドミニクの後釜かい? あの豪快で強かな女に認められるとはのう」
長老は楽しそうに言う。
僕は静かに頷く。
「ドミニクが認めるのじゃ、お前さんは信じて良いじゃろうな」
「有り難うございます」
「手紙には、村の酒を融通してもらいたいと書かれておる。
して、その条件をお主は知っておるか?」
「はい」
「そうか。
あの女傑の推薦だ。見かけによらず相当イケる口なんだろう」
「ええっと。まあ、嗜む程度ですけれど」
僕は笑って見せた。ここで弱そうだと思われてはいけない。
『酒好きは酒が強くないといけない。酒を飲んで腹を割って話すこと』それが彼らの流儀なのだと、道中でイルダから言われた。
彼らは陽気で酒好き。ここで飲み比べで良いところをみせなければならないようだ。
「ほう、ドミニクの知り合いか」
ぬっとゴツい人影。
「ドワーフだよ」とイルダ。
彼は、背丈は僕よりも頭一つ低いが横幅はある。
太っているのではない。筋肉隆々で、腕も丸太みたいにゴツい。
髭ダルマの男性。ドワーフは初めて見るが想像通りだ。
「俺も参加して良いかい」という。既に参加する気満々だけれど。
「おお、アーロンか」と長老。
「面白そうだ。俺も参加するぜ」
「良いとも。人数は多い方が盛り上がるからのう」
「ドワーフって酒に強いんじゃなかったけ?」
「ああ。底なしさ」
僕とイルダが小声で話している間に、ドワーフの男性の参加が決まった。
コーム村長に良いところを見せたいのだが、比較対象に大酒飲みがいると、僕の飲みっぷりでは駄目だろう。
(僕は大酒飲みじゃ無いのだけどなあ)
かなり拙い展開だ。だけど、ここで退いてはいけない。
「さあ、皆の衆。飲み比べが始まるぞ」
と、コーム村長は嬉しそうに言うのだった。
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