第12話 初ステージは居酒屋で

 皆川亮太は今、必死になって炭をおこしている。

開店まで後二時間余り。それまでに料理の下準備を済ませておかなければならない。

「よし、良い感じだ」赤く燃える炭を見て満足そうに言った。

 鶏肉を手頃な大きさに包丁で切りそろえる。

それらをミラが竹の串に手際よく刺していき、サラが箱にキチンとそろえる。

 焼き鳥以外の料理の下ごしらえは、亮太以外にも女将さんとイルダが手伝っている。

 割引券は好調にはけた。エレナを助けた一件で、街の人たちに顔を覚えて貰えたのが幸いした。

開店初日ががら空きなんて惨めな思いはしなくて済みそうだ。


「えっと、今日の仕入れ分は……」

 亮太は独りごちる。

 料理の材料確認。問題は無さそうだ。

「女将さん、後はイルダとお願いします」

「あいよ」

「ミラとサラは一緒に来てくれないか?、」

「了解なのです」「ですー」ピシッと敬礼するミラとサラ。

「もう少し頑張っておくれよ」

亮太はエレナたちの様子を見に、居酒屋の奥へ向かった。



 亮太はエレナが準備をしている様子を見に行く。

 ドアをノックする。「どうぞ」とエレナが返事した。

「入るよ」

 エレナの着付けの手伝いをしているのはマリアだ。

 試着は済ませてあるし、動くのにも問題無い。薄らと化粧をして、少し大人びて見える。

「エレナ、似合ってるよ」

「エヘヘ、そうですか?」とエレナは少し照れくさそうに微笑んだ。

 彼女も衣装を着て化粧も終えて、満更では無さそうだ。


「アリスはどうしているの?」

「さっきまで今晩弾く曲のおさらいをしていて、今は着替えています」

「そうか。なら僕たちは小道具が動くか確認しておくよ」

 亮太は、ミラとサラに手伝ってもらい、小道具が動くか確認する。

 ドライアイスを発声させる魔道具と照明の明るさと赤や青へ色を変える動き。カーテンが動くかの確認などだ。

 それら小道具の再確認をして、どれも滞りなく作動したことに満足した。


「あの、ミナガワ様」

 おずおずとアリスが声をかけてきた。彼女も着替え終えたようだ。

「うん、サイズもピッタリだ。僕の見立てに間違いは無かった」

 亮太は素直にアリスを褒めた。

 修道服も良い感じだったけれど、メイド服風のステージ衣装をキッチリと着こなしている。

「そうでしょうか」と自信なさげに言う。

「ああ。アリス、似合っているよ」

 亮太は自分の想像した通りの姿を見て、嬉しそうだ。


「はあ」未だ恥ずかしそうなアリス。

 アリスの衣装は、エレナの衣装と少し違う。肌の露出が減っているのだ。

 胸元の湾曲が抑えられ、腹部の露出が無くなっている。

 亮太としては、アリスの衣装もエレナとお揃いにしたかったが、ヘソ出しルックはアリスに拒絶されてしまったのだ。

(どうせカーテンの向こう側で弾くのだから、そんなに恥ずかしがらなければいいのに)

 亮太としては少し不満が残るが、アリスはあがり症なのだ。

 カーテンの向こう側とはいえ、人の多い場所でオルガンを弾いてくれるのだ。これ以上注文をつけるのは悪いのだろう。


「リョウタ殿」

 いつも凜とした所作を崩さないイルダが、少しだけ興奮して亮太を呼ぶ。

「イルダか、どうしたんだい?」

「時間前なのだが、もうお客が来ているんだよ」

「どのくらい来ているんだい?」

「二十人だよ。こんな人数で開店前に並ばれるなんて、初めてのことさ」

「へえ、思った以上だなあ」亮太はウンウンと頷き、

「さて、少し早いけれど開店するか」

 こうして居酒屋千鳥は店を開けたのだ。


 亮太はテキパキと焼き鳥を焼き、大皿に並べていく。

 イルダが注文を聞いて回り、ミラは亮太の焼いた料理を皿に並べて、サラがお客の元へと運ぶ。女将さんも亮太と同じ厨房に入り、料理の下ごしらえをしていく。

 焼き鳥メインとは言え、野菜炒めもメニューにある。胃もたれさせないためだ。

 他にもチャーハンもあり、以外と好評である。

「このメニューはなんだい」とお客が尋ねると、

「これはチャーハンなのですよ。美味しいのです」ミラは愛想良く薦める。


「うう、忙しい。僕はプロデューサーなんだけどなあ」

 亮太は、本職の料理人になった気分になっていたが、それでもエレナたちのことは忘れていない。

「今、何時だ?」亮太は柱時計に目をやる。

 時間は八時十分。そろそろステージを始めたい。

 亮太はステージに目をやると、奥から緊張した面持ちのエレナと目が合った。

 調理場から見えるステージ。そういう間取りにしておいて正解だ。

 エレナが緊張しているのが分かる。 

 亮太がゆっくりと頷くと、エレナもぎこちなく頷き返してきた。


 亮太はイルダを呼ぶ、「これをエレナに渡しておいて」

「これは」

「蜂蜜入りのホットミルクだよ。喉に良いんだ」

 エレナの好きな飲み物を飲めば少しは緊張がほぐれるだろう。

「未だお客は出来上がってはいないよな?」

 亮太の目的は、居酒屋経営では無い。アイドルのプロデュースが目的だ。

 お客たちは酔っ払ってもらっては困るのだが、堅苦しい雰囲気で曲は聴かないだろう。

 心地よい音楽、歌声。旨い酒と料理でリラックスしてエレナの歌声に聞き入って欲しいのだ。

 だから、酔い潰れては困る。

 亮太は店内を注意深く見回す。

 ほろ酔いで上機嫌のお客は多いが、泥酔して絡み酒を飲む客はいなかった。

「よしよし、お客たちも良い感じになってきた。頃合いだ、始めよう」


                   ★

 エレナはステージの裏側で、ソワソワと落ち着き無く歩き回っている。

 今の時間は八時。ステージ開始の時間である。

「うう、緊張してきました」

 今更オタオタしてもはじまらない、そんなことは分かっているのだけれど……。

「失敗したらどうしよう」

 せっかく練習してきたのだ。絶対に失敗したくはない。

 だけど、胸からこぼれ落ちそうなほど心臓は脈打つ。

「ど、どうしよう」

 エレナは隣のアリスを見やる。顔色は青を通り越して白い。

 ゼンマイの切れた人形のような動きで「だいじょうぶ、デスよ」と答えるが、全くそんな様には見えない。


 ガクガクと頷くアリスを見て、エレナは思わず吹き出してしまった。

「ぷ、アハハ」

「な、何故笑う、のですか」と頬を膨らませるアリス。

「ご、ごめんなさい。あまりにもその……あはは」

 必死に堪えるが、再び爆笑してしまう。

「もう、知りません」プイッと横を向くアリス。

「ごめん許して」と手のひらを合わせて謝る。

「つーんです」とすねて顔を合わせてはくれない。

 しまったなあ、と困惑していると、

「おやおや」と、イルダの声がする。


「お取り込み中かな?」

 イルダは、マグカップをトレイに載せて、アリスの隣に現れたのだ。

「そんなカリカリしないで、温かい飲み物はどうだい?」

 彼女は、二人にホットミルクを薦めてきた。

「あ、イルダさん。エレナさんって酷いんですよ」

 軽く頬を膨らませたアリスが訴える。

「ええ、それはアリスさんがあんまりにもアレだったから」

 と、苦笑するエレナ。

「ふーんだ」

 それを見て、再び拗ねるアリス。

「ごめんなさい。機嫌を直して」

 平謝りのエレナ。


「ああ、初陣を前にして、二人とも緊張しんだね」

 とイルダ優しく諭す。彼女は、冒険者時代を思い出したのだろう。

「初めてはそんなものさ。でも人を笑うのはいけないな」

「……はい」

 ションボリするエレナ。

「そう、分かればいいさ」

 イルダは柔らかい微笑みを見せた。

 スタイル抜群の彼女がする些細な仕草でも、凄く似合っている。


「リョウタ殿からの差し入れさ。これを飲んで、元気を出しておくれよ。

 さあアリスも」

「……はい」渋々とマグカップを受け取るアリス。

 一口飲み、直ぐにゴクゴクと飲み続ける。

 自分でも知らない間に、喉が渇いていたようだ。

「ほら、エレナも」

「はい」エレナもゆっくりとだけど、ホットミルクを飲み干した。

「二人とも落ち着いたかい?」

「はい」

 エレナがカウンターを見やると、サムズアップする亮太と目が合った。

「アリスさん、笑ったりしてごめんなさい」

「もう、仕方ないですね」アリスも軽くため息を吐くと「良いですよ」と微笑む。

「では、始めましょうか」

「ええ」

 アリスはオルガンの鍵盤に指を添えた。


                  ★

 ステージ前のテーブルは埋まっており、店も満員御礼。

 女将さんやイルダのツテで冒険者が多い。彼らには割引券を配っておいたのも要因だろう。

 カーテンが上がり、ステージがはじまる。

さあ、これからが本番だ。


 舞台の上で、緊張した面持ちのエレナ。三メートル四方の小さなステージ。

 楽器はオルガンのみ。

 奇抜なステージ衣装を見て、奇異な目で見たり、冷やかしの声を送る客たち。

「いいぞ姉ちゃん、ここで脱げよ」「俺にも酌してくれよお」「おお、何やってくれるんだ」とタチの悪い客がいる。

 そんな連中に鋭い視線を向ける女将さん。

 女将さんと目が合った連中は動きを止める。

 彼女は相当怖がられているようだ。


 冷やかしの声が収まると同時に、オルガンの音色が室内に響く。

 リズムを取るエレナ。

 瞑目していたが、そっと瞼を開く。

 凜とした顔つき。

 良い意味で緊張した顔だ。これなら上手く行くだろう。

(さあ、君の歌声を聴かせてくれ)

 亮太は焼き鳥を傍らに置き、静かに目を閉じた。



 アリスが弾くオルガン。

 そこから奏でる音色は、みんなが知っている有名な曲だった。

 ステージなるものを初めて目にする観客たち。

 だが、知っている曲。馴染みの曲だと分かると不安は和らぎ、耳を傾け始めた。

 エレナの歌声は、自分たちが勝手なリズムで歌っている歌とは、一段も二段も上だったのだから。

 お堅い教会や貴族たちでは、決して歌わない歌。馴染みの知っている歌だ。


 誰からともなく、手拍子を鳴らす。少しずつ手拍子が増えていく。

 それに背中を押されるようにして、エレナの歌声が、室内に広がっていく。

 何処かの音楽ホールみたいな反響する壁では無い。ただのベニヤ板。

 それでも不思議とエレナの歌声は、お客の耳に届いていく。

 エレナは満面の笑みを浮かべる。


 エレナを見れば、『楽しい』顔に書いてある。

 一曲目が滞りなく終わる。拍手が起こる。

 二曲目。それも有名な、少し寂しい曲。

 シンミリとした歌声。歌声に心が籠もっている。静かに耳をかたむける観客たち。


 三曲目。お客たちが知っている曲から、亮太が選択した名曲たちへ切り替わる。

 初め戸惑う観客たち。だが、次第に動揺は静まり、観客は傾聴していく。

 歌のサビの部分へ追従。ハモる。

 歌い手と観客とのハーモニー。カーテン越しに弾くアリスも感化されていく。

 普段よりも滑らかに動くアリスの指先。

 異世界の名曲たちは、こちらの世界の観客たちを魅了し始めた。


(ああ、良い感じだ)

 亮太はふと目を開ける。

 エレナを中心に、桃色の光が流れ出している。桃色の光は観客たちを包み込み、光をより鮮やかに輝かせる。

 少しずつだけど、確実に輝く。

(これだ。これだよな)

 亮太は満足そうに何度も頷き、再び瞳を閉じて、エレナの歌声を感じるのだった。


                   ★

「おお、これが主様がやりたかった事なのですか」

 ミラは忙しなく料理を運んでいたが、先ほどから流れる桃色の光を見て動きを止めた。

 桃色の光は、エレナから発せられる命の木漏れ日、マナの輝きだ。

 彼女の想いのチカラが具現化したもの。

 それが観客たちのココロの思いと共鳴し、増幅されたのだ。

 歌姫。

 ミラとサラの主は、エレナを歌姫にするために、プロデュースするために頑張っているのだ。

 ただの田舎娘でしかないエレナ。

 歌姫の素養はあるみたいだが、歌姫となるべくしてなる少女たちは、年端も無い頃から猛練習していることをミラは知っていた。

 才能だけで歌姫にはなれないのだから。


「主様に導かれたのですか……」

 ボソリと呟くミラ。

「マナの輝き。綺麗なのですー」

 サラもミラの隣に来て、嬉しそうにそう言った。

「世界征服なんて面倒くさい、と仰ってどうしようかと思ったのですが――」

 ミラは首を横に振る。

「取り越し苦労だったのですー」

「それは結果論なのですよ? 

 このままノンビリされていたら、ミラがお尻をペチペチ叩かないといけなかったのです。もう少しペースを上げなければいけないのですよ」

 ミラは少し怒ったような素振りを見せるが、それは本心では無いこと。

 それはミラの顔を見れば理解できた。


「そうなのですかー。サラはこのままでも良いですよー」

「サラは主様を甘やかすのですか」

「そうなのですー。※※※様のお望み通りになってきたのですよー」

「それは……。そうなのですけれど」歯切れの悪いミラ。

「それならば、良いのですー。

 主様のお手伝いをすれば『結果』は後からついてくるのですよー」

「まあ、そうなのです。主様もお力を使っているみたいなのです。

 ……もっと本気を出して欲しいのです。

 ミラは主様が世界征服するお手伝いがしたいのですよ」

 と、当初の目論見が上手くいかなかったことに愚痴る。


「サラは、主様が勇者として魔王を斃すお手伝いがしたいですー。

 だから、今のままでも特段問題は無いのですー」

「むう」と顔をしかめるサラ。

「むう。そこは了見の違いなのですか」と顔をしかめるミラ。

 フッとサラは相好を崩して、クルリと回る。

「ミラ。別に良いじゃないですかー。ノンビリエビチリを食べれば良いのですー」

 ミラは軽くため息を吐き、微笑む。

「フフッ。ならミラは唐揚げが食べたいのです」

「後で主様にオードブルを出して貰うのですー」

「そうですね、もう少しノンビリするですか。

 それに――

 いざとなればミラとサラで魔王をサクッと倒せば、なんの問題も無いのです」

「そうなのですー。『あの程度の相手』ならば、問題無いのですよー」

 二人は、無邪気な微笑みを浮かべるのだった。

 


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