第11話 歌はどれにする?
僕は焼き鳥の練習に励んでいる。炭火での火加減の試行錯誤。
炭入れのタイミングを計る。肉汁が溢れとても良い匂いが漂う。
タレの種類は、塩のみ。塩に加え湖沼。醤油ベース。味噌ベース。胡麻ダレ。それらにレモンとゆずも添えておく。
うん、魔道具の鍋は良い仕事をしてくれた。
二週間も経つと、火加減にも慣れてきた。
肉の旨味を引き出す焼き方もどうにか安定してきたな。自分でも味見するが、かなり旨い。
「よしよし。これで売り物になりそうだな」
「そうなのですか?」と興味津々のミラ。
「サラとミラがちぇっくするのですー」勢いよく手を挙げるサラ。
「フフッ、頼むよ」
「「はーい」」
お手伝いをしているミラとサラが味見役だ。
と言うか、いつも二人はつまみ食いしている。
上手く焼けた焼き鳥は、二人が好きなタレをタップリかけて美味しそうに頬張っている。これは味見役ではなくて、単に自分好みの焼き鳥を食べているだけだ。
幼女なのに焼き鳥が好きとは……。将来大酒飲みにならないといいのだけれど。
他の人の意見が聞きたい。
女将さんとイルダの所へ一通りの味付けを皿に盛り、食べてもらう。
「女将さん、味はどう?」
「合格だよ。アタシより上手じゃないか」と頷く女将さん。
「これは、今まで食べた焼き鳥の中で一番美味しいよ。タレが良いね」と顔を綻ばせるイルダ。
二人とも太鼓判を押してくれた。
「それは良かった」
酒は僕の好みも反映して、リキュールも増やしてみた。
元々女将さんは酒に五月蠅い御仁であるため、品揃えはこの辺りの居酒屋でもトップクラスだろう。
酒類も女将さんのツテで量の確保は済ませてある。
「主様、お店の名前は決まっているのですか?」
「ああ」僕は頷く。
「居酒屋・千鳥」
鶏肉メインの料理を将来的には沢山の種類を出すこと、それが千の意味で千鳥。
酒の種類も豊富でお客が楽しめること。
更に売り上げに貢献してくれ、強かに飲み酔っ払う千鳥足をかけたものだ。
――それに。
(何処にでもいて親しまれる、誰もが知ってるアイドルたちの巣も兼ねているのさ)
これで内外装のリニューアルが終われば、開店準備が整った。
次はエレナの様子を見に行こう。
僕は教会に顔を出す。月曜から金曜までエレナはアリスから歌のレッスンを受けている。
講堂での発声練習。声の張りが出てきた。
「順調そうだね」
僕は冷たいレモネードを二人に渡した。
歌のレッスンは順調そうだ。基礎から教えてもらっているので一見地味だ。
けれど、エレナが宿屋に戻って歌声を聞かせてもらうと、少しずつ、だけど確実に発声が良くなっているのが分かる。
そのことに、エレナ自身も手応えを感じているようだ。
顔つきが変わってきたからだ。
ステージで歌う曲を選んでおこう。十曲ほど練習はしている。
どの曲も僕が良いと思った名曲だ。だけど、いきなりアイドルソングは受け入れられないだろう。
八十年代のシティーポップも良いかもしれない。
(幾つか知っているけれど……)
ユーチューブで知った曲が幾つかあるが、それよりも洋楽の方が人気なんじゃないだろうか。
世界的に流行った曲、例えばビートルズの曲から選ぶのが良いのか?
でも、英語は苦手なんだよな
洋楽の有名な曲で、和訳が出来てる曲と言えば……。
「カントリーロードが良いだろう」
僕が生まれる前の流行歌で、アニメでも歌われた曲だ。
カラオケでならした歌声を披露しよう。
「じゃあ僕が歌うから、アリスは譜面に落とし込んで欲しい」
「分かりました」
アリスは少し緊張した面持ちで答えた。
「それでは……」
カントリーロードの歌詞を脳裏に思い浮かべる。
(何だか冴えているぞ)
生まれ変わったからだろうか、身体は軽いし、頭はスッキリと冴えている。
久しぶりに歌ったけれど、我ながら上手に歌えた。恐らく採点すれば八十五点は堅いだろう。
「とても良い曲ですね。どこか懐かしい感じがします」
とアリスが褒めてくれた。
「ああ、僕も好きな曲だよ」
アリスの反応は良い。これならいけそうだ。
僕は再び歌って見せた。
「ではアリス、曲に落とし込んでくれないか」
「はい」アリスは鍵盤に指を添えた。
カントリーロードを歌うと、アリスはその音程の合わせた音を鳴らし、オタマジャクシに似た音符を譜面に書き込んでいく。
譜面を見て演奏するアリス。一度でもそれなりの音程になった。
「おお、凄いな」
当たり前だけど少し違うカ所も幾つかある。
更に僕が歌い、アリスが譜面を訂正、その繰り返しだ。
ズレた音程の調整を重ね、元の楽曲と同じ感じになるまで繰り返す。
僕たちの傍らでは、エレナも真似てカントリーロードを歌う。
一週間繰り返される譜面作り、完成度は日に日に上がっていく。
――そして。
カントリーロードを通しでアリスが弾いてみる。
アリスはカントリーロードを完コピしていた。
「凄いなアリス。完璧だよ」
「そ、そうでしょうか」
アリスは謙遜するが、満更でも無さそうな顔をしている。内心は自信があるのだろう。
もう幾つか曲を選ぶ
「レッドリバーバレー」や「大きな古時計」等々。
昔、小学校や中学校の音楽の授業で聴いた歌。学生が歌ってもふうんって感じだったが、
ベテランのミュージシャンが歌っていた童謡は違った。「大きな古時計」なんかでも、プロが歌うと違うもんだと感動したものだ。
何十年も歌い継がれる名曲たちならば、この世界でも受けるだろう。
アイドルソングは一曲だけに止めておいた。しっとりとしたバラードだ。
本当は十三人のアイドルが歌う曲も入れておきたかったのだが、流石に時期尚早だろう。
事前にこの世界の流行歌も調べておいた。
一般庶民が歌うのは祭りの歌(ソーラン節みたいなもの)と吟遊詩人が歌う民謡(簡単な詩に曲を添えたもの。これは海外の民謡に似たカ所が見受けられる)
他は教会のお堅い賛美歌だ。
音楽は貴族の嗜み嗜みなので、重厚な音楽が多い。
恐らく歌姫たちが競う曲は、格式張った曲なのだろう。
だけど、元の世界の音楽が、入り込める余地は十分あると思う。
歌は格調高いものだけでは無い。聴く人それぞれに好みがあり、嫌いな歌もあるのだ。
人々の心を繋げる名曲たち。その中の一つがただの流行歌だろうがアイドルソングだろうが関係ないはずだ。
エレナの歌声は、そんな既存の歌を変えていく呼び水となる。そんな可能性を秘めているはずだ。
――後は、
「新装開店を待つだけだ」
エレナの歌声とアリスが弾くオルガンは、お客たちを魅了するはずだ。
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