第10話 開店準備は大変だ

「た、高いな」 

 僕は楽器店の中でそう呟いた。

 この楽器店は、街でも有数の品揃えだという。そんな前評判の通りに様々な楽器が店内に置かれているのだが……。

「どの楽器も高い気がするな」

 ギターと思わしき楽器。リュートの亜流だと店員は言っていた。

 金貨三枚。大体三十万円か、それほど見栄えは良くないのにこの値段は強気過ぎないか?

 この程度の品質なら金貨一枚でも高すぎると思うのだけれど。


「貴族の方しか買いませんよ。音楽に詳しい人ならば、手作りでしょうから」

 とエレナ。

「そうなのか」

 なるほど、駆け出しの兄ちゃんならば、手作りギターで十分だよな。

 取りあえず音が出れば良いのだろう。

(ギターの出番はまだ先だけどね)

 買っても演奏者がいない。今はどんな楽器があるのかゆっくり見分しておこう。


 最後に本命となる楽器に足を向ける。

 ピアノとオルガンだ。

 オルガンの値札を見て、またもや驚いてしまう。

「金貨二十枚だと?」

 高い。なんと金貨二十枚だ。日本円で言えば、ザックリと二百万以上する。


 そしてピアノ。こちらは更に高い。

「六十枚とは……」

 家一軒が建てられる金額だ。

 ぼったくりだと思うのだが、奥には金貨百枚とか書かれた値札がついている。

 大量生産出来ないと、これほど高くつくのだろうか。

「オルガンならば、どうにか買えるかな」

 現金収入が暫く見通せない今、無駄な出費は抑えたい。

 今は一番グレードの低いオルガンで我慢しておこうか。


「でも、オルガンを買ってもシスターアリスは来てくれるのでしょうか」

 と不安げなエレナ。

 アリスには、僕の居酒屋に来てくれるように口説いている。

 だが、色よい返事は貰っていない。

「大丈夫だよ。アリスは歌が好きなんだ。きっと来てくれる」

 アリスは、歌が上手い。更に譜面が読めるし編曲も出来る。

 是非とも来て欲しい逸材である。


 元の世界で慣れ親しんだ名曲たちを、こちらの世界にアレンジして発表する。

 その為にはピアノが欲しいし、最低でもオルガンは必須である。

 個人的には、元の世界でピアノは音楽では最強の楽器だと思っているのだ。

「これがアリスが来てくれる最後の一押しになるよ」

 ピアノが弾ける。このことが、アリスを居酒屋で働いて貰う動機になってくれるだろうから。

「だから……」

 先ずは、このオルガンを買うのだ。

 将来、ピアノへと続くであろう必須アイテムなのである。

「このオルガンを買うよ」

 金貨二十枚。今の僕には相当な大金である。だが未来のアイドルたちの為なのだ。


                   ★

 僕は手元のメモを見やる。本命のオルガンは買ったし、他の欲しい物も粗方買った。

「良し、お次は……」衣装だな。

 アイドルと言えば可愛くて格好いい衣装は外せない。

 彼女たちの魅力を一掃引き上げるための大切なアイテムであり、戦闘服だ。

「仕立屋は何処にあるのかな」

 大通りを見回してもそれらしき店舗は見当たらない。武器屋と防具屋は色々とあるのだが……。

「それだけ物騒な世界なんだろうな」


 仕立屋を探している途中で、屋台が並ぶ通りを見つけた。

 歩行者天国みたいで、屋台だけではなくて野菜や果物と雑貨を売っている出店もあるようだ。

「主様、良い匂いがしますよ」

「美味しそうですー」

「ハハ、お腹が空いたのか」

 リアとサラは、串焼きを売る出店の前で立ち止まり、僕の腕をクイクイと引っ張る。

 僕も小腹が空いてきたので、4本串焼きを頼んだ。


「中々イケるな」

 店によって味付けが違うようだ。ケバブみたいで美味しい。

 味付けは淡泊だけど素材の旨味を引き出している。

 言っては悪いが、女将さんの料理の腕前はアレだよな。良い意味で捉えると、僕でも店が出せるということだ。

 真面目に焼き鳥の練習しようと、心に誓った。


食べ歩きをしながら、仕立屋を探す。良さげな店は見当たらない。

 本命のオルガンは買った。エレナの練習も始まったばかりだし、衣装はまだ少し先でも問題無いだろう。

 ただ、既製服ではないので、どれだけ時間が必要なのかが心配だ。

(まあ、今週中に頼めば問題無いだろう)

 大して急いではいないので、みんなと散歩がてらに街を歩いて行く。


「そう言えば、エレナがこの街に来たのは、仕事を探しにだよね」

 僕は、エレナに語りかける。

「はい。アタシの生まれた村は不作が続き、収入が減ったのです」

「出稼ぎかい?」

「はい。アタシはお姉ちゃんだから、家族を楽にさせたくて……。

 それでこの街に来たのです。そして――」

「あの碌でなしに捕まったのか……」

「はい」

「とんだ災難だったね」

「ミナガワ様に助けて貰わなければ、今頃は……」エレナは黙り込む。

「あっと、そんなしょげないで。

 見方を変えれば、僕たちと知り合う切っ掛けとなったんだよ、うん」

「そうですね、そこだけは良かったと思います」と柔らかい微笑みを浮かべた。

「そうさ。どうにか就職先も見つかったんだから」

 まだ何も始まっていないから大口は叩けないけれど。


「少し質問しても良いですか」

「どうぞ」

「ミナガワ様はどちらの出身ですか」

「遠い国、東の方だよ。遠すぎてもう帰れないほどにね」

 僕は静かに目を伏せた。そう、二度と戻れない故郷を、少しだけ思い返した。

「独り身でこの世界に来たんだよ。だけど――」

 僕の左右の手をギュッと握りしめるミラとサラを見た。

 二人は少し不安げで、だけど期待に満ちた瞳で僕を見詰める。

「淋しくは無いよ。ミラとサラが一緒だから」

 そう言うと、二人はニパッと笑ってくれた。


「フフッ。仲が良いのですね。ミナガワ様が、二人を大事にしていることが良く分かりますよ」エレナは柔らかい微笑みを見せてくれた。

「でも、確か従者なんですよね?」

「従者では無いな。身内、家族みたいなもんだよ」

「とても小さいのに……」

 エレナの瞳が、少し強ばる。うう、僕を童女趣味だと疑っているのか?

「違うぞ。妹ポジションだよ。結婚は出来ないのではなくて、してないだけなんだ!」

 元の世界は結婚していなかった……。こ、今回は是非ともバラ色の人生を……。

 いかん、涙が出てきそうだ。バレないようにそっぽを向く。

 ミラとサラがヨシヨシと僕の背中をさすってくれる。本当に泣きそうだ。


 と、ある看板が目をひいた。

「ん?」

『貴方だけの逸品お作りします』と看板には書かれている。

店先に防具が売られていて、普通の服も売っている店を見つけた。

防具屋のようだ。だが、普通の防具よりも存在感のある『防具』に目が行く。

「こ、これは」

 伝説の防具ビキニアーマーだ。

 防具としての実用性なんて殆ど無いだろうに、目の当たりにするともの凄いインパクトがある。


「この店に入ってみよう」

「主様、本気なのですか?」とミラ。

「ああ、僕の勘が告げている。この店に望みの品が有るとね」

「むう。嫌な予感の方が大きいですー」とサラ。

「大丈夫でしょうか」と心配そうなエレナ。

「まあ、入ってみれば分かるさ」

 僕たちは、風変わりな防具屋に入ってみることにした。


                  ★

一風変わった防具屋。『オーダーメイド可』と書かれた文字。ここは仕立屋も兼ねているようだ。

 僕は、陳列された防具を見やる。

 凝った文様が掘られた鎧。ディテールに拘った品。

 実用品ではなくて、装飾品と見た方がよいのかもしれない。

 装飾華美。そこまで拘らなくても良いのかもしれない。


「おお、ビキニアーマーがあるぞ」

 初めて実物を見た。

 バストサイズに合わせてサイズとカラー違いまで色々と並べられている。

 ……ビキニアーマーに、そんなに需要があるのだろうか?

 ゲームの鎧でキャラクターを着飾るノリなら良いが、実際の防御面では大きく劣るだろうに。


 他にも、特徴的な防具や、衣服が並べられている。

 スケスケのローブ。神秘的といえばかっこ良いが、実際に着る女性がいるとは思えない。

 だけど。この細部まで作り込んだ衣装や鎧を見ていると、店主の並々ならぬ想いが見て取れた。


 反対に投げやりに置かれた防具たち。

 質実剛健で、実用的な防具みたいだ。作りはしっかりしているようだ。

 それに、値段は金貨一枚からとそれなりに手頃である。

(ここの店主は変わり者みたいだぞ)

 手頃な防具で飯を食べて、拘り抜いた防具を作っているみたいだ。

 この店の店主の拘りか、偏屈なのか。

 ハッキリ言って無駄である。だが、それが何だか心地よい。

 店主もオタク気質なのだろう。


「よし。この店で注文しよう」

「「えー」」と綺麗にハモるミラとサラ。それと、ビキニアーマーを見て顔を赤らめるエレナ。

「いやいや、ここの店主はやり手だよ」

 不満げな三人を残して、店の奥へ向かう。


 作業中の男。彼がこの店の店主だろうか。

「作業中失礼します」

「何かね」少し神経質そうな眼差しで、僕をチラリと一瞥した。

「この店では、服の仕立てをしているんですか?」

「ああ、客か」店主とおぼしき青年は立ち上がり、こちらに向かってきた。

顔立ちはまだ若く、三十前後だと見受ける。


「わたしの作品に興味があるのですね」

「ええ。凄く拘った作品ですね、感銘しましたよ」

「フフッ。キミには分かるか」

「ええ。あのビキニアーマーの拘りは凄い。見せ方を心得てる逸品ですね。

 彼女たちの、胸のサイズに拘った品。

 恐らくサイズだけで無く張りまで考慮しているみたいですね」

「そうでしょう、そうでしょうとも」クククッと笑い声が漏れてくる。


「素晴らしい正に慧眼と言うべきでしょうか。

 確かに、キミは良い目をしていますね。

 だが、わたしが目指したもの。その本質まで踏み込めていない。心が揺さぶられる想いが聞きたい。

さあ、キミのリビドーを答えて下さい」


「う。いきなりそう来たか」

 初めての客にグイグイ来やがる。

 僕を試している。本音で語るオタには、本音で答えなくてはならないだろう。

「非常に悩ましい問題だ。僕は胸も空きだが、お尻も好きなんだ。

 いや、スタイルだけではない。

 彼女たちの想いが伴う仕草、一生懸命な女性の気高さに感動するだ。

 衣装とは、彼女たちを一際輝かせるためのより良い相棒でなければならない」

 スタイルだけでは無いぞ。ただのスケベ野郎では決してない。

 女性の躍動感や健気さ、儚さ、一生懸命が胸を打つのだ。


「フッ。どうしてそう思うのです?」

「女性とは、全てを含む生命体、優しさと儚さと腹黒さと厳しさ。全てだ

 胸は一つのアイデンティティーに過ぎない。全てのパーツは等しく素晴らしく同価値であり、それを秘めるのは彼女たちの微笑みなんだ」

 思わず、僕は胸に秘めた想いを顕わにしてしまった。

「素晴らしい。合格です。わたしの名前はデニス・ラハナーと申します」

 少し涙ぐむ店主。僕は華奢そうに見える外見とは裏腹に、ゴツい無骨な右手と堅い握手を交わしたのだった。

 後ろから、刺すような視線を感じる。

(……何だか三人の視線が痛いぞ)

 だが盟友を得た今、そんなことは些細な事である。


 さて、気を取り直してスケッチをデニスに見せる。

「こ、このデザインは……」

「どうだろう、いけるかい?」

「フッ、愚問ですね」

 デニスはニヤリと不敵に微笑む。

「このラフ画そのもの、いいえそれ以上の作品に仕上げて見せましょう」

「そうか。二着頼むよ」

「着るのは彼女か?」

「ああそうだ。それにもう一人着てくれるハズだ」

「採寸の問題もある。今日は彼女だけ頼むよ」

「承りました」


「それで、言いにくいのだけれど……。今月は何かと入り用なんだ。再来月まで待ってくれないか」

 仕立て服が高いのは理解している。生地にまで拘れば、下手するとオルガンより高くつく可能性さえあるのだ。

「ええ。良いですよ、こんなにインスピレーションを刺激される作品を手がけることが出来るなんて、ああ。素晴らしい」

「いつ頃出来上がるんだい?」

「そうですなあ。……余裕を見て一月あれば納得の出来る作品が出来るでしょう」

 衣装を『作品』と呼ぶあたり、この男は自分の仕事に拘りがあるのだろう。

「分かった。楽しみにしているよ」

「フッ、任せてくれたまえ」

 僕とデニスはお互いニヤリと不敵に微笑みあった。


「……あの、どんなデザインなんですか?」

 と、エレナは恐る恐る訊いてきた。

「フフッ。会心のデザインだよ」

 僕はエレナに、衣装を書いたスケッチブックを見せてあげる。

「ええ、そんなあ」

 エレナは、それを見た瞬間耳まで真っ赤に染めてしまう。

「どうだい? 我ながら会心のできだと思うんだよ」

 とてもキュートな衣装。メイド服をベースにして、スカートに段つきフリル。曲線美を思わせるタイトなスカート。挑戦的なヘソ出しルックだ。


「こ、こんな衣装なんですか? 水着と変わらないのでは?」

「水着ではないぞ。ステージ衣装なんだよ」と力説する。

「うう。さっきのお話を聞いたときは、とても良い人だと思ったのに……」

 ん? 小声で聞き取れない。

 だがエレナが恥ずかしがっていることは察せられる。

 よし、ここはもっと熱い想いを語らなければ。


「分かってくれエレナ。君の魅力を引き出すには、此ぐらいのデザインでないと駄目なんだよ。一般人の目線で判断してはいけない。もっと本質を見るんだよ」

「ああ、友よ良いことを言った」とデニス。

「このデザインは、挑戦者だけが纏える品を秘めている。

 わたしがキミの魅力を十全に引き出すことを約束する」


「そうだよ。君の美しさを、輝きを倍増させる為の、必須アイテムなんだよ」

 僕はエレナの両手をギュッと握り、思いの丈を彼女に熱く語る。

「うう」耳まで真っ赤なエレナ。

 日本のアイドルたちは、もっと際どいコスチュームを着ていたぞ。チアガールの衣装とさほど変わらないハズなんだけどなあ。

「まあ、エレナ。実物が出来てから判断すれば良いよ。きっと気に入るから」

「そ、そうでしょうか」

 オロオロするエレナ。その後二人で口説いて渋々ながら納得してくれたのだった。

 採寸するとき、デニスは思い切り平手打ちを食らっていたが、ヤツはそんなこと気にしてはいないようだった。

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