第7話 僕がやることは……

 僕は宿屋への帰り道で、アリスの歌声を思い返していた。

 聞き惚れるほどの歌声だった。

 テレビやCDでは味わえない生の歌声だった。


(そう言えば、アリスからも光の靄が見えたよな)

 アリスは青で、エレナは桃色だった。

(静のアリスと動のエレナって感じかな)

 タイプは違うけれど、歌声は周囲の人間の心に染み入る感じ。

(もし、二人がユニットを組んだのならば……。

 きっと凄いことになると思う。

 そんなアイドルがいたなら、なけなしの有給使ってでもコンサートに行くんだけどな)


 アイドル。この世界には無縁の言葉だ。

 ざっとこの街を見てみたけれど、格調高いオペラや演劇は有るみたいだけれど、大衆的な歌謡曲、流行歌みたいなのは無かったと思う。

 有っても童謡とか、演歌みたいなものだったしな。


 もう一度アリスの歌声を聴きたいと思うと、余計に聴きたくなってしまう。

 それにエレナも……。

「……あ」

パッと脳裏にアリスとエレナの歌声が再生された。

 ステージで歌う彼女たちは、凄く輝いていた。

 アイドルと歌姫が重なって見えたのだ。



「そうか、無ければ作ればいいんだ」

 『今までの歌姫』は、教会関係者だけしかなれなかったのかもしれない。

 そういう格付けとか慣習として、存在するかもしれない。

 だが、実際は誰でもなれるだろう。

 才能だけではない、想いの強さと努力によって。


 アリスだけではなくて、エレナからも感じたチカラ。

 それは特別なのかもしれないが、血統ではないだろう。

 何しろ二人は、見習いシスターと村娘なのだから。

 僕が彼女たちをアイドル……、もとい歌姫としてプロデュースすればいい。

 この世界でプロデューサーになれば良いのだ。


「決めたぞ、僕がやることを」

「そうなのですか」ミラは、満面の笑みを浮かべて僕を見詰める。

「決めたのですかー」サラは、期待に満ちた微笑みを僕に向ける。

 二人は、真剣な眼差しで僕を見詰める。

 だから、僕は高らかに宣言する。

「僕は、この世界でプロデューサーさんになるぞ!」

「「はああ!?」」

 ミラとサラの驚きの声が、綺麗にハモった。


「世界を牛耳る魔神になるのではないのですか!」とミラ。

「世界を救う聖者にならないのですかー」とサラ。

「何だよ、その両極端な話は」

 僕は興奮する二人を、ヨシヨシとなだめる。

「僕は自慢じゃないが、腕っ節は大したことは無い。

 殴ったり殴られたり、痛いのも痛いことをすることは嫌なんだ」


 街の数なんて地図を見れば分かるが、大して無い。

 日本に比べたら小さな国だ。

 なのに、危険区域がやたら多い、殆どが山や森で魔物が溢れた世紀末な世界だ。

 魔物と命懸けのバトルなんてやりたくない。


 それに加えて、人間と魔族の戦争まである。

 親しい人の為に戦うのならば、戦う。

 何もしないほど臆病では無いつもりだ。

 だが、顔も知らない人間の為に、命を張るほど善人とは考えていない。


 次に寝床の問題だ。

 常に街の宿に泊まれる保証なんてない。

そりゃキャンプはそれなりに好きだけど、年がら年中キャンプなんてしたくない。

 クーラーの無い真夏や真冬で、寝袋にくるまって眠るなんてご免だ。


 更に重要な問題がある。それはトイレをどうするか、だ。

 何しろ野宿はトイレが無い。

 現代人の感覚では、小はともかく大をどう我慢すれば良いのか。

 人間の尊厳に関わる問題じゃないだろうか。


 ミラとサラは、ジト目で僕を見詰める。

 その後、「「はあー」」盛大なため息を吐く。

 ため息までも綺麗にハモった。


「それで、ぷろでゅーすとかするのですか」すねた顔をするミラ。

「ああ」僕はおもむろに頷く。

「むう」と不満そうな顔のサラ。

「おいおい、二人とも。僕もこの世界の手助けをしないとは言っていないぞ?

 歌で世界を幸せにするんだよ」

 女神様は、僕に何らかの期待を込めてこの世界に送り込んだハズだ。

 その期待には応えるつもりではある。

 ただ、女神様はこうも仰っていた「そなたの思うが通りに生きるがよい」と。

 だから、僕は好きなことをしながらこの世界の手助けをするつもりなんだ。


「歌なんかで、ですか?」とミラ。

「歌だからこそ、だよ」

「歌で何が出来るんですかー」とサラ。

「歌は良いぞ。落ち込んでいたとしても、好きなアイドルの歌を聞いていると、次第に元気になるんだ。ヤル気が湧いてくるんだよ」

「……あのシスターの歌声みたいですか」とミラ。

「そうだね。あの子は磨けばきっと凄いアイドルになるぞ」


「アイドルですかー?」頬を膨らませるサラ。

「……サラ。それは偶像ではないのですか?」

「ええミラ。……確かに、そうですねー。**様が仰っていたものですねー」

「それほど良いですか?」まだミラは、疑惑の眼差しを向けてくる。

「そうだとも。それに僕がこれからするアイドル事業が成功すれば、きっとこの世界は幸せになる、そんな予感があるんだよ」

「『幸せな予感』ですか」ミラの、僕を見る目が変化した。

 不満そうな顔は、少しずつ期待に満ちた顔に変わっていく。

「ああ」僕は大きく頷いた。

 お互いを見やるミラとサラ。

「「主様の仰る通り」」

「お手伝いするのですよ」とミラ

「お手伝いしますよー」とサラ。二人はそう言ってくれた。


「主様。あいどるを育てるには、どうするおつもりですか?」

「歌って踊れるキュートな少女。

 その子たちの努力と汗の結晶、それを発揮させるステージ」

 僕は握りこぶしを作る。

 まあ、まずは地盤固めが必要かな。資金調達、レッスンをする場所、ある程度の広さの屋敷が欲しい。

「軍資金を確保したり大変だと思うけれど、少しずつ初めていくよ」

 商売をしなければならないだろうな。軍資金は多いに越したことは無い。

 最初の一歩は小さくても構わない。

 先ずは行動しなければ何も始まらないのだから。


「ミラとサラにお任せなのです」胸を張るミラ。

「『お金の有るところから、持ってくれば』良いのですねー」とサラ。

 胸を張る二人。僕の夢を手伝ってくれるそうだ。

(……少し物騒な気配がするのは気のせいだよね)

 二人の心意気は買うけれど、あまり無茶はさせてはいけない。

 掃除や料理なんかは出来るだろう。その辺りを手伝ってくれればそれで良い。

 見守ってくれる存在、とは有りがたいものだから。


「はは。それは頼もしいな。でも無理はしないでおくれ。

 出来るだけ僕自身の力でやってみたいんだよ」

「ミラとサラの『チカラ』は必要ないですか」

「お手伝いしたいのですー」ションボリする二人。

「ああ、違う違う。二人の力が必要無いんじゃないからね」

 うーん、何て言ったらいいだろう。

「かっこ良く言えば、自分の力を試したい、かな」


 この世界に転生して街まで来た時、いきなり奴隷商人に出くわしてしまい、ゲンナリしたけれど。

 僕の知識を試せるチャンスでもある。良くも悪くも日本ではない。

 失敗の可能性と成功の可能性は同じくらいあるのではないだろうか。

 そう考えると、妙ちくりんなヨーロッパで生きることは、案外悪く無いのかもしれないのだ。


 見た目とは違い、勇気と無鉄砲さの入り交じった少年ではない。

 アラサー男子の知識と経験があれば結構上手くやれると考えるのは楽天的だろうか。

「まあ、悪い方向に煮詰まって、どうしようも無くなったときは、二人のチカラで助けてもらうよ」


 ミラとサラ。

 二人は、普通の幼女ではないだろう。

 少しズレてる所があるけれど、幼い見た目とは違い頭が回る。

 それに女神様に貰った他の魔道具と比べて、二人が役に立たないとは思えないからだ。

 きっと、素晴らしい素質を秘めているのだろう。

(まあ、二人が側にいて、笑顔を見せてくれるだけでも有り難いよ)

 こんな知らない世界に独りぼっちなのは、嫌過ぎるから。


 ――それはともかく。

(僕が言えば、二人が秘めたチカラを使ってお手伝いしてくれるだろうが……)

 それで、僕は何もしない、何も出来ないのは、違うと思う。


 便利な魔道具を貰ったのだから、それは有り難く使わせてもらったのだ。捨てるだなんて勿体ないことはしない。

 ただ、それを使った工夫、楽しみを見いだしたいんだ。

 せっかくこの世界に転生してもらい、第二の人生を生きるチャンスを得たのだ。

 楽だけを覚えて生きていくのは面白いとは思えない。

(あまりにイージーなゲームは面白くないからね)


 生前の僕の職場は、所謂ブラックだったけれど、仕事は案外好きだったのだ。

(まあ、社畜だと言われれば、確かにそうなのかも知れないけれど……)

 それでも、大きな仕事を終えた時の達成感は、得がたいものがあったんだよ。

「どうせ一度死んだ身だ。気楽にやってみるさ」

 あの女神様も仰っていたし、僕自身の好きなように生きてやろうじゃないか。


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