第6話 おぼろ月夜

 月明かり、ほろ酔い。異世界にも月があるんだと、間抜けな感想を抱く。

 どうせなら月が二つあっても良かったのに。


 夜の散歩。拍子抜けするほど誰とも会わない。

「夜の治安がそれほど良いとは思わないけれど」

 タチの悪い酔っ払いに出会わないのは都合が良い。

 教会は街の中心から少し離れた所にあると聞いた。

 既に外は暗くなってきていて、外灯がまばらに灯っていく。


 夜の散歩の相手は二人の幼女。右側がミラ左側がサラなのは決定事項みたいだ。

「二人は眠くないのかい」

 もう夜の八時を回っている。子供はそろそろ眠る時間である。

「「はい」」

 と元気よく頷く。散歩して疲れてきたら、眠くなるだろう。

 子供は元気だね。

 僕は寝る前のユーチューブと酎ハイが懐かしく思えてくるよ。


 目的の教会が見えてきた。そちらから、微かに声が聞こえてきた。

 誰かが歌っているようだ。

 僕は誘われるようにして、教会のドアの前に立っていた。


 僕はドアをノックしてみる。応答はない。

 時間的には九時ぐらいだが、もう眠っているのろうか。

 寺や教会は、日の出と供に起きて、日の入りと供に眠るんだったけ。

 人の気配はしない。もう眠っているのだろうか。

 だが、歌声は続いて聞こえてくる。中庭からだろう。


「お邪魔しますよ」

 僕は古びた木の柵、崩れたカ所から中を覗く。

 月明かりの下、一人の少女が歌を歌っている。

 紺色のローブを着ている。ペンダントは、教会に掲げられたもとと同じだ。彼女がシスターなのだろう。


 おぼろ月夜。

 月の照明に照らされたシスターは、とても幻想的に見える。

 虫の音色をバックバンドにして、ゆっくりしたバラードを歌う彼女の姿は、一瞬だけエレナと被って見えた。


 彼女から零れる淡い光。

 エレナと似た感じだが、色は桃色の光ではなくて、淡い青だ。

(この子も、エレナと同じなのか……)

 エレナは元気を与えてくれるが、この子の場合はしっとりと染み入る感じだ。切ない、儚い感じだろうか。

 僕は瞳を閉じて、柵にもたれかける

 何時までも聴いていたい、そんな風に思える素晴らしい歌声だ。


 シスターは歌い終える。僕は思わず拍手する。

「だ、誰ですか」 

 シスターの驚いた声。彼女はがこちらを見やる。

 まずい、勝手に入ってきたんだった。


「すみません。素晴らしい歌声だったので、聞き入ってしまったので」

 変に疑いをかけられるのはまずいだろう、僕は素直に顔を出した。

 子供連れの不審者を見て、シスターは少しだけ緊張を解いたみたいだ。

 幼女を相棒にした強盗。そんな奴いないだろうから。


「あ、貴方はどこの方で……。いいえ、何処から聴いてたのですか?」

 というか、シスターは見る見るうちに顔を真っ赤に染めていく。

「あ、僕は皆川亮太と言う者で、旅人なのです。

 貴女の歌声に聞き惚れてしまい、つい立ち入ってしまいました。済みません」

 僕は名乗り、少し彼女に近寄る。


「旅の方ですか……。うう、誰も居ないと思ったのに……」

「歌、凄く上手ですね」

「そ、そんなことありませんよ」

 シスターは、僕たちから逃げようとして、駆け出す。

 そしてステンと、思い切りこけてしまう。


「だ、大丈夫ですか」

 僕はシスターに手を差し伸べる。


 彼女から、照れと恐怖が入り交じった感情を感じる。

 暫く躊躇っていたが、恐る恐るだけど、僕の手を取りゆっくりと立ち上がった。

「うう」

 涙目のシスター。

 僕はハンカチを手渡す、

「済みません」

 彼女は、涙と少し鼻水と色々と……を拭き取った。


 このシスターは歌いながら泣いていた。

 それを僕たちに見られてしまい逃げ出したのだろう。

 シスターは、少しずつ落ち着いてきた。


「はしたない所をお見せしてしまいました」

 シスターはぎこちなく微笑む。間近に見ると、かなりの美少女である。

「いえいえ」

 僕が彼女に少し見とれていると、ミラとサラに横腹を小突かれた。



「あの、どうかされたのですか」

 僕は問いかける。半分は興味本位で、半分は心配で。

 女の子の涙はどうも弱いのだ。

「ど、どうと言われましても、その……」躊躇うシスター。

「誰も知らない、赤の他人の方が話しやすいと思いますよ」

「そうです、か……。神への懺悔みたいなものですね」

 シスターはゆっくりと語り出した。

「南の教会は、来月には閉鎖されてしまいます。

 北の教会と一緒になるのです」

「北と南とでは折り合いが悪いのです。

 教えが少し違うのですよ。

 神父様同士も……。いがみ合うとまでは行きませんが、張り合うことはよく有ります。

 私のいる南の教会の神父様は、ご高齢で、今月末には引退なされます」

「新しい神父を派遣してもらったらどうですか?」

 後継者がいなければ、日本のお寺とかでも派遣されると聞いている。

 そんなに人手不足なのだろうか。この街は、かなり大きいと思うんだけどな……。

 この教会は質素、言い方は悪いがみすぼらしい。

 何らかの駆け引きが、裏ではまかり通っているのかもしれない。

「残念ながら……」

 シスターは首を振る。まあ、そんな簡単に出来るのならば、彼女は悲しまないか


「この南の教会は閉鎖されます。

 それで私たちは、この教会に居られないのです」

「それなら北の教会へ行けばいいのでは?」

「……勝手な話ですが、あちらの先任の方とは、気が合わないのです。

 とても悪いと思ってはいるのですが……」

 流石に彼女の『悪い』と思っている部分までは、聞けなかった。

 宗派の争いは、かなり根深いのだろう。

(ヨーロッパでは、キリスト教徒同士で戦争になるくらいだからなあ)

 

「気分が、少し楽になりました。有り難うございます」

 シスターの顔の険が少しとれたようだ。

「いえいえ、大したことはしていませんよ。

 歌、素敵でしたよ。また今度聞かせてください」

「うう、そのことは、内密に」

「何故です。凄く上手なのに」

「知らない方たちの前で歌うのは、ちょっと……」

「そうなんですか、勿体ない」


 今になって顔を赤らめるシスター。かなりのあがり症みたいだ。

「まあ、気晴らしでも良いから、歌うのは続けるのは良いと思いますよ」

 僕は微笑む。

「機会が有ったら聴かせてください」

 僕は再び右手を差し出すと、

「ひゃ、はい」とおずおずと手を出す彼女。

 ゆっくりと握手した。凄く柔らかい手だ。


 僕が少しだけドギマギしているのを見たミラとサラは、再びわき腹を小突く。

「ぐふ」今度はさっきよりも強烈だ。


「ふふふ」と吹き出すシスター。

「ミナガワ様、私はアリスと申します。この教会でシスターを務めさせてもらっていますわ」

 アリスは柔らかな微笑みを浮かべて、そう言った。


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