第7話 ゼロの怒り
「あの、俺たちは何もしないんですか?」
池沢の電話が終わってから一時間が経過したが、紫苑はゲームに夢中で操作をする気配が全くない。
「うん。今はね」
「どうしてですか?」
普通の人ならしびれを切らして、そう尋ねると思い聞く。
「残念だけど、君が持ってきた情報だけじゃ、関係者がわからない。話しを聞きたくても尋ねられないし、肝心なことがわからない。まぁ、自分たちで調べてもいいけど、警察が調べた情報を先に見てから動いたほうがいいでしょ」
「たしかに、そうですね」
ゼロは予想通りの答えだな、と思いながら「すみません、素人がいちいち口をはさんで」と謝る。
「謝る必要はないわ。友達が殺された。次は自分かもしれない。恐怖で焦るのは全く分からないけど、想像はできるから、多分わかるわ」
紫苑はゼロの方は向かずテレビに視線を向けたまま話を続ける。
(そこはわかるって言わないんだ)
紫苑の言葉にゼロは変な人だな、と思いつつもおかしくて、ついほおが緩んでしまう。
「でもね、人はいつか死ぬわ。ただ、遅いか早いかだけの違いよ」
「確かにそうですね」
ゼロは殺し屋として、その言葉に同意する。
「君は面白いね」
紫苑はテレビから視線を外して、ゼロを見る。
「面白いですか?」
ゼロは急にそう言われ、意味がわからず首を傾げる。
「うん。だって、普通『人はいつか死ぬわ。ただ、遅いか早いかだけの違いよ』って言われたら怒るでしょ。特に友達が殺され、自分が殺されるかもしれない状況なら。ふざけるな。デリカシーがない、とかって怒るものでしょう。でも、君は『そうだ』と肯定した。だから、面白いと思わない?」
「思いますかね?」
「私は思うわね」
「なら、面白いのでしょうね」
「ええ。とてもね」
紫苑は怪しく笑う。
「そうですか」
ゼロも笑う。
互いに笑みを浮かべたまま見つめあう。
「あの、本当に帰っていいんですか?」
刑事から今日中に連絡はこないから帰っていい、と言われたが、それだと任務を遂行できないので、なんと残ろうとするが、「家に誰かがいると集中して推理できないから帰ってくれ」と言われたら素直に従うしかない。
「うん」
風呂掃除も夜ご飯も作ってもらっている。
困ることはない。
「でも……」
帰れ、と言われてもゼロはなかなか玄関から動けなかった。
任務を遂行できない心配もあるが、サンとの電話が気がかりで傍を離れたくなかった。
やっぱり理由をつけていようとしたその時、ゼロのスマホが鳴った。
出るか迷っていると「出ないの?」と言われ仕方なくポッケからスマホを取り出した。
画面を確認すると、そこに表示された文字は「父」だった。
すぐにこの電話は別の任務をやらされるのだと気づき、「すみません。父からです。今日は失礼します。また、明日来ます」と返事を聞かずに出ていく。
紫苑は最後の言葉を聞いて「やっぱ、明日も来るのね」と何とも言えない気持ちになる。
ゼロの姿が見えなくなると、玄関を閉め、二階へと上がり、ベッドの上に座って布団を頭から被って真っ暗な世界を作る。
依頼を受けた以上は必ず事実を明らかにする。
紫苑は今わかっていることを頭の中で整理する。
目を瞑り、あらゆる可能性を考え、当時の事件を頭の中で再現していく。
だが、どれも曖昧だった。
当然だ。
情報が少なすぎる。
それなのに、事件を再現しようとしたのだ。
紫苑自身も今の段階で事実がわかるとは思っていない。
ただ、今の段階でわかることがないか確かめただけだ。
結果、情報が少なすぎて何もわからなかった。
紫苑は布団から出て、明るい世界へと戻る。
長時間座って固まった体を伸ばす。
窓の外を見るとまだ空は青く、大した時間は立ってないみたいだった。
「お腹空いたな」
頭を使ったせいで空腹だった。
今日は早く寝ればいい。そうしたら、夜ご飯を食べなくてもいい。
そう思い、下へと降りようとしたらピンポーンとチャイムが鳴った。
(ん?あのガキンチョもう戻ってきたのか?)
いや、さすがにそれはない、とその考えをすぐに否定し、池沢が来たのだろうと急いで玄関へと向かう。
(あいつのことだ。きっとスイーツを買ってきてくれているはずだ)
家に閉じこもってからは、甘いものは一切口にしなかった。
だが、久しぶりに食べられると思うと、口が甘いものを求める。
「久しぶりだな。いけざ……わ?」
勢いよく玄関を開けるがそこにいたのは「おはようございます。七海さん」と驚いた顔をしたゼロだった。
「スイーツ……」
紫苑は池沢ではなくゼロだとわかると落胆して、その場に座り込む。
ゼロはいきなり人の顔を見て落胆する紫苑を不思議に思いながら抱え、リビングへと入る。
スイーツ、ケーキ、と呟いている紫苑を無視して朝ごはんを作ろうと冷蔵庫を開けると、昨日作った夜ご飯があった。
「は?」
ゼロは冷蔵庫を閉めて、見間違いだろうともう一度確認するが、間違いなくそこにあった。
自分が帰った後は、他の者に七海を監視させていたので、家から出ていないのは知っている。
一日中家にいて、なぜご飯を食べ忘れるのだ。
作り置きしたのは紫苑が食べたいと言ったものだ。
それなのに、食べないなんて!
ゼロは生まれて初めての怒りの感情に戸惑う。
殺し屋として、感情は殺して生きてきた。
他人に何をされようが何も感じなかったが、紫苑といるときだけは感情が制御できなくなる。
「七海さん」
「なによ」
紫苑はゼロがご飯を食べていないことに怒っているのに気づいていたが、あえて気づかないふりをした。
だが、それがよくなかったのか、ゼロは笑顔でこう尋ねた。
「昨日、何してたんですか?」
笑顔なのに、なぜかゼロの背後に般若と炎が見えた。
紫苑はこれは素直に謝らなければ面倒なことになると思い、正座してから「すみません。寝てました」と謝罪する。
本当は推理して、ご飯を食べ忘れただけだが、食べなかった事実には変わりはない。
「……俺が帰った後からずっとですか?」
ゼロは冗談だろ、という目を向ける。
「なによ。文句ある?寝るのは悪いことじゃないでしょう」
紫苑は口をとがらせる。
それにしても限度があるだろう、と言おうとゼロが口を開こうとすると、ぐぅーと音がした。
何だ、今のは?と耳に意識を集中させるともう一度同じ音が聞こえた。
音のしたほうを見ると、「あー。腹減った」と、いつの間にか反省するのをやめた紫苑が冷蔵庫を開けていた。
ほんの少し目を離したすきに、紫苑は移動していた。
ゼロは冷蔵庫からご飯を取り出し、レンジで温める紫苑の姿を見たら、怒っているのが急に馬鹿らしくなってきた。
「次は許しませんからね」
笑顔で忠告してから、自分の朝ごはんを作る。
「はい。気をつけます」
紫苑は素直に返事をする。
またやったら、今度こそやばいな、と思うも、これから何度も食べるのを忘れてしまうことが度々あった。
正反対異色コンビ 知恵舞桜 @laice
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