第6話 刑事池沢
「おはようございます。七海さん」
「はやくない?」
紫苑はあくびをしながら言う。
まだ、朝の七時だ。
何度もチャイムを鳴らされたせいか、たった一回で目が覚め、慌てて玄関までいった。
「朝ご飯を作りに来ました」
ゼロは真顔で言う。
「あ、そう……どうぞ」
紫苑はいきなりゼロに真顔で家政婦みたいな発言をされ驚くが、やってくれると言うならやってもらおう、と家にいれる。
「お邪魔します」
ゼロは紫苑の家に上がると、迷うことなく台所へと向かい朝食の準備をする。
紫苑は朝食ができるまで寝ていようと二階へと上がり、ベッドへ寝転がるとすぐに夢の中へ入った。
「そこのお姉さん。食べるならパンじゃなく、ご飯の僕にしてくれ。僕は白くて、白くて、白くて……」
(白い以外言うことないのか)
紫苑は頭だけ米で首から下は人間の生物を見たあと、隣のパンの方がいい匂いがするし、触らなくても見ただけでモチモチしてそうなのを見て、足がそっちに向かう。
米星人が泣きながら何か叫んでいるが、無視してパン星人にかぶりつく。
「……まずい」
いい匂いがするのに味は最悪だ。
どうしてだ、と理解できずにいると急に視界が揺れ始める。
次の瞬間、パン星人と米星人が消えた。
えっ、と思う暇もなく世界が真っ暗になり、体が浮上していく感覚に襲われた。
「七海さん。起きてください」
紫苑に腕をかまれたまま、ゼロは声をかける。
起こしにきたのに「パン!」と抱き着かれ、そのまま腕を噛まれた。
いったいなんだ、と驚いていて噛まれたままでいると「まずい」と言われ、それはそうだろうなと思う。
無理矢理引きはがして、怪我でもさせるわけにもいかないので、噛まれたまま起こすしか方法がない。
「……私のパンは?」
ゼロはようやく解放された腕をさすりながら、起きて最初に言うことがそれかと呆れる。
「下にあります。早く起きてください。ご飯の用意ができましたよ」
紫苑の体を支えながら言う。
「パン?」
紫苑はゼロに上半身を支えられている状況なのに、それは気にならず主食がパンかご飯なのかが気になった。
「よくわかりましたね。はい。パンで……す」
最後まで言い終わらないうちに、紫苑に突き飛ばされた。
紫苑は「パーン!」と叫びながら一階に降りていく。
「……」
ゼロは本当にわけがわからず、何度も瞬きをしながら降りていく紫苑を見ることしかできなかった。
「おぉ、今日の朝ごはんもおいしそうだな。いっただきまーす!」
紫苑は席に着くと、ゼロが降りてくるのを待たずに、先に食事をはじめる。
ゼロも椅子に座ると、パンを口に運び、食事をはじめる。
食事が終わると、ゼロは後片付けをする。
後片付けが終わると、ゼロは紫苑に近づき何をしているのか見ると、ソファーに寝ころびながらスマホを操作していた。
事件のことを調べているのかと思っていると、「あー、クソ。負けた」と言って暴れるので、そのときチラッと見えたスマホ画面でゲームをしていたのを知る。
紫苑がもう一度ゲームをやろうとするので、ゼロは後ろからさらに近づき、耳元で「終わりました」と声をかける。
音もなく後ろから声をかけられたことに驚いた紫苑は「うわぁっ!!」と叫んでからソファーから落ちた。
「……大丈夫ですか?」
「これが、大丈夫そうに見える?」
紫苑は足だけソファーに乗せた状態で逆に尋ねる。
「すみません。驚かせてしまって」
ゼロはとりあえず謝っておこう、と謝罪してから手を伸ばす。
紫苑はその手を掴んで起き上がり、「次からは音を立ててから近づいて。心臓に悪いから」と注意する。
「はい」
ゼロは素直に返事をする。
普通の人間は音を立てずに近づくことはできないので、普通を演じる以上気をつけなければと行動を改めることにした。
「それでなに?どうしたの?」
「いえ、後片付けが終わったので、その報告を」
「あー、そういうことね。ありがとう」
「いえ、当然のことなので。お礼は結構です。それより……」
「事件ね」
言われなくてもわかってるわ、と紫苑は口には出さないが、顔には思いっきり出す。
そんな紫苑を見てゼロは「わかりやすい人だな」と思う。
「これだけの資料じゃ、たいしてわからないわ。とりあえず、情報集めからしないとね」
紫苑はソファーから立ち上がる。
「お手伝いします」
ゼロは紫苑の後をついていきながら言う。
「そりゃどうも。で、どこまで付いてくるき?」
紫苑はトイレの扉を開けてから言う。
「あ、すいません」
ゼロはリビングへと戻っていく。
それを確認してから紫苑はトイレに入り、スマホを取り出す。
トイレの蓋の上に座り、探偵をやめる前までお世話になっていた刑事の池沢(いけざわ)にメールを送る。
『ある事件の情報が知りたい。暇なときに返事をしてくれ』
「……送信っと」
池沢にメールを送った後に、もう一人にもメールを送る。
トイレには用はなかったが、トイレでメールをした以上、水は流さないと怪しまれるので、流してから出てリビングに戻る。
池沢から返事が来ないことには何もできないので、その間はゲームでもして時間を潰そうとしたそのとき、スマホが鳴った。
ゼロのだろう、と思い気にせずテレビの電源を入れようとリモコンを持つと「七海さん。スマホ鳴ってますよ」と言われた。
ゼロに言われて、この音が自分のスマホからなっていることに初めて気づいた。
探偵をやめて半年が経った頃には誰からも連絡がこなくなったので気づかなかった。
紫苑は、今来るのかよ!とゲームをするのを邪魔されてムッとした表情でポッケからスマホを取り出す。
誰だよ、と苛つきながら画面を確認すると、そこに表示されていた名前は「池沢」だった。
「……はえーよ」
せめて明日がよかった、と項垂れながら通話ボタンを押す。
「は……い」
電話に出て最初に言う言葉を言い終わる前に耳元で『しおーん。僕は嬉しいよ!』と大声で話しかけられ、思わず電話を切ってしまった。
すぐにスマホが鳴り、画面を確認すると相手はまた池沢だった。
(うん。そうだよね)
わかってはいたが、あの声量で耳元で叫ばれるのはたまったものではない。
紫苑はスマホを耳から遠ざけた状態で、もう一度電話に出る。
またしても紫苑が何か言う前に、池沢の大音量ボイスに攻撃をされる。
『ひどいよ!紫苑!どうしていきなり電話を切るのさ!紫苑から連絡くるまでずっと待って、ようやく今日きて嬉しかったのに!ひどいよ!』
「調べてほしい事件がある」
紫苑は池沢の言葉を全て無視して本題に入る。
『ガン無視。まぁ、紫苑らしいちゃ、らしいけど。それで、何の事件?』
シクシクとわざとらしく泣きながら尋ねる。
「青の事件」
『青の事件って、二年前のか?』
「よくわかったわね。あんた、記憶力悪いのに」
『人は成長するのです』
「そう」
目の前にいないのに、池沢がドヤ顔しているのが目に浮かぶ。
「それで、できる?」
後ろで話を聞いているだろうゼロの気配を感じながら、紫苑は尋ねる。
『もちろん。できるよ。だいたい、紫苑の頼みを僕が断ったことなんてないんだから、返事なんてわかってたでしょ』
「じゃあ、わかり次第お願いね」
用が終わると一方的に電話を切る。
「七海さん。今のは?」
声からして刑事の池沢だろう、とわかっていたが、知らないふりをして尋ねる。
紫苑の交友関係は全て把握してある。
この情報はゼロだけでなく、紫苑を潰したいと思っている者たち全員が知っている。
「知り合いの刑事に協力を頼んだの」
協力?一方的な命令に近いのでは、と思ったのは心にしまい、ゼロは「刑事?刑事とお知り合いなんですか?すごいですね!」と馬鹿なふりをする。
それを聞いた紫苑はフッと笑ってから、こう言った。
「だから、私のところに来たんでしょ」
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