第5話 依頼

ゼロは風呂から出ると、手に持った焼酎を見てため息を吐く。


いくら何でも、風呂のお湯で焼酎を温めるという規格外な方法をとる紫苑に頭が痛くなる。


行動が読めない。理解ができない。


それはこの任務にとっては致命的だ。


今回の任務はある情報を見つけること。


殺すことでない。いつもなら、問題ないことでも今回ばかりは大ありだ。


このままでは、任務が失敗に終わる。


どうにかして、情報を見つけるまでは紫苑のそばにいなければ。


頭の中で対策を考えていると、紫苑が髪を乾かさずに出てきた。


紫苑はそのまま椅子に座ろうとするので、ゼロはドライヤーを渡して乾かすように言うが「面倒くさいから嫌」と言われる。


ゼロは椅子に座った紫苑に無言で近づき、椅子ごと移動させる。


紫苑の代わりに髪を乾かす。


なんで、俺が、と思いながらもブラシを使いながら丁寧に乾かす。


十分程度で九割ほど乾いた。


これくらいでいいだろう、とドライヤーの電源を切る。


ドライヤーを直し、紫苑を移動させ、ご飯を温めなおす。


その間、紫苑は手伝うことなくお酒を飲んでいた。


「おぉ、おろしハンバーグだ」


紫苑はゼロが作った料理を見て目を輝かせる。


見た目もよく、食欲をそそる美味しそうな匂い。


食べなくても、見た目とにおいから美味しいのがわかる。


いただきます、と言ってから紫苑はおろしハンバーグを最初に食べる。


「美味しい」


久しぶりの手料理に感動して、紫苑はリスみたいに口に一杯料理を詰め込んでいった。


そんな紫苑とは対照的にゼロはとても綺麗な食べ方をする。


どこに行っても恥ずかしくないように教育されたので、これくらいゼロにとっては当たり前のことだ。


習ったとおりに食べていると、突然目の前に茶碗が現れた。


「おかわり」


紫苑は笑顔で言う。


ゼロは「おかわり」と言われ、もう食べ終わったのかと驚いた。


自分のはまだ半分以上残っている。


食べるのはやいな、と呆気にとられながら、言われたとおりにおかわりの用意をする。


紫苑はおかわりを受け取ると、また食事を再開する。




「はぁ、食った、食った。満足です」


紫苑はお腹をポンポンと叩きながら締まりのない顔をする。


「はい」


紫苑はソファに寝転がったまま手だけをゼロに伸ばす。


「?」


ゼロは何を求められているかわからず首をかしげる。


「私に渡そうとしていたものよ。はやく寄越しな」


人差し指で渡すよう催促をする。


(あ、それか)


ゼロは鞄から茶色い封筒を取り出し渡す。


それを受け取った紫苑は、中に入っていた紙を取り出し確認する。


「二年前か……」


記載された日付を見て呟く。


「これ、あんたとどういう関係?」


ゼロは紫苑にそう聞かれ、あらかじめ用意していたことを「それは……」と言おうとしたが、続けて質問され言えなかった。


「そもそもあんたの名前は?まだ聞いてなかったよね?」


「そういえば、名乗りませんでしたね。すみません」


ゼロは心にも思ってない謝罪を口にしてから名を名乗る。


「待雪草柴です」


「まつゆきそうし……ここに、漢字で名前を書いてくれる?」


紫苑は紙とペンをゼロに渡す。


それを受け取ったゼロは何故と?と思いながらも、言われた通りに書く。


「待(ま)つに、雪(ゆき)に草(くさ)。最後に紫(むらさき)。それで、待雪草柴。こういう字なのね」


「なにか?」


ゼロは平静を装いつつも、偽名だとバレたのかと焦る。


「面白い名前だと思ってね」


紫苑は書かれた名前を見た後にゼロの顔を見て笑う。


「そうですか?」


ゼロは首をかしげながら、普通だろと思う。


「うん。面白いよ。これを見るたびに笑えるよ」


ゼロが書いた紙を持ちながら言う。


「それは良かったです」


(そんなにか?探偵は普通ではないと聞いていたが、人の名前を見て笑うほど変人なのか)


ゼロは良かったと口にしながら、紫苑の思考が理解できず、昔、教官に言われた言葉を思い出し、その通りだと思った。


「それで、最初の質問の答えは?」


紫苑はいきなり真顔に戻り、鋭い目つきでゼロに問いかける。


「俺と彼らに関係はありません」


「なら、どうして、関係ない事件を私に解決してほしいの?」


「俺の友達がこの事件にかかわっているかもしれないからです」


ゼロに友達はいない。


仲間と呼べる存在もいない。


ただ、任務で一緒に行動する人たちはいるが、その人たちがいつ自分の敵になり命を狙う存在になるかもしれない。


腕は信用も信頼もできるが、心を許すことなどあり得ない。


そういう人たちを友達、仲間、とは言わない。


ゼロもそれがわかるから、彼らをそういう風に思ったことは一度もない。


生まれて初めて嘘だが「俺の友達」という言葉を使って、少しだけ普通にそういうことを言える人たちが羨ましく感じた。


「そのお友達は今どこに?」


普通はそいつがきて頼むのが筋だろ、と顔をしかめながら言う。


「殺されました」


「……ん?今なんて?」


殺された?今こいつ殺されたって言った?という顔で紫苑はゼロを見る。


「殺されました、といいました」


紫苑は自分の聞き間違いではなかったと知ると、首をガクンと後ろに倒し、「あー」と、おっさんのような低い声を出す。


しばらくそうしてから、いきなり机に肘を置き、手に顎をのせてから「……まじで?」と眉を八の字にしながら言った。


「はい。まじです」


「つまり、あんたは私に友達を殺した犯人を捕まえてほしいってことね。そして、あんたはその犯人が二年前のこの事件と同じだと思ってるのね」


「はい。そうです」


ゼロは頷く。


「根拠は?」


「彼からの手紙にそう書いてあったからです」


ゼロは手紙を紫苑に渡す。


この手紙は本来ゼロではなく、別の人に渡されたもの。


その者は、病気で死んだため送られてきた手紙を読むことはなかった。


幸いなことに名前は封にしか書かれていなかったので、手紙は偽装しなくて済んだ。


本人の筆跡なので、疑われることはない。


「読んでも」


「はい」


ゼロから許可をもらうと、封から手紙を取り出し読んでいく。



『これを読んでいる頃には、俺は死んでいるだろう。もし、あの日に戻れるのなら、俺はあんなことしなかった。二年前の青の事件の犯人は本当は違う。俺はきっとその犯人に殺される。どうか、臆病な俺を許してくれ。俺が死んでも葬式には絶対に来るな。お前も殺されるかもしれない』



「いったの?葬式?」


「いえ、行ってません」


ゼロは首を横にふるう。


「まぁ。こんな呪いみたいな手紙出されたらいけないか」


二年前、何をして殺されたのかは知らないが、よっぽどのことをしたのは間違いないだろう。


「お願いします。俺にとって彼は大切な友達だったんです。だから、なぜ、彼が殺されたのか本当のことが、真実が知りたいんです。お願いします。真実を明らかにしてください」


紫苑は手紙を見ながら、ゼロの言葉を聞いてあの日のことを思い出した。


「真実なんて知らないわよ。私が教えられるのは事実だけ。真実なんて人によって違うんだから。それでもいいなら、この依頼受けるわ」


「ありがとうございます」


ゼロは頭を下げながらお礼を言う。






プルル、プルル。


「はい」


ポッケからスマホを取り出し、電話に出る。


『依頼を受けてくれたか?』


サンが尋ねる。


「はい」


『やっぱりか。ちゃんとあの言葉を言ったよな』


「はい。言いました」


『大切な友達』『真実を知りたい』


この二つを必ず言えと言われた。


理由はわからない。


ただ、青の事件と、この二つの言葉を言えば間違いなく七海紫苑は探偵として動く。


本当にサンが言った通りになった。


『それさえ分かればいい。じゃあな』


「待ってください。聞きたいことがあります」


電話を切ろうしたが、ゼロの言葉出来るのをやめ『なんだ』と返事をする。


なぜ、彼女はこの事件と二つの言葉で探偵業を復活したのですか、と聞こうとしてやめ、こう言った。


「この事件に何かあるのですか?俺の任務に支障が出るようなことはやめてください。もし出たら、そのときはわかってますよね?」


『ああ。もちろん。わかってるさ。俺も任務でな。そのときは、そのときさ。殺し屋同士そのときは……な?』


サンはそう言うと電話を切った。


ゼロはスマホから聞こえてくるツーツー、の音で通話を切られたと知る。


「ああ。もちろん。わかってるさ」

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