第4話 探偵の世話

「それで、解決してほしい事件って?」


紫苑は諦めてゼロが持ってきた事件を解決することにした。


「あの、それより、ここで話をするんですか?」


ゼロは周囲を見渡してから言う。


「何か問題でも?」


紫苑も同じように周囲を見渡してから言う。


「いや、だって、ここゴミだらけで話しをするどころじゃ……」


あのあと、紫苑の家に上がる許可をもらいあがったが、想像以上のゴミ屋敷で気絶しそうになる。


匂いはもちろん、さっきからガサガサと音がする。


間違いなく、あの虫がいるのだろう。


これまで過酷な訓練をしてきたゼロだが、ここで話しを続けるのは嫌だった。


「どうしろと?」


紫苑は首をかしげながら言うが、ゼロが何を求めているかはわかっていたが敢えてわからないふりをした。


もしかしたら、諦めて帰ってくれるかもしれないと思ったからだ。


すぐに、そんな淡い希望は消え去るが。


「片づけましょう」


「いや」


「なら、出て行ってください」


ゼロはそう言うと、紫苑を追い出した。


「え……?」


あまりにも自然に追い出されたので、紫苑は何の抵抗もできなかった。


鍵を閉められてから自分が追い出されたことに気づいた。


紫苑は自分の家から追い出されたのに慌てることなく地面に寝転がる。


部屋を綺麗にしてくれるのならいいか、と思ったからだ。




「おぉ、すごく綺麗になったわね」


紫苑が目を覚ますと空はオレンジ色から紺色に変わろうとしていた。


最後に見た空の色は水色だった。


結構寝たな、と他人事のように思って家の中に入ると同時にゼロのお腹の音が鳴った。


「食べていいわよ」


家を綺麗にしてくれたお礼に、冷蔵庫の中にあるものを食べていいと指をさす。


「……」


ゼロは冷蔵庫の扉を開けて、中は何もないと訴える。


「……オッケー、わかった。カップ麺は?」


通販で買った大量のカップ麺があるはずだと、探すが見つからない。


「ありませんよ。全部食べたのでは?」


ゼロは呆れてため息を吐く。


ゴミ屋敷を綺麗にしているときに、ゴミを見て紫苑の食生活を知った。


たまにコンビニの弁当もあったが、ほとんどがカップ麺。


いつからこんな生活をしているのか知らないが、こんな生活をしいてれば外見が変わるのは当然だと納得する。


「……一つもなかった?」


「はい」


「あれれ~、おかしいな」


紫苑は頭をポリポリとかく。


そんな紫苑を見てゼロは、本当にこの女性が自分たちの脅威になる存在なのか、と信じられなくて、ため息を吐く。


「わかった。わかった。出前にしよう。何がいい?」


ゼロのため息が聞こえ、慌てて言うが、「いえ、スーパーで材料を買って作ります」と断られる。


「君、料理なんてできるの?」


「はい。人並ですが」


殺し屋として活動しているときは、会社から支援があるが、ないときは一人で全部しないといけない。


気づけば、一人で生活できるほどには料理も掃除もなにもかもできるようになっていた。


「そう。すごいわね」


紫苑は感心して、パチパチと小さく拍手する。


紫苑は探偵としてなら一流で、誰もが憧れるような存在だが、それ以外は全然ダメダメだ。


生活能力なんてものは一切ない。


その中でも料理が一番駄目だ。


やりたいとも思はないが、やろうとしたら「台所に入るな。頼むから」と土下座で頼み込まれるほどひどい腕前だ。


「七海さんは料理ができるまでの間、風呂に入っていてください」


臭いです、とは言わなかったが、言ってしまいたいほど酷い匂いだ。


昨日からずっといいたかったが言えず、ようやく言えて少しだけスッキリした。


「臭い?」


紫苑はもう慣れていたので何も思わなかったが、風呂に入ってください、とゼロに言われてそう思った。


最後に入った日がいつだったかな、と思い出せない時点でひどい匂いなのだろうと察し「わかった」と言って、素直に風呂に入る。


紫苑が風呂場に向かったのを見て、ゼロはスーパーへと向かう。


紫苑の家の周辺は日本に来た次の日に把握したので、迷うことなく進んでいく。


十分もかからずスーパーに着いた。


ゼロは籠をとり、とりあえず野菜を食べさそう、と決め野菜コーナーへ行き、そのあとに肉、魚へと順番に回っていく。


七海紫苑の好き嫌いは把握しているので、嫌いなものは買わないよう気をつけていると、ゼロはふと我に返った。


(自分はいったい何をしているんだ)


昨日から、紫苑に振り回されてばかりいるのに気づき、恥ずかしくなる。


いくら七海紫苑の太櫓に潜り込むためとはいえ、家政婦みたいなことを率先してやってしまっていたことに気が付きたくなかった。


自分からやり始めて以上、やめることなどできない。


ゼロは自分が今どこにいるのかも忘れて、悩み続ける。


「ねぇ。お母さん。あのお兄ちゃん。なんで、あんなに悩んでいるの」


小さい男の子がゼロを見て母親に尋ねる。


母親は息子に言われて、ん?と思いながらゼロを見る。


(うわ、すごいイケメン)


ゼロを見て、こんなかっこいい子がこの世にいるのかとしばらく見惚れていると、息子に「ねぇ、お母さん。聞いてる?」とムッとした顔で言われてしまう。


母親は「ごめん。ごめん」と謝ってから「今日の夕飯で悩んでるんじゃない」と質問に答える。


「ふーん。そうなんだ。ねぇ、今日の夕飯はなに?」


「ハンバーグよ」


「やった!僕、ハンバーグ大好き!」


息子は自分の好物が今日の夕飯と知り、大喜びをする。


嬉しさのあまり、その声は周囲にも聞こえるくらい大きかった。


少し遠くにいたゼロの耳にもしっかりと聞こえるくらい。




ハンバーグ。


どこからか、その単語が聞こえ、ゼロは今から作るのはハンバーグにしよう、と決め材料をかごに入れていく。


今は自分の行動を振り返りたくなくて、ハンバーグを作ることだけに集中することにした。


紫苑の家に戻ると、まだ彼女は風呂に入っているみたいだった。


ゼロはよかった、と安心する。


その調子でしっかり体を綺麗に洗ってくれと願う。


食事中にあの匂いに耐えながら食べる自信はないので。


「今帰りました。台所借ります」


まだ出てこなくていいですよ、という本音は隠して声をかける。


「どうぞ」


紫苑の許可を得てゼロは、料理を開始する。


まず、お米を炊く。


炊き終わるくらいに料理が完成するだろう。


お米が終わると次は野菜を切る。


その次にみそ汁を作る。


その次にメインのハンバーグを作る。


今回はおろしハンバーグにするので、大根もちゃんと買った。


掃除しているときにおろし器があることは確認済みだ。


先に大根をおろし、それが終わってからハンバーグを作った。


それと、かぼちゃの煮物ときんぴらごぼうも作った。


全部作り終わるとお米が炊けた音が鳴った。


あとは紫苑が出てくれば、ご飯が食べられるが、出てくる気配がない。


さすがに入りすぎだろう、そう思って声をかけるが返事がない。


まさか、寝ているのか、と慌てて風呂場に入ると、ゼロの目に最初に映ったのは転がっているお酒の瓶だった。


(なんで?)


ゼロが最初に思った感想はそれだった。


この家にお酒が大量にあるのは知っているが、掃除のときに絶対にわからないところに隠しておいた。


それなのに、その一部がいま風呂場に転がっている。


探偵活動はやめても、その腕は健在なのかと改めて感じた。


見た目からは昔のような恐ろしさは感じない。


ゼロは一瞬でも気を抜けば自分の正体がばれると思い、冷や汗が流れた。


殺し屋として生きてきて、生まれて初めて自分の心臓にナイフが突き刺さる感じがした。


錯覚だとわかっているのに、全力疾走したみたいに心臓がバクバクする。


深呼吸を数回繰り返し、落ち着いてから寝ている紫苑に声をかける。


「七海さん。ここで寝たら風邪ひきますよ」


「……」


紫苑は気持ちよさそうに寝ていて、起きる気配がない。


ゼロは自分で起こすのは諦めて、紫苑の耳元で音楽を大音量で流して起こすことにした。


選曲はとにかくうるさい曲にした。


流してすぐに紫苑は目を覚ましたが、驚いて頭まで水に浸かった。


「なに!?なに!?」


水から顔を出すと顔に張り付いた髪をどけながら言う。


「ご飯できました。早く上がってください」


ゼロは紫苑と目が合うとそう言って風呂場から出ていく。


状況が把握できていなかった紫苑はゼロにそう言われ「はい」と返事するが、すぐに何で風呂場にいるのだろうと思った。


とりあえず、風呂の中に入れていた焼酎を飲もうと探すがない。


「いつの間に取ったんだ?」


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