第11話

 フィンは目を覚ました。

 何かが燃える臭いが鼻につき不快感で顔を曇らせる。

 彼が上半身を起こすと、そこは気を失う前と同じ地獄が広がっていた。


 次に森で出会ったキャスニーという猫人族が、大きなキセルを持った老人と鍔迫り合いをしているのが見えた。

 直後に老人の影から現れた人影がキャスニーと激しく戦い始め、キセルの老人がこちらに近づいてくる。

(なんだ……? どういうことなんだ……)

 頭の中が真っ白で何も考えられない。


 そんな中近づいてくる大きなキセルの老人。

 

 まるで散歩のついで。日常の中の一コマ。

 異様な雰囲気にフィンは思わず身を固くした。

「ほっほっ、お主も運がないのぉ。もしも、こんなところに来なければ死ぬこともなかったろうに。恨むならあの猫人族を恨むがええ」

 ガナージーノがフィンを眺めながら呟く。


「……あんた誰だよ……」

 状況的に良くない存在だというのはわかる。


「答えても良いが面倒くさくてな。とりあえずお主は死んでおけばええ、あの男みたいにの」

「あの男……?」

「ん? ……ああ、お主は気を失っておったな。何も反応されずに殺してもそれはそれでつまらんの」

 老人がそういうと瞬きの内に足元の影から町長が目の前に現れた。

「ほれ、手向じゃ。この男の手で死ぬがいい」


 思考が追いつかない。

 町長は拳に魔力を集め振りかぶる。


 その動きがやたらとゆっくりに見えた。

 ここで死ぬ。

 訳もわからず目を閉じた時、風が吹いた。

「っ……?」

 

 何かが弾けるような音。

 おそるおそる目を開けると、そこには見慣れた色のリネンのドレス。

 そして、背中まで突き抜けた血まみれの手。


「間に合ってよかった……。アンタぁ、なに柄にもないことしてんのさ。……怖い思いさせてごめんなフィン」

 アマンダはいつもの柔和な笑みをフィンに向けると事切れた。

 ヘルマンはアマンダの胸を貫いたまま、無表情でその場に立ち尽くす。


「おほっ!! 死してなお自分の意思を取り戻したのか? それとも最初から忘れてなどいなかったのか? いやはやこんなケース初めてじゃっ!! まさかワシがワシ自身の術の効果を把握しきれておらんとはっ!!! これは研究し直す必要があるわい」


 嬉々として独り言を呟く老人。

 その前には茫然自失となった少年がいた。


(……はっ?)

 少年は鉄臭い液体で全身が濡れていることに今更ながら気づく。


「おばさん……? えっいや、なんで。何が……」


 嫌だ。


「どういう、ことだよ……?」


 嫌だ。嫌だ。


「−–町長もどうしたんだよ……。いつもと違いすぎるじゃねーか」


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


「なんだよ、なんでだよ。なんでよりによってアンタたちなんだよ……。おかしいよ、おかしいだろっ……こんな、こんなの……」


 −–ああ、そう言えば。

 夢の中で言われたな。

『優しい人が損をする世界を壊したい』

『優しい人が損をしない世界をつくりたい』

 その思いが目覚めてもなおあるのなら名前を呼べ、と。


「来い、……レーヴァテインッ!!!!」


 一拍の間の後、地面が盛り上がり、激しい光と轟音とともに爆発した。


 ガナージーノは驚いた。

 哀れな孤児。

 人の世の最底辺で生きるもの。

 それ以上でも以下でもない。

 そんな風に少年を見ていた。

 自分の研究に必要のないものだという確信もあった。


 それがどうか。

 ほんの数分前まで、そこらの有象無象より価値のなかった少年は、一振りの剣を握っていた。


 それは無骨な剣だった。

 剣身から柄まで艶のない黒一色。

 鍔やその他の装飾は一切ない。


 長さは一メイルほど。

 標準的な片手剣と変わりはない。


「おおっ! おおおっ!! 小僧っ!! お前、それをワシに渡すんじゃっ! それはお前のような者が持ってもすぎたる物じゃっ!!! はやく、はやくワシにっ!!!」


「……嫌に決まってんだろ」

 フィンは黒剣を無造作に構える。

「おおおおっ、なんじゃ!!なにか面白いモノが見れるのか?!! いいぞ!!よくワシにみせてくれぇ!!」

 黒剣を自分の手足のように振る。

 一瞬で老人の体はきれいに分かれ肉塊となった

「へっ……??」

 最後の間の抜けた声が消えるとヘルマンは溶けるように消えた。

 同様にキャスと激しい戦いを繰り広げていたユリウスも。


 キャスは肩で息をしており、体のところどころに裂傷を作っていた。

 突然の状況に驚きながら慌てて戦闘体制を解き、地面に崩れ落ちた少年のもとに駆け寄った。

「フィン!!」


 燃える町。

 重なる魔物の死体。


 こうして旅人の町エンデンは滅びたのだった。

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