第10話

 ユリウス・ロイカイネン。

 かつてビフレス島全土を舞台に多くの冒険譚を刻んだ冒険者。

 いかなる状況、環境でも必ず生きて帰るということから生還者と呼ばれた男。


 彼の冒険譚の一つに魔剣探しがある。

 その話によれば、ユリウスはとある場所から魔剣を探し出しそれを持ち帰ることに成功したのだという。

 しかし、その話を最後に彼はぱったりと足取りが追えなくなる。

 ある人は手に入れた魔剣を売って悠々自適な生活を送っていると言った。

 またある人は大陸に渡って英雄となっていると言った。

 足跡が辿れないことで余計に好奇心が刺激され、ユリウスの冒険譚は島全土で大いに親しまれていたのだが……。



「……友の無事をどれほど願っていたか。いつかまた、フラリとやってくるだろうと……そう信じていたのですが、こんな形で再会することになるとは残念です……」

 ヘルマンはキャスニーの手をどけると、重い足取りで親友の成れの果てと向かい合う。

「隊長、一つお願いが。隊長が連れてきてくれたフィンは今まで過酷な環境で育ってきました。私も町長という立場が邪魔をしてうまく接してやれませんでした。願わくば彼には普通の生活を送ってもらえるように配慮いただけるとありがたいのですが」

 剥き出しの腕に魔力が浮かび上がる。

「……キミは決めたんだね」

 ヘルマンは頷くと、両の拳を打ち鳴らした。

「はい、申し訳ありません。……団長にはよろしくとお伝えください」

 彼の両腕に浮かんだ魔力の線は蜘蛛の巣のように全身に走る。

(いくぞ、親友っ!!!)

 次の瞬間、まるでヘルマンの姿は掻き消えるようにユリウスに接近し、必殺の威力を持った拳や蹴撃を怒涛のように繰り出した。


 ユリウスは表情を変えることなく受け止め、受け流していく。

 二人の攻防は完全に互角に見えた。

 ヘルマンの一撃を受ける度にユリウスの体は削れヒビが入る。

 攻撃の余波で周囲の魔物はことごとく倒れていった。


「ほっほぉ〜ワシのとっておきに傷をつけるとはやりおるわい」

 ガナージーノはその二人の様子をまるで楽しい実験を見ているような表情で見つめていた。

(だがそろそろ終わりにしたいのぉ)

「お〜いもういいぞユリウス。……ご苦労じゃった」

 緊迫した戦場に似つかわしくない声をかけると、次の瞬間、ユリウスの体には赤黒く禍々しい魔力が纏わりついた。


「ニ……ゲ、ロ」

「なっ?!」

 ヘルマンは思わぬ言葉に目を見張る。

 その隙にユリウスは彼の腕を掴むと地面に引きずり倒した。

(しまっ……?!!)

 光の球体が二人を包む。

 眩い光の後に残ったのは、ガラス状に結晶化した赤熱の地面だけだった。


「……やはり人間というのは儚いのぉ。こうしてやればすぐに死んでしまうのだから」

 ガナージーノが心の底から憐んでいるのがわかった。

 キャスの顔からは表情が消え、目の前の老人を見つめる。

「……許さない」

 キャスが呟き、彼女の体はまるで陽炎のように消えた。


「……ほっほっ、この程度で直情的になるのはよくないと思うぞ?」

 炎が上がる町の中に甲高い音が響く。

 キャスの剣はガナージーノのキセルと交差して止まっていた。

「さすが猫人族というところかの。身体能力と少しの魔力でここまでの速さを実現するとは。……じゃが残念じゃったの。もうお前たちの種族の研究はあら方終わっておるんじゃ。もうワシには必要ないんじゃ」

 キャスは武器を鍔迫り合いをしながら、低い唸り声を上げる。

「ほれ遊び足りないじゃろ? こんな戯れはどうかの?」

 ガナージーノの影からまた人型が生まれる。

「っ??!!」

「何を驚いておる。最初に言ったであろう。ワシは死霊術師じゃと」


 現れた影は再びユリウス。

 輪廻の輪に加わることなく彷徨う亡者。


「お前ぇっ!!!」

「まぁせいぜい遊んでもらうがいい。ワシは別の用を済ますとするでな」


 キャスはユリウスから激しく動くことを強制されている。

 それはすなわち場所の移動を余儀なくされていることに他ならない。

 老人はいつも通りな様子でヘルマンの家だった場所に歩いていく。

 彼が向かう先には少年が横たわっている。


「どうせ地下じゃろう。カビ臭い場所に封印されておるなんて、可哀想で仕方ないわい」



 −−目覚めなさい。

(……?)

 −−あなたは変わりたいですか?

(……? 俺に話しかけてんのか……?)

 −−あなたは強くなりたいですか?

(幻聴……? それより俺はどうなったんだっけか……)

 −−あなたはどうなりたいのですか?

(どうなりたいって、そんなのわかんねぇよ……うるせーな。……ああ、でも、いや……)

 −–あなたはどうなりたいのですか?

(ああ、くそっ! 言えばいいんだろ、言えば。せめて、町長やおばさんにいつか恩返しができるようようにはなりてーなぁ……)


 あの人たちだけが自分を人間として見てくれた。

 忘れそうになる人の温かさを教えてくれた。


 だけど世界は意地悪だから……きっと優しい人ほど損をする。

 そんなのは嫌だ。

 ……ああ、そうか。

 そんな世界のあり方が、俺は心底嫌なんだ。


 −−あなたはどうしたいのですか?

(優しい人が損をする世界を……そんな世界を壊したい。俺みたいな存在にも良くしてくれた優しい人を、そんな人たちが損をしない世界をつくりたい)


 −–わかりました。もし目覚めてまだその気持ちを持てるなら私の名前を呼びなさい。私の名前は……。

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