第9話

 キャスの背中に張り付くようにして少しするとエンデンの町が見えてきた。

 普通に歩けば三十分の道のりをわずかな時間で走破したことを考えると、信じられない脚力だ。


 町門は崩れ轟々と激しい炎が上がっている。

 その光景だけですでにこの町が終わってしまったことがわかった。

 特に異様だったのが、町を縦断するように抉れた地面。

 その一筋の地割れの両端に魔物の死体が列をなして続いている。


 キャスニーはその穿たれた道を急ぐ。

 するとすぐに道の先にいるヘルマンの姿が見えた。

 全身を真っ赤に染め徒手空拳で構えをとっている。

 すでに魔力が尽きかけているようで、ほんの僅かな身体強化魔法でなんとか敵を捌いているような状況だった。

 キャスは全身のバネを使いさらに加速し一足飛びにヘルマンの前に降り立った。

 なんとか振り落とされまいと青息吐息だったフィンは、強烈な風圧で意識が飛ぶ。


「これは……なんとありがたい援軍でしょうか、隊長」

 キャスニーの姿を確認すると心底ホッとしたようだ。

「待たせたねヘルマン。まったくキミらしくない無理をするじゃないか。アマンダは一緒じゃないの?」

 ヘルマンは首を横に振り、ちょうどヘルマンの後方に穿たれた地割れに視線を向ける。

「そういうこと。ますます無茶したね」


「……ところで隊長が背負っているのは」

「ああっ! ごめんごめん! なんかこの町に戻りたそうにしていたからついつい連れて来ちゃった。名前は、えーっと」

「……その少年の名前はフィンと言います。例の、の忘れ形見ですよ」

「……なるほどね、だからキミはこの子をあんなところに放置したのか。あのままなら確かに命は助かっただろうけど、多分心は死んじゃってたよ?」

 気を飛ばしている少年を地面に寝かせる。

「申し訳ありません。……今日は自分の人の見る目のなさにつくづくがっかりしているところですよ」


「まぁそれがキミのいいところでもあるんだけどね。……ところで、待っててくれたのは何かのメッセージかな? あいにくと外道の心は理解できないんだよね。話せるんなら直接言ってくれる?」

 キャスニーが二振りの剣を抜く。


 数を減らしたとはいえ、まだ数多の魔物がヘルマンたちを囲んでいる。

 その中から大きなキセルで煙を燻らせながら人影が現れた。

「ふっふっ流石に気づくか。まぁワシとしても早く切り上げたいからの。話が通じるなら願ったり叶ったりじゃ」

 身長は低く、立派な白髭を携えた老人だった。

 狂気を感じる濁った目。

 そして感じる底知れぬ魔力の大きさ。


「話が通じるかどうかはわかんないけどね。アタシとしてはアンタみたいな奴とはお近づきにはなりたくないね」

「ほっそれは残念。まぁいいわい。こちらが一方的に聞くだけじゃからの。……天下四剣が一つレーヴァテイン。……どこに隠した?」

 空気が張り詰めた。


「さて? 一体何を言っているのかさっぱりですね」

 ヘルマンはさも当然のことのよう答える。

「ふむ。やはり素直にはいかんか」

「素直も何も本当のことですから。今回はどうやら徒労に終わらせたみたいで申し訳ありませんね」

「ほっほっほっ! 確かにどうやらワシの徒労だったか!! ……その話が本当ならばじゃがの」

 白髭の男は大きなキセルを地面に突き刺した。

「……そういえば自己紹介がまだだったの。ワシは死霊術師ガナージーノ。特技は死者を従属させること。……例えばこんな風にのぉ」

 その男から目に見えるほどの魔力が立ち上がり影に吸い込まれる。

 するとまるで水面から浮き上がるように一人の人型が現れた。

 キャスニーはその光景をみると目を見張った。

(なんて醜悪な……!!)


「貴様ぁっ!!!」

 どんな状況においても取り乱すことのなかったヘルマンが初めて怒りを露わにする。

「懐かしいじゃろう?」

 ガナージーノは嫌らしく口角を釣り上げた。

「紹介は不要か? こいつはユリウス・ロンカイネンと言ってな。かつて生還者の異名を持っていた冒険者じゃよ」

 ヘルマンは自分の魔力が少ないことも忘れてガナージーノに飛びかかった。

 しかし、それはユリウスという死者によって阻まれる。


「ワシの魔法は死者であれば完全に支配下におく。……死んでさえいればどんな隠し事もワシには無意味なんじゃ」

 ガナージーノが顎をしゃくると、ユリウスはヘルマンを弾き飛ばした。

「ヘルマンッ!!」

 キャスニーは吹き飛ばされたヘルマンを庇うように受け止める。


「どうじゃ? 力は生前のままじゃろう。こやつは色々教えてくれたぞ? ある町を旅立つ前に当時の仲間に剣を預け、自身は偽物を持って旅立ったこと。剣を預けた仲間の名前は……ヘルマンと言ったな」

 キャスニーに抱えられたヘルマンは憎々しげに老人を見た。

 ユリウスはヘルマンの記憶の中にいる彼とまったく変わりがなかった。

 ただ一つ大きな違いは、まるで底なしの沼のような腐った目。

 あの頃の好奇心旺盛で人懐っこかった瞳は、すでに記憶の彼方のものとなっていた。

「どの道死んでしまえば隠し事なんて無駄、というわけじゃ! どうする?」

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