第8話

 ダニエルは我が目を疑っていた。

 目の前にいるのはコイツらは誰だ……??


 顔と名前は一致するが、彼・彼女の行動がその疑念を抱かずにいられない。


 町が襲われ始めてから、ダニエルは幸か不幸か生き残っていた。

 気づいた時には元町長の家の前にやってきており、他にも続々と同じような人が集まりつつあった。

 その様子を見たアマンダは、集まってきた人々を家の中に匿い、壁に掛けてあった護身用の木の棒を握ると外に飛び出した。

 何をするのかと匿われた全員が驚いたのも束の間、彼女は魔物たちを蹂躙し始めた。

 握っているのはただの木の棒のように見えるのだが、折れない。砕けない。

 次々と魔物たちを撲殺していく様は圧倒的だった。

 だが、数の暴力には逆らえず細かい傷がみるみる増えていく。


 家の中の人々は窓越しに悲鳴をあげていたが、それだけではすまなかった。

 魔物の攻撃によって家に火がつき、煙が屋内に充満する。

 とうとう耐えきれなくなって人々は外に飛び出した。

 そうした絶望的な状況の中でその男は現れた。

 アマンダと言葉を交わすと、その身一つで魔物たちの前に躍り出る。


「なんなんだよ、あいつらは……」

 ダニエルが呟いた言葉は、震える人々の気持ちを代弁したものだった。


 前町長ヘルマン。

 その妻アマンダ。

 五十は超えているであろう二人は、およそ常人とはかけ離れた動きで魔物たちを倒していく。



「はっはぁー! なぁおい気もちいいなぁーっ!!!」

 邪悪な笑顔で得物を振り回す。

「その性格は直っていませんでしたか……」

「五十を過ぎた女に何を期待しているのさっ! この村に来てからの年月は窮屈でしょうがなかったわ!!」

 そう言いながら二人はかれこれ三十分は暴れ回っている。

 心なしか魔物たちの数も減ってきたようだ。


 しかしその代償は大きい。

 アマンダのエプロンの染みはすでに布では吸収できないくらいになっており、得物を振るうたびに赤い花が飛び散った。

 ヘルマンは魔力が乏しくなってきたのか、攻撃の時以外は必要最小限の身体強化魔法で動いているような状況で、被弾するたびにどこかから嫌な音がしていた。


「アマンダ、あとどれくらいいけますか?」

「ふん、詳しくはわからんね。まぁでも随分体が軽くなったから、十五分がいいところじゃないかね」

「そうですか、実は私もあともう少しで魔力切れです。……多分十五分くらいでしょうね」

「そうかい、そりゃご苦労なこった」

「ええ、本当に。そこで提案なんですが、彼らを脱出させませんか?」

「……方法は?」

「私がここに残ります。あなたが彼らを町の外へ。そして逃した後は殿を」

「……お互いに貧乏くじ引いちまったね。その提案のった!!」


 ヘルマンの拳が大地を砕き、直線上にいた魔物を吹き飛ばした。


「いってください!!」

「あいよ! じゃあなヘルマン!! 今まで楽しかったよ!!」


 アマンダは怯える人々の前に駆け一喝。

「行くよっ! あんたら!! ついてこれないと死ぬからね!!」


 彼女はそういうと割れた魔物の壁に突っ込んでいく。

 事態が読めぬ人々は慌てて我先にとその後ろを追った。

 本能で動かなければ死ぬと感じたのだろう。

 ただ一人ダニエルだけは、魔物たちの前に立つ男を見ていた。

 彼は深く頭を下げた後、人々の後を追った。


(意外に素直な男でしたか……。やはり私に人を見る目はありませんね)

 ヘルマンは拳打ち鳴らすと目の前のことに集中することにした。



 水汲み場に残されたフィンはどうしようかと決めかねていた。

 心では戻りたい。本能では戻りたくない。

 相反する二つの狭間で身動きが取れなくなっていた。


「おっ! 人はっけーん!!」

 頭の中が真っ白になっていたフィンはそれが自分に向けられら言葉だと分からなかった。

「……あっ??」

「キミだよキミぃ。こんなところでどうしたのさ? 迷子?」

 声がした方を振り向くと長身の女性が立っていた。

 健康的な小麦色の肌。腰には鞘に納めた剣が二振りぶら下がっている。

「獣人……?」

 それよりも彼を驚かせたのは頭の上の耳と足の間からのぞく尻尾のようなもの。

 ちなみにここ魔法国家ベルはエルフが治める国であり、獣人が治める東の国とは折り合いが悪い。

「やっぱり獣人は珍しい?? まぁいいじゃないか、そんな珍しさなんてすぐに慣れるよ! ところで迷子じゃないならちょっと道を教えてくれないかね?」

 なぜだか少し自慢げなのだがそれが不思議と不快ではない。

「エンデンって町がどこにあるか知ってる?』

「……知ってたらどうすんだよ? 今はヤバいから近づくと危ねーぞ」

「ああ! キミもしかしてエンデンの人? これはラッキ〜〜! 大丈夫。危なくないよ」

「−−どういうことだよ?」

「だってその危ないことを失くすためにアタシが来たんだから」


 知っているなら話が早い、と彼女は有無を言わさずフィンを背負いそのまま林を駆け出した。

「舌噛んじゃうから方向を指すだけでいーよ。ちなみにアタシはキャスニー、親しみを込めてキャスって呼んでちょーだい」

「いきなりそんなの無理に決まってんだろ! っていうか……なんで俺を連れていくんだよ??!」

「えっだってキミ、本当は町に行きたいんだよね? あんなに後悔一直線な顔を見たら何もせずに退散はちょっとできないかな〜」

「……なんのことだよ」

「キミは素直じゃないな〜」

「……ちっ!」 

 フィンは押し黙ると、町の方向を黙って町の方向を指差した。

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