34、終章2

 (side:enemy)

 彼の目の前には、自然しぜん公園こうえん草原そうげんエリアで楽しく昼食を取っている織神おりがみ晴斗はると御門みかどしおりの姿があった。2人は、とても楽しそうにわらっている。とても楽しそうに笑う2人を彼はじっと、食い入るように見詰みつめている。

 彼は、口元に皮肉ひにくを込めたみを浮かべた。まるで、冷笑れいしょうするように。全てを冷笑する地獄のそこ悪魔あくまのように。彼は皮肉げに笑みを浮かべた。

「で、だ。2人がとてもしあわせそうな笑顔でごしている。それはとても素晴らしいことなのだろうね。ああ、俺も実にうれししいよ……ちなみに、あの笑顔が絶望ぜつぼうに染まる瞬間についてはどうおもう?組長殿に警視総監殿?」

なにが、言いたい?」

 彼の背後はいごには、拳銃を構えた警察官2人をしたがえた男の姿が。霧崎きりさき京一郎きょういちろう。警察庁警視総監その人だった。そして、そのそばには筋骨逞しいスーツ姿の大男が。桜木会会長の桜木さくらぎかいその人だった。

 桜木魁と、霧崎京一郎。2人の大人物が、警察官2人と共に彼をにらんでいる。

 つまり、彼は警察官とヤクザが手をまねばならないほどの人物ということになるだろう。たして、彼はいったいなにをしたのだろうか?いや、何をやらかした人物ということになるのだろうか?

 答えは至極しごく簡単かんたん。何でもだ。

 彼は、なんでもした。強盗に恐喝きょうかつ、殺人に違法薬物の売買、人体実験。そして織神晴斗の家族を殺害した強盗殺人事件もその一つにたるだろう。他にも、数え上げれば数知れない罪状ざいじょうが彼にはあった。ほかにも、彼の犠牲ぎせいになった人たちは数知かずしれないだろう。それだけのことを、彼はやらかしたのだ。

 まさしく、犯罪界はんざいかいにおけるオーソリティ。人は彼のことを、地獄じごくそのものを煮詰につめたような男とたとえるほどだった。

 なかでも、織神晴斗の家族かぞくを殺害した事件。それは霧崎警視総監と桜木組長にとって到底許しがたい大事件だいじけんだった。すなわち、あの事件こそが2人を本気ほんきにさせた事件であったことは間違まちがいがないだろう。

 彼の名は、御門みかど輪廻りんね。現代をきる魔術師まじゅつしにして、犯罪結社『黄金おうごん』をべるリーダーであった。

「別に?他意たいは無い。あの2人は今、とてもしあわせなのだろうね。だが、同時に2人は地獄じごくの入り口にったばかりだ。あの2人にとって、もはや死んだほうが幸せではないかと言えるような、ふかい深い地獄のそこに繋がる穴。その口の前に、あの2人は自らの意思いしで立ったんだよ」

「……何を今更。お前がその地獄じごくなんだろうが、お前がき落としたんだ」

「そうだな、其処そこ否定ひていしない。否定はな」

「だから、何がいたいんだよ」

「もう、俺がどうこうするレベルのはなしではないということさ。あの2人はもう地獄の入り口に立ってしまった。もう、あの2人は大きな地獄という運命うんめいに自ら歩をすすめてしまったんだよ。後はもう、ちていくだけだ。俺でももう、どうにもできない大きな運命のにあの2人は、落ちていくだけだ」

 そう言いながら、輪廻はくつくつと皮肉ひにくげに笑う。その笑みは、とても冷たいもので心の底からこごえさせるような気配けはいがあった。

 悪魔あくま。彼のことをそうぶものが居た。事実、今の彼はまさしく地獄の底から全てを冷笑れいしょうする悪魔のようなうすらさむい気配を漂わせていた。地獄の底で、すべてを冷笑する悪魔のおう。彼はまさしくソレだろう。

 そのうすら寒い気配けはいに、拳銃を突き付けているはずの警察官2人がや汗をかいて表情をゆがめる。どうやら、らず知らずのうちに輪廻の気配に呑まれて恐怖心をおぼえていたらしい。

 今、輪廻を前に冷静れいせいに立っていられるのは、歴戦れきせん猛者もさである霧崎警視総監と桜木会長だけだった。

 その事実が、今事態を悪化あっかさせることにつながる。

「あ、あああああああああ!うあああああああああああああっ‼」

 警察官2人が、狂乱きょうらんに駆られて輪廻に発砲はっぽうした。無許可での発砲、それも相手が犯罪者とはいえ生身の人間相手に恐慌きょうこうに駆られての発砲。明らかに違反いはん行為こういだ。

 周囲に、発砲音がひびく。幸いなことに、この周辺しゅうへんは誰も居ない。それ故に誰もこのことに気付いてはいない。本当に、さいわいなことだった。

 だが、それでも警察官2人が違反行為をしたことの釈明しゃくめいにはならない。

 思わず目をく霧崎警視総監と桜木会長。だが、警察官2人はかまわず輪廻に向かって発砲を続ける。発砲しなければ、彼を排除はいじょしなければ、自分たちが殺されるとでも言わんばかりに。

 拳銃弾をち尽くした後も、警察官2人はくるったように叫びながらトリガーを引き続ける。まるで、狂ったように。実際に、狂ってしまって。

 だが、異常いじょうなのは其処そこではない。其処は決して問題もんだいにすべきではない。拳銃の乱射を受けて、それでも輪廻はわらっていた。うすら寒い笑みを浮かべたまま、傷一つなく平然へいぜんと立っていた。衣服に傷一つ無い。

 乱射した拳銃弾は、まるで空間くうかんそのものにみ込まれるように。輪廻の手前で空間のゆがみに呑まれてえてしまった。その光景は、まさしく異常そのもので。思わず警視総監と組長も2人揃って目をいた。

 おかしい。なんだこれは?常軌じょうきいっしている。そんな感想が、思わず脳裏を過っていくが。今はそれどころでは断じていだろう。

「じゃあな、たのしかったよ。俺もいろいろといそがしい身でね、流石にもう此処に長居しているひまは無いんだ」

「ま、て!」

「じゃあな、本音ほんねでは娘や彼とはなしたかったのだがね。本当に、実に残念極まりないことだよ」

 その瞬間、輪廻のとなり白髪はくはつの美しい女性じょせいが現れた。その顔は、まるで御門栞を思わせるような面影おもかげがあって。彼女が薄く笑った瞬間、輪廻と彼女は共に霧散むさんしてえ去ってしまった。

 いや、その姿すがたをこの場に居る全員が、全く認識にんしきできなくなったと言ったほうが正しいのだろうか?ともかく、全員がこのに居ながら御門輪廻を認識にんしきできなくなって見失ってしまったのである。

 ありえない。ありえないが、それでもこの事態じたいは何も、彼らにとってはじめての事態ではなかった。

 事実、御門輪廻はこの方法で何時いつも警察官やヤクザたちからげていた。流石に霧崎軽視総監や桜木会長からしたら、苦々にがにがしいの一言だろう。

 事実、2人は苦々にがにがしい表情をかべていた。

「ちくしょう、またしてもか‼」

「ああ、どうやらこのままでは俺たちも、何時いつまでとうと奴にしてやられたまま何も出来できないだろうよ。このままではな」

「じゃあ、どうする?このまま奴を放置ほうちしておけば、どれほどの被害ひがいが出るかわからねえぞ?また、晴斗はるくんのような被害者ひがいしゃが」

かってるさ。ああ、分かっちゃいるともよ」

 言いながら、桜木会長はこぶしを強くにぎりしめる。その拳は、握りしめた圧力で血がにじんでいた。どうやら、桜木会長としてもかなりくやしいのだろう。

 事実じじつ、桜木会長は悔しさにみしめた唇からを流していた。其処まで露骨ろこつに悔しそうにする。彼の姿におもわず。

 彼の心情をさっした霧崎警視総監は思わず、ぐっとだまり込んだ。

「俺だってよう、かなり悔しいんだぜ?晴斗はるがあの日味わった絶望ぜつぼうを、もう二度と味わわせたくなんていからよ」

「じゃあ……」

「だが、そのためには準備じゅんびる。まずは、俺たちも奴を追い込むための準備を整える必要ひつようがあるだろうよ」

「……………………」

「ガキには、無用な重荷おもに背負せおわせないのが大人である俺たちの役目やくめだろ?」

「……ああ、そうだな。たしかにそうだ。……だが、」

「ああ、言いたいことはかっちゃいるさ」

 そう言って、霧崎警視総監と桜木会長の2人は未だに狂乱きょうらんからめ切れていない警察官2人の肩をぽんと叩いて正気しょうきもどしながら。周囲を見回みまわす。

 其処は、街中にある廃墟はいきょビルの一室。織神晴斗と御門栞のた小高い山から2キロも離れた場所ばしょにあった。

 その光景こうけいを見ながら、霧崎警視総監と桜木会長はひたいや汗をかく。

「一体、どうやって晴斗はるくんを監視かんししていたんだ?奴は」

 まだまだ、地獄じごくつづいている。地獄は口をひらいたばかりだった。

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旧き神秘と新たな神話【ニューエイジ】 kuro @kuro091196

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