29、更新される約束2

 僕のスマホのコール音がり響いた。ポケットからスマホを取り出すが、画面に表示された番号ばんごうに正直心当たりはかった。

 悪戯いたずら電話でんわかとも思ったけど、電話番号がはっきりと表示されている。流石にその線は薄いか。それに、この電話にないといけないような気がしてならない。そう思い僕は電話に出る事にした。もし、悪戯電話の類なら警察けいさつ連絡れんらくをすれば良いだけの話だしな。

 僕の隣で、栞が心配しんぱいそうな目で見ている。大丈夫だいじょうぶだと、栞の不安ふあんを和らげるためにそっと頭をでた。それでも、栞は不安そうな目を止めない。一体、どうしたというのだろうか?からないけど。

 とりあえず、僕は電話に出る。

「はい、もしもし」

「君が、織神おりがみ晴斗はるとくんかな?」

 その声に、き覚えは全くかった。しかし、声に聞き覚えが無いはずなのに何故か背筋せすじがぞわぞわする。や汗が止まらないのは何故だろう。

 別に、電話の相手が妙に冷たい声をしているわけではない。ましてやあやしい声をしているわけでもない。にもかかわらず、何故かその声から意識をはずすことがどうしても出来ないでいる。無意識むいしきで、その声から意識をはなせない。

 そのこえに、聞き覚えは全く無い。全くらない人の声だ。にも拘わらず、僕はその声に耳をかたむけてしまっている。その声から、決して意識をはずすなと全力で僕の中の全てが警鐘けいしょうを鳴らす。

 違う。もう、かっているはずだ。

 こいつだ。こいつに、間違まちがいない。そう、無意識下ではっきりと理解出来た。

「……貴方は、だれですか?どうして、僕の電話番号を?」

「失礼した。別に君を挑発ちょうはつしようとか、悪意あくいを持って何かをしようという気はさらさら無い。だから、君もそう緊張きんちょうしないで欲しい。ああ、俺の名前かな?俺の名前は君もってのとおり御門みかど輪廻りんねという、栞の父親であり君の家族のかたき……ということになるのかな」

「…………貴方が」

 自然と、僕の声に殺意さついが宿る。殺気さっきおさえる事が出来ずに、周囲に無意識にでも発散させてしまっている。そのせいか、どうなのか。公園の近くを通った一人のおじさんが体をふるわせた。

 こいつが、僕の父さんを。母さんを。兄さんを。

 家族かぞくを殺した仇か……

 自然と、殺意がにじみ出てくるのをおさえられない。どうやら、思った以上にあの日のことを引きっていたらしい。もう、り越えたものとばかり思っていた。

 乗り越えられたものとばかり、思っていたけど。

 どうにも、そう簡単かんたんには立ち直れない類のものらしい。ある意味、仕方がないのかもしれないけれど。

 それでも、

「そんなあからさまな殺意をかくせよ。せっかくのい顔が台無しだぞ?」

「……その言葉ことば、まさかどこかで見ているんじゃ?」

「ノーコメントだ。別に、無駄話むだばなしをするために電話を掛けたんじゃない。俺だっていろいろといそがしい身の上なのでな、君ともあんまり長々ながながと話しているような余裕はさすがに無いのさ」

「どの口が、そんなことを」

「だから、そのあからさまな殺意をかくせよ。俺だって無駄話むだばなしをしているひまはないと言ったはずだぞ?」

「……………………」

 思わずだまり込む。いろいろと、言いたいことはあった。文句もんくだって、星の数ほどあったはずだ。しかし、それでもっている場合ではないこともたしかだ。

 だから、僕はこの際文句とか諸々もろもろを黙って話をくことにした。本当に、言いたいことは星の数ほどあったはずだけど。

「いろいろと過程かていはぶいて話すのを承知しょうちしてもらうが。お前の家族を殺した犯人は確かに俺に間違いはない。そこはみとめよう」

「……どうして、僕の家族かぞくは殺されたんだ?すくなくとも、僕の家族に殺されるような理由なんてかったはずだ。それとも、父さんや母さんが言っていた神様とやらと何か関係かんけいがあるのか?」

 ぞくりっ!

 電話の向こうで、何かがわったような気配けはいがした。ような気がした。

 しかし、その気配の正体を僕が理解りかいする前にそれは霧散むさんした。電話の向こうで深く呼吸を整えるような音がこえる。

「どうやら、アイツらもそこまでは把握はあくしていたらしいな。一体どこまで把握してどこまで保険ほけんけていたものやら。まあ、そのおかげで俺はいろいろとやりやすかったのも事実じじつだしな」

「……何を、」

 言っている?そう、言葉を発する前に輪廻りんねは続きをはなし始めた。

「まあ、別に良い。確かに俺の行動の背後にはいつもやつの影があった。今の俺が奴の操り人形なのはみとめよう。あの夜、お前の家族が皆殺みなごろしになったのも。端的に言ってみれば奴が俺にめいじたのが原因げんいんだ。だが、お前だけが生き残ったのは違う。他でもない俺自身の意思いしだ」

「……何だって?」

「あいつは、神はお前をおそれているのさ。だから、俺にめいじてお前を家族もろとも殺すよう命じたんだ。だから、俺はお前だけはかした」

「……………………」

 …………

 僕のむねの中で、言いしれないなにかがふつふつとき上がってくる。それが何なのか分からないまま、輪廻りんねの言葉をき続ける。

「お前はやつを殺すための、言わばり札なのさ。だから、その切り札を隠すためにあの夜、俺は神に偽装ぎそうはかるために家族を殺してお前だけを生かした。お前を、家族もろとも殺したふうに仕向けたんだ」

「……ける、な」

「?」

「ふざけるなっ‼」

 気付けば、僕は電話に向かって怒鳴どなり声を上げていた。感情かんじょうを抑える事が出来ずに声をあらげてしまう。

 やはり、僕はあのよるのことをまだ乗り越えられていなかったらしい。

 分かってはいた。分かってはいたけど、それでも僕は。僕は。

「ふざけるな、何が神殺かみごろしの切り札だ!何が偽装ぎそうだ!僕の家族は、僕は、」

「お前の気持きもちも理解出来る。別に、お前に殺されても一向にかまわない。だがそれでも今は落ち着いてけよ」

 その言葉と共に、僕の精神せいしんは不自然にしずまっていった。何か、超常的なものにでも干渉かんしょうを受けているかのように。そんな不自然なしずまり方だった。

 そんな、僕の困惑こんわくとは裏腹うらはらに。輪廻は比較的淡々とした声音で、まだ話は終わっていないとばかりに続ける。

「そうだな。お前にはまだはなしておきたいことがいろいろある。しかし、さっきも話した通り俺だっていそしい身の上だ。だからこそ、最後さいごにこれだけは話しておこうと思っている」

「……一体、何を?」

 精神せいしんが、無理やり沈静化ちんせいかさせられたからだろうか?妙にねむい。

 意識がぼやけて、かすんでくる。そんな中で、御門みかど輪廻りんねの言葉だけがはっきりと僕の頭にひびいてくる。

 ひびいて、脳内のうないきざみ込まれる。記憶に、刻まれる。

「お前の魔力まりょくの本質とは、あおい太陽だ。深い、深い、底なしの奈落ならくに座している青い太陽こそが、お前の魔力まりょくの本質だ」

「底なしの、奈落ならくあおい、太陽?何を……」

「お前自身が、何をのぞんでいようと。お前自身がどこへかおうと、お前は必ず神殺しを成しげるだろう。お前がお前であるかぎり、お前の向かう先は必ず神殺しという結末に収束しゅうそくする。それこそが、お前に刻まれた原初の運命うんめいだ」

「何を、言って……」

「じゃあな、織神おりがみ晴斗はると。願わくば、お前の行きつく先が俺たちの希望であることを深くねがっているよ」

 そこまでだった。僕が、意識をたもっていられたのは。

 気付けば、僕はスマホを手に持ったまま地面にたおれて、そのまま暗闇に意識を呑まれてしまっていた。

 底なしの奈落。そこに座す、青い太陽。僕の魔力の本質。一体、御門みかど輪廻りんねの言っている言葉の意味いみは何だったのだろうか?

 今は、何も分からない。分からないけど、それでも。

 それでも、僕はきっと。もう、後戻あともどりは出来できないのだろう。

 もう、後戻りの出来ない場所ばしょにまでてしまったのだろう。僕自身の意思ではない誰かの意思により。僕は、僕の人生じんせいは……

 これから先の僕のせいは。きっと……

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