28、更新される約束1

 そうだ、僕と栞はあの日言葉をわした。そして、栞はその日以来、きっと僕に罪を償うためだけにきてきたのだろう。実の父親ちちおやに手を掛けてまで。実際、父親は生きていたけど。

 きっと、その日栞がかえった後に父親との間で何かあったのだろう。実際に何があったのかまでは、僕のるところではないけど。それでも、何かがあったのだけは間違いがないだろう。そう、思っている。

 事実、あの日栞は自分の父親を殺したと認識にんしきし。そして、実際のところ父親は生きていた。そのい違いがある以上、なにかがあったのは間違いない。

 目の前で、栞はふかくうなだれている。まだ、ショックから完全にけ出しきれていないようで。彼女の受けた衝撃しょうげきは、思った以上に深そうだ。

 僕は、そっといきを深くき出した。

「栞」

「……………………」

「思い出したよ。僕と栞が、あの日交わした言葉ことばを。あの日、僕と栞が何を話したのかを……」

「う、ん……」

 あの日、僕と栞は深くすれちがった。すれ違いをんだまま、僕と栞は別れる事になったんだろう。

 お互いに、おもいはつうじ合っていたはずなのに。想いの根底こんていこそ、本当は同じだったはずなのに。なのに、僕と栞はすれちがってしまっていたのだろう。

 本当は、ほんの些細ささいなすれ違いのはずだった。なのに、僕たちはこれほどまでに間違えてしまった。致命的ちめいてきなまでに、間違まちがえてしまった。

 だから、今度こそ。僕たちはその関係かんけいをやりなおさなければならないんだ。

 一から、関係かんけい構築こうちくしなおそう。きっと、僕たちなら出来るはずだ。

「あの日、栞は僕に対してつみを償うためだけにきようと思ったんだね。そのためだけに生きる覚悟かくごを決めたんだね」

「うん、以後いごの私の人生じんせいはそのためだけにあったんだ。私は、そのためだけにきていたんだよ」

「そうか。じゃあ、今度は僕と一つだけ約束やくそくを交わそうか」

「……約束やくそく?」

 こんな状況下で、約束?そんな表情ひょうじょうをする栞に、僕は満面のみを浮かべたままで頷いた。きっと、今の栞には僕の笑みの意味いみを分かっていないだろうけど。

 それでも、僕は栞に満面の笑みを向けて約束やくそくを言った。

「うん、約束。僕と栞のあいだで交わす、たった一つの約束だよ」

「……何、それは?」

 栞の、今までのおもいをないがしろにするわけではない。栞の、今までの努力を否定するわけでは断じてない。

 そのおもいを、しっかりとんだ上で僕は一つの約束やくそくを君と交わそう。僕と君の間で交わすたった一つの約束を。

「栞は、僕に対して罪悪感ざいあくかんをずっとかんじていた。ずっとずっと、僕への罪悪感のみを原動力げんどうりょくにしてきてきた」

「……う、ん」

「だったら、今度はつみを償うために僕のそばにずっとい続けて欲しい。罪を償うためにぬのではなく、罪を償うためだけにきて欲しい。それが、僕が栞に対して提示ていじする約束だよ」

「…………………………」

 まだ、納得出来ないような表情をしていた。当然とうぜんだ、今まで死ぬことだけが栞自身の罪を償う唯一ゆいいつ手段しゅだんだと。唯一、それだけが罪を償うための方法だとそうおもっていただろうから。

 だから、それを安易あんいに否定するのではなく。ほんのすこしだけ、本当に少しだけだからえてやる。

 無理むりに栞の想いを否定ひていするのではない。ないがしろには絶対にしない。僕は栞の想いを決して否定しない。ほんの少しだけ、軌道きどうを変えてやるだけだ。

 それだけで、きっと栞は罪悪感ざいあくかんからすくわれる。そう、僕は信じている。

つみを償うために死をえらぶのは、僕からすればげでしかないと思っている。だから栞には、罪を償うために死ぬのではない。罪を償うために、生きて欲しい。罪を償うためだけでも、生きていて欲しいとおもっている」

「それが、本当ほんとうに罪を償うことにつながるの?晴斗はるくんに対して、本当に罪を償ったと言えるの?」

「ああ、言えるさ。なにより、僕自身がそうしんじているよ。何より、僕自身がそう言っているんだ。信じてくれよ」

「……………………」

 栞は、だまり込んだまま。俯いてかんがえ込んだ。

 やはり、駄目だめか?栞にとっては、死ぬことだけが唯一ゆいいつ絶対ぜったいの手段でしかないのだろうか?

 僕と栞は、永遠えいえんに分かり合えないのだろうか?不安ふあんは消えてくれない。

 でも、それでも僕は栞を真っ直ぐと見詰みつめる。本当ほんとうは栞ともう分かり合えないのではないか?不安ふあんが消えない。ただ、つのっていくばかり。

 さて、どうするべきか?

 そう、思っていると……

 ・・・ ・・・ ・・・

晴斗はるくんは、やさしいね……」

 そう言って、栞はひとみから一滴の涙をこぼした。一度零れ出すと次から次へとあふれ出てくるのか、栞の目から次々と涙がこぼれ落ちる。

 止めどなく流れ落ちる涙を、栞は必死に手でぬぐう。しかし、それでも涙は止まらないらしく次から次へと流れ落ちてゆく。

 そんな栞を、僕はそっとき締めた。抱き締め、栞の頭を優しくでる。

 迷惑めいわくだろうかとは思うものの、それでもいている栞をそのまま放っておくことは僕には出来なかった。

「あんまり、僕をめないでくれ。僕が、どれだけ栞のことが大好だいすきなのか。どれだけ栞のことをあいしているのか。っているだろ?」

らないよ。私は、此処ここまで深く愛されていたなんて知らなかったから。此処まで晴斗はるくんの想いが深かったなんて、らなかったから」

「そうか……。でも、栞が僕のことをおもってくれていてうれしかった。心から僕のことを想ってくれていて、本当にうれしかったよ。僕はそう思う」

「う、ああ……。あああ……」

 栞は、止めどなく涙を流す。涙を流して、僕の胸元にすがりついた。

 誰だって失敗しっぱいくらいする。間違まちがえることなんて、誰にだってある。必要なのはそれを認め、け入れて次に生かそうと努力どりょくすること。

 僕たちは、まだわかすぎた。若すぎるくせして、き急いでいたのだろう。少しばかり僕たちはあせりすぎていたのかもしれない。

 まだまだ時間じかんはたくさんある。だから、頑張がんばろう。きっと、僕たちならいくらでも頑張れるはずだから。僕たちなら、きっと何処どこまでも行けるだろう。そう僕自身は信じているから。

 だから……

頑張がんばろう。きっと、僕たちならいくらでも取り返していける」

 きっと、僕たちなら幾らでもやっていけるはずだから。頑張っていこう。

 頑張ることが、今の僕たちに出来る最善さいぜんだと。僕は愚直ぐちょくに信じている。僕はそう願っているから。

 だから、僕はそのために全力で手をばしていく。

 …………

 ……そして、しばらくして。ようやくんだ栞。

 泣き止んだのはいものの、どうやら今度こんどはさんざん泣きじゃくったことが恥ずかしくなったのだろう。まるでれたトマトのように顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。

 うん、れて恥ずかしがっている栞も大変可愛い。可愛いんだけど、たして僕はどうすれば良いだろうか?

 えっと、

「……あの、栞?」

「っ⁉」

「えっと、あの。ごめんなさい」

「なんで、あやまるの……?」

「えっと、何でだろう?」

「……………………」

 どうしよう。今度はあきれてしまっている気がする。栞が、横目よこめでちらりとジト目を向けてきている。

 栞の視線が、とてもいたい。

 うん、とても居心地がわるい。妙な沈黙ちんもくが、場を流れる。とても嫌な沈黙だ。

 そうは思うものの、やはり僕自身どうすれば良いのか分からない。果たしてこの場合はどうするのが正解せいかいなのだろうか?

 栞は、深々とため息を吐いた後に苦笑をらした。

「もう、晴斗はるくんは時々かっこいいのかわるいのか分からないよね」

「そ、そうか?」

「そうだよ。でも、そんな晴斗はるくんのことが大好だいすきだよ」

 そう言って、栞はにっこりと笑った。僕も、思わず満面の笑みがこぼれた。

 うん、やはり栞は笑っている方が断然可愛い。

 そうおもっていた。その時だった……

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