そして、次の日。僕はある場所（ばしょ）に電話（でんわ）をした。電話をした相手はかなり僕のことを心配していたようだけど、頼（たの）みたいことがあると言ったら快く会う約束を取り付けてくれた。

　そして、何とかその相手の居る場所まで歩（ある）いていく。そこは、桜木組の本部事務所だった。つまり、僕の会いたい人物とは桜木組会長。桜木（さくらぎ）魁（かい）だ。

　桜木組の本部（ほんぶ）ビル、その受付（うけつけ）の人に頭を下げる。受付の人は勝手知ったる様子で他の人物に受付を任（まか）せると、僕を応接室（おうせつしつ）に案内した。

　ドアをノックする音が響（ひび）く。奥からドスの利（き）いた声が響いてきた。桜木組長、おやっさんの声に間違（まちが）いない。彼は、この向（む）こうに居る。

「会長（かいちょう）、晴斗（はる）くんが来ました」

「おう、入（はい）れ」

　そして、僕はそのまま受付の人に促（うなが）されるままドアを開（あ）け中に入る。

　ドアの向こうには、筋肉質で大柄な男性が鋭（するど）い目つきで座（すわ）っていた。並大抵の人では恐らく秒も耐（た）えられないだろうこの視線（しせん）圧力（あつりょく）。だけど、僕はすぐに察した。おやっさんはかなり僕を心配（しんぱい）そうに見ていると。

　なんだかんだ言って、優（やさ）しい人なのである。見た目で損（そん）をするタイプだ。

「失礼します。お久（ひさ）しぶりです、桜木会長」

「堅（かた）い言葉はこの際抜きにしようや、俺とお前の仲（なか）だ。それより、大丈夫か？お前を除いて一家全員皆殺しなんざ不届（ふとど）きな野郎だ」

「はい、その一件は本当に悲（かな）しかったです。ですが、わけあって何とか気持ちを持ち直すことが出来ました」

「ほう？そのわけってなあ聞（き）いても良い話か？」

「ええ、これからする話に関係（かんけい）がある内容なので。是非（ぜひ）ともお願いします」

　そう言って、僕はこの前までの話を包（つつ）み隠さず素直（すなお）に話した。やはり、分かってはいても自分の色恋（いろこい）話（ばなし）をするのはかなり勇気（ゆうき）がいるよな。

　そうは思いながら、僕は素直（すなお）に話を続ける。そして、話を終（お）えた直後。おやっさんはあからさまに涙を浮かべ、男泣（おとこな）きを始めた。

　いやまあ、分かってはいたものの、かなり涙もろく人情（にんじょう）が深（ふか）い人だな？だからこそ部下から強く慕（した）われているんだけど。流石にこれはちょっとばかり引く。

　けどまあ、それでもいつも通りで安心（あんしん）した。

「そうか、ずいぶんとまあ良い出会（であ）いをしたものだな。それより、晴斗（はる）が気を持ち直して本当（ほんとう）に良かった。ああ、本当に良かった」

「はい、それでその一件でおやっさんに頼（たの）みたいことがありまして」

「ああ、あらかた予想（よそう）は付いている。言（い）えよ」

「はい、僕を鍛（きた）えてください。僕に、身の回りの全（すべ）てを守（まも）れるくらいに強くして欲しいんです」

「おう、それは是非（ぜひ）もない。だが、今はとりあえず体を治（なお）してからだ。全てはまずそこからだな。今日はもう、病院（びょういん）に帰（かえ）れ」

「はい」

　そう言って、僕はその日は病院に帰ることにした。実を言うと、かなり無理（むり）をしてこの場所まで来たのである。

　うん、今日はきっと怒（おこ）られるな。そう、僕は覚悟（かくご）を決めた。のだが……

　まあ、実際はかなり心配（しんぱい）されたけれど。それでも、僕のことを本気で心配してくれていると知って少（すこ）しだけ嬉（うれ）しかったのは事実だった。

　・・・　・・・　・・・

　その日の昼頃、児童（じどう）公園（こうえん）に行ったものの何故か栞は現（あらわ）れなかった。心配こそしたものの、仕方（しかた）なく病院に帰（かえ）ることにした。何か、あったのだろうか？

　夕方、僕は病院食を食（た）べていた。すると、ドアをノックする音と共（とも）に病室に娘を引きつれた昴先生が入（はい）ってきた。

　まあ、事前に僕が呼（よ）んだんだけどね。娘も一緒（いっしょ）なのは、その方がいろいろと都合が良いからだ。話の内容的に、一緒に聞（き）いていた方が良いだろう。

「えっと、僕に用事（ようじ）ですかね？」

「はい、この前の返事（へんじ）をさせてもらおうと思いまして」

　その言葉に、昴先生は居住まいを正（ただ）した。少し、緊張（きんちょう）している様子だ。まあ、無理もない話だろう。きっと、昴先生からすればかなり勇気を振り絞って僕に振った話題だろうし。

　僕だって、返事（へんじ）を返すのはかなり勇気がいるだろう。けど、これはどうしても必要な話だから。避（さ）けては通（とお）れない話だから。

　そう、僕は自分自身に言って聞かせて呼吸（こきゅう）を整える。

「確か、この前昴先生は僕に義理（ぎり）の息子（むすこ）になって欲しいと言いましたよね？」

「はい、晴斗（はると）くんに僕の義息子（ぎむすこ）になってもらう。そうでなくても、僕自身が晴斗くんの後見人になる。それが、何より君（きみ）のためになると僕自身思いました」

「そうですか。それで、その一件に対する僕の返事ですが……」

「はい」

「その話、受（う）けさせて貰おうと思います。いえ、受けさせてください」

　僕の返事に、昴先生ははっと目を大きく見開（みひら）いた。そして、話の内容（ないよう）が呑み込めてきたのか口元に笑（え）みが浮かんできた。

　かなり嬉（うれ）しいらしい。笑顔が隠（かく）せていない。

「で、では……」

「ですが、一つだけ条件（じょうけん）があります」

「えっと、それは？」

「僕が、昴先生の義理（ぎり）の息子（むすこ）になる。それは構（かま）いません。ですが、僕の苗字は今までと変わらず織神（おりがみ）と名乗（なの）らせてもらいます。それだけは、僕自身譲ることの出来ない一線（いっせん）だと思っています」

「それは、」

　何かを言おうとする昴先生。それを、僕は片手で制（せい）した。

　言いたいことは分（わ）かっている。気持ちも理解は出来る。けど……

　昴先生には悪いけど、まだ僕の話は終（お）わっていない。もう少しだけ、続く。

「昴先生を信（しん）じていないわけではありません。これは、あくまでも僕自身の亡くなった家族に対する義理立（ぎりだ）てでしかないです。要するに、忘（わす）れたくないんです。なのでこの一件に関して、昴先生が罪悪感（ざいあくかん）を感じる必要は全くありません」

「そう、ですか？もし何か僕に至（いた）らないことがあれば、」

「いえ、ですから僕が昴先生に文句（もんく）を言うことは絶対（ぜったい）にありません。むしろ、僕は昴先生から多大な恩（おん）が出来たと思って、非常に感謝（かんしゃ）しているくらいですし」

「そう、ですか。いえ、そうですね。ありがとうございます」

　そう言って、僕と昴先生は同時に笑（わら）った。

　そんな昴先生の服のすそを、娘である舞（まい）が引っ張った。

「ねえ、お父さん？これってなんの話？」

「ああ、晴斗くんを僕たちの家に迎（むか）え入れようって話ですよ」

「え⁉それって、お兄ちゃんが私たちの家族（かぞく）になるっていうこと？」

「はい、端的（たんてき）に言えばそうなりますね。いえ、その通（とお）りです」

「やった！これで、晴斗お兄ちゃんと一緒にずっと遊（あそ）ぶことが出来る！」

　無邪気（むじゃき）に喜ぶ舞。そのあまりにも純粋（じゅんすい）で無邪気な姿に、僕と昴先生は同時に苦笑を漏（も）らしたのだった。いや、本当に純粋で無邪気なことだ。

　そうして、僕はその日以来より頑張ってリハビリに励（はげ）むようになった。

　けど、話は良いことばかりではなかった。以来、どうしてか児童公園に栞が現れなくなった。僕と栞は、お別（わか）れの言葉すら無いまま。どころか何も言葉（ことば）を交わさないまま別れる事になった。

　栞との別（わか）れは当然悲しかった。寂しかった。けど、それでも僕は当初の目的通り必死に頑張り続けた。

　体もかなり鍛（きた）え上げたし、勉強（べんきょう）も必死に頑張った。そして、亡くなった兄を真似るようにして交友関係も必死に構築（こくちく）した。

　理由（りゆう）が不純（ふじゅん）かもしれないけど。それでも、僕は必死になって友達を作ったし友達を大切にした。みんなも、そんな僕の気持（きも）ちを分かってくれた。

　今度こそ、自分の周（まわ）りの全てを守（まも）れるようになるために。もう二度と、誰かの理不尽によって奪（うば）われないために。僕は、必死に頑張った。

　高校生になるときには、もう地域では知らない人が居ない程に人気者（にんきもの）になっていたと思う。おやっさん以外に負（ま）けたことがないほどに、強くもなれた。

　そして、高校2年生の夏（なつ）。結局、栞のことを忘（わす）れる事だけはついに無かった。それでもそこそこ楽（たの）しく学校生活を送っていた。そんな日のことだった。

　なんの因果（いんが）か、同じクラスに転入（てんにゅう）してきた栞と再会（さいかい）した。