26、あの日の約束4

 次の日、僕は午前中にリハビリをこなしてから昼食をった。やはり、体力の低下自体もありリハビリはかなり難しかった。しかし、それでも僕は頑張った。

 昨日、栞とあそ約束やくそくをしたから。きっと、自分で思っている以上に彼女との遊ぶ約束をたのしみにしていたのだろう。だから、僕はきっとリハビリを頑張れたんだと思っている。

 だって、リハビリの際も僕はとてもい笑顔だったから。とても晴れやかな笑顔でリハビリをこなしていたから。きっと、そんな僕のことを病院びょういんの人たちは不審に思っていただろう。事実、怪訝けげんそうな顔をしていたし。それでも、僕は自分で思っているよりもかなり栞との約束やくそくを楽しみにしていたのは間違いがないだろう。

 そう、思った。

 昼ごはんを食べた後は、約束したあの公園こうえんに行こう。そう思い、僕は病院食を口に放り込むように食べた。案の定、のどまらせむせたのは言うまでもない。

 そんな時だった。

随分ずいぶん元気げんきを取り戻したようだね。なにか、きっかけでもあったのかな?」

すばる先生せんせい?」

「僕のことは、すばると呼んでくれてかまわないですよ?まあ、今回はその件で少し話をしにきたんです。少し、真面目まじめな話になりますけど良いですか?」

 真面目な話?一体何だろうか?それも、昴先生から真面目な話とは。一体どんな内容の話だろうか?

 気にはなるけど、とりあえずくことにする。

「えっと、真面目な話って何でしょうか?少し、こわくもありますけど」

「はは、そんなに身構みがまえなくても大丈夫だいじょうぶですよ。まあ、今のは流石に僕の言い方が悪かったのかもしれませんけどね」

「……えっと?」

 うまく要領ようりょうが呑み込めない僕に、昴先生がつづけて言った。

「そうですね、あんまりっ張りすぎても話はすすまないでしょう。ですので、さっさと本題から話してしまいますが。晴斗くん、僕の義息子ぎむすこになりませんか?」

「……えっと、それって昴先生の養子ようしになれということですか?」

「はい、もちろん最終的な判断はんだんは晴斗くん自身にまかせることにします。ですが、晴斗くん自身が今後のことを真剣しんけんに考えるなら、僕の養子ようしになったほうが都合はいんじゃないかなと思います。あくまで個人的にはですけどね」

「……………………」

「もちろん、決めるのは晴斗くん自身の判断はんだんで構いません。あくまで、晴斗くんが自分の力できるというなら、僕はそれに可能かのうな限り力をしましょう。ですが僕個人としては、やはり……」

「僕、は……」

 僕は……

 ・・・ ・・・ ・・・

 所変わって、児童じどう公園こうえん

 結局、僕は昴先生の提案ていあん保留ほりゅうにした。今は、まともに判断を下せる状況じゃないと思ったからだ。

 けど、何時いつまでも判断を保留にし続けるのも不義理ふぎりだろう。さて、僕はどうするべきだろうか?昴先生に、どうえば良いのだろうか?

 そう思っていると、公園の入り口に栞が現れた。

 栞が現れた、のだけど。なんだか様子ようすがおかしい気がした。なんだか、昨日会った時よりもかなりち込んでいるような?いや、実際じっさいに昨日会った時よりも目に見えて落ち込んでいるように見えた。顔色が、やけに青白おおじろい。

 顔も、ほんの少しだけやつれている気がする?

 一体、何があったというのだろうか?

「あ……晴斗はる、くん…………」

「ど、どうしたの?栞、なんだか顔色かおいろわるいけど……」

「べ、別に……何でもない、よ……?うん、なんでもないから……」

「そう、かな?本当に大丈夫だいじょうぶ?」

 そうは言うものの、やはり栞の顔色は目に見えて悪い。かなり青白い。

 やはり、何かあったのだろうか?そう思っていると、栞が恐る恐るといった様子で僕を見つめてきた。その表情ひょうじょうは、何かをおそれるような目だった。どうして、そんな表情で僕を見るのだろうか?そんな表情かおで、僕を見つめてくるのだろうか?

 何も分からなかった。少しだけ、不安ふあんになってくる。

「……あの。晴斗はる、くん……少し、いても良い……かな…………?」

「うん、なに?栞のなやみなら何でもくよ?栞には、僕を悩みからすくってくれた恩があるし。栞の悩みは聞きたいんだ」

「……………………」

「し、栞?」

 どうしてだろうか?更に、栞の表情が悲痛ひつうゆがんだ気がした。

 分からない。どうして、そんな表情で僕を見るのだろうか?どうして、そんな何かを恐れたような表情で僕を見るのか?

 からなかった。

「……えっと、あの。あのね?もしも、だけどね?晴斗はるくんの……晴斗はるくんの家族が亡くなった事件に、私の家族がかかわっていたらね?どう思う?」

「えっと、それはどういうこと?」

 思わず、で聞いてしまった。寝耳ねみみに水だった。

 けど、即座そくざに栞は首を左右さゆうに振って否定ひていする。

「もしも、だよ?あくまでも、もしもだからね?」

「ああうん。それで、どういうこと?」

 要領ようりょうを得ない。一体、どういうことだろうか?

 そう思っていると、栞は心を落ち着けるように深呼吸しんこきゅうをした。

「……あのね?もし、私たち家族が晴斗はるくんの家族の事件にかかわっていたら。晴斗はるくんは私たちをゆるすことは出来る、かな?」

「えっと?栞の家族が、僕の家族をうばったの?」

「だから、もしもの話だよ?」

「あ、ああうん」

「もし、そうだったら。晴斗はるくんは……えっと、晴斗はるくんは。私を許すことが出来るのかな…………」

 えっと、つまり?栞は何が言いたいんだろうか?栞の家族が、僕の家族が殺された事件にかかわっているって?そんなこと、かんがえたことも無かったけど。

 でも、もしもそうだったら。僕は……

 果たして、僕は。栞をゆるすことが出来るのだろうか?僕だったら……

「僕は、正直悲しいと思う。悲しくなって、どうすれば良いのか分からなくなってしまうと思う。栞のことを許せるのか、正直分からない」

「……………………」

「でも、」

 でも、それでも……

「それでも、もしも栞がそれでなやんでいるのだとしたら。僕はそんな栞のことを救いたいと思うよ。栞が、僕のことをなやみからすくってくれたように」

「っ、あ……」

 栞は、何かに気付きづいたかのように目を大きく見開みひらいて僕を見ていた。何かに気付かされたかのような、そんな表情ひょうじょうだった。

 一体、何に気付いたのかは僕は知らない。けど、それでも栞が今の言葉で吹っ切れたならそれで今は良いかな?そう、僕は思うことにした。

晴斗はるくんは良いの?私をゆるすことが出来るの?」

「別に、栞が何かしたわけじゃないだろ?それとも、本当に栞の家族かぞくが僕の家族を奪った張本人なのか?」

 僕のいに、栞はぶんぶんと首がれるんじゃないかって思うくらいに強く首を左右に振った。

 別に、そんなに強く否定ひていしなくても。分かっているんだけどな。

 まあ、実際問題。栞は僕の家族かぞくの死について何かっているんだろう。何かを知ったからこそ、栞は思いなやんでいたのだろうと思う。

 けど、きっと栞の家族と僕の家族は無関係むかんけいだろう。そう思う。

 そして、当の栞はどこかき物が落ちたような顔で笑った。

 とても、れやかで花がいたような良い笑顔だった。そんな栞の笑顔に、僕も釣られて笑顔になった。

「だから、あくまでもしもの話だよ。そろそろ一緒にあそぼう!」

 そう言って、栞は僕に一緒に遊ぼうと手を引いた。

 その日はさんざん栞と一緒いっしょに遊んで。気付けば、日はしずんでいた。最後に、僕と栞は明日の昼もまた一緒に遊ぶ約束をしてかえることにした。

 明日はいろいろ、やることがおおいな。そう、僕は思う。

 昴先生との、保留ほりゅうにした返事へんじを返さなきゃいけないし。それに……

 もう一つ、僕にはやることがえた気がした。

 そう、僕にはもう一つだけやるべきことが増えたんだ。

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