25、あの日の約束3

 その後、僕はリハビリをい訳にしてそとへ出る事にした。病院の医者や看護婦たちにはかなり心配しんぱいされたけど。仁兄さんや花姉さんにも心配しんぱいは掛けたけど。それでも僕は少しだけ心をち着けたかったから。

 だから、僕は近所の児童じどう公園こうえんに行くことにした。と、言うよりも僕の体力が思った以上にちていたらしい。流石にいまの僕には、病院からそう遠くまで行くほどの体力は全くかった。少し、悔しい気がしないでもない。けど、これもある種仕方がないのだろう。

 僕は、あの夜全てをうしなったんだ。文字通もじどおり、僕にとっての全てを失ったんだ。自分の命が残っていただけでも、ある意味いみでは……

 ある意味いみでは……

 本当に、そうだろうか?本当に、命があっただけでももうけものだと、自分自身に言い聞かせる事が出来るのだろうか?そんなこと、僕はほかでもない自分自身に言い聞かせられるのか?

 そんな筈はないだろう?実の家族かぞくを失って。それも、無残にもうばわれてどうしてそれを良しと出来るのだろうか?本当に、僕は家族かぞくを失うほどのことをしたと言うのだろうか?それほど、僕は罪深つみぶかかったと?

 駄目だめだ。考えれば考えるほど、どん底にちていく。思考の泥沼どろぬまに深くはまっていくことになる。かんがえれば考えるほど、気分はどん底にはまっていく。どうしてこんなことになってしまったのだろうか?分からない。分からないよ。

 ついに、立っている事さえ出来ずに児童公園の真ん中で無様ぶざまひざを着いた。本当に無様だと、そう僕自身思った。なさけない。

「う、ぐっ……ひっぐ……」

 どうして、こうなってしまったのだろうか?なんで、こんなに会わなければならなかったのだろうか?

 分からない。何も、分からなかった。

 地面にひざを着き、涙をこぼす。そんな僕に、心配しんぱいそうに駆け寄ってくる誰かの姿が視界のすみに移りこんだ。

「えっと、あの。大丈夫だいじょうぶですか……?」

「……………………」

 誰だろう?そう思うも、どん底に沈んだ気分きぶんで言葉がうまくてこない。

「立てますか?私の腕に、つかまることは出来できますか?」

 その人物じんぶつは、大体僕と同じ年齢ねんれいくらいの女の子だった。女の子は、僕に心底から心配しているように僕の腕をつかんでくる。

 いや、実際に僕のことを心配しんぱいしてくれているのだろう。それだけは、今の自分自身でも十分に理解りかいすることは出来た。十分に理解りかいできるだけに、今の自分がなんだかなさけないように見えた。

 僕は、こんな小さな女の子相手にすら心配されるほどに、情けなくうつっているのだろうから。そんな自分自身が、なんだか本当に無様ぶざまだった。

「大丈夫、だよ……僕、は……」

「そんな無理むりをしないで。ほら、いているじゃない」

「……………………」

 なさけなくて、言葉も出てこない。

「大丈夫、私の腕をしっかりにぎって。まずはそこにある椅子いすに座りましょう」

「……う、ん」

 そうして、僕はそのまま女の子にうながされるままに、公園にそなえ付けられたベンチまで歩いてからゆっくりと座った。

 ・・・ ・・・ ・・・

 しばらく椅子いすに座ったまま時間じかんを過ごす。その間、女の子は僕の背中を優しく撫でながらなだめてくれる。すこしだけ、落ち着けたような気がした。

「……ありがとう。少しち着いた気がするよ」

「そう?もう大丈夫?」

「うん、ごめん。少しみっともないところを見せた気がする」

「良いよ、誰だってきたいときくらいあるよね。そんな時は、素直すなおに泣いてしまっても良いと思うよ?」

 うん、まあ。確かに僕の場合は、少しくらい正直しょうじきいたほうが良いだろう程度には不幸ふこうだったかもしれないけど。それでも、女の子を前に無様な姿をさらしたのは男としてずかしいと思う。

 よく見なくても、女の子は同世代どうせだいの子の中でもかなり可愛かわいいと言えるくらいに顔立ちがよくととのっていた。

 そんな女の子に、優しくなだめてもらった。それだけで、どうにも気恥きはずかしくなって顔をらしてしまう。当の女の子は、可愛らしく小首をかしげているけど。

「うん、でもやっぱりこんな状況で正直にくのは男としては気恥きはずかしいというかなんというか……」

 もごもごと、歯にモノがはさまったような小さな声でぼやく。そんな僕の言葉にすら女の子は優しくわらって流してくれる。

 うん、やさしい。やさしくて、とてもい人だ。

「そうだ、この際だから私に少しだけきみのことをおしえてくれないかな?悩みがあるなら私にすべて打ち明けてしまおうよ」

「そんな、見ず知らずのヒトを相手になんて。流石さすがえないよ」

 流石に、そこまでお世話せわになるわけにはいかない。もう、此処ここまで優しくされただけでもかなりお世話になっていると言えるのに。

 これ以上は、流石にもらいすぎだろう。

 そう思っていると、女の子はうーんと少しだけかんがえ込む素振そぶりを見せる。

 どうしたんだろうか?と、考えていると。

「……うーん、そうだね。流石に名前なまえも知らない人に自分のなやみを素直に教えるのはどうかとは思うか」

「えっと、いやそうじゃなくて……」

「私の名前は御門みかどしおりだよ。君の名前なまえを教えてよ」

「……えっと、織神おりがみ晴斗はると

 結局、押しの強さに負けて僕は素直すなおに名前をってしまった。うん、彼女の押しがかなり強い。いや、強すぎる。

「そう、じゃあ君のことはこれから晴斗はるくんって呼ぶね。私のことはしおりって呼んで欲しいな。これで、私と君はあかの他人じゃないでしょ?」

「えっと、」

 どうしよう。少し、強引な気がする。強引というか、押しが強い。

 けど、不思議ふしぎと彼女に引っ張られるのが心地ここちいいような気さえしてくる。なんだろうかこの気持ちは?

 分からないけど。少なくとも、僕自身はいやじゃない。

 何だろうか、この気持ちは?

「それとも、私じゃ駄目だめ……かな?」

「……あんまり、面白おもしろい話じゃないよ?少なくとも、かなり不快ふかいな気分にさせるかもしれないし」

「良いよ、素直に私にち明けてよ」

「……うん、実は」

 気づけば、僕は彼女かのじょに僕の身の上をはなし始めていた。どうして、僕はこんなに彼女に素直に話しているのだろうか?

 分からない。けど、彼女に。ほかでもない栞に、僕のことを分かってもらいたいと思ったのは確かだった。だから、僕は栞に僕のことを素直にち明けた。

 しばらくだまっていていた栞だったけど。僕の話を聞いているうちに、その目に涙を浮かべて相槌あいづちを打った。少なくとも、栞の涙に不快な色は無かった。

「……そう、大変な目に会ったんだね。そんなことがあったのに、こんな無理むりに話を聞いてごめんね?」

「いや、良いよ。少しだけらくになったのは本当だから」

「私に何か、出来できることはあるかな?」

 何か出来ること、か。

 べつに、こればっかりは他のだれかに何かが出来るとは思っていない。けど、それでも栞にしてしいことがあるとしたら……

 僕が、栞にして欲しいことがあるとしたら。

「そう、だね。じゃあ、明日あしたの今頃の時間に。僕とこの公園こうえんで、もう一度会って遊んでくれる?」

 何故なぜだか、僕はもう一度彼女といたいと思った。もう一度、彼女と会って一緒に遊びたいと思ってしまった。

 ほかでもない、彼女と一緒に遊びたいと思った。それは、たしかだったから。

 それでも、栞は一瞬だけ目を丸くしておどろいただけで、嫌そうな表情は何一つとしてしなかった。それは、栞自身の人間性にんげんせいが特に強くあらわれているのだろう。

 きっと、彼女は。栞という女の子はやさしいのだろう。優しくて、良い人だ。

 そう、思った。

「うん、一緒に遊ぼう‼」

 そうして、僕と栞はまたこの公園で明日会う約束やくそくわした。

 その日はしばらく栞とたのしくはなしてから、病院に一人帰った。病院に帰った僕は憑き物が落ちたようなすっきりとした顔をしているとわれ、みんなからかなり驚かれたのが印象的だった。

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