24、あの日の約束2

 そう、あれは僕が全てを失ったあのなつの日のこと。僕は、言いしれない虚無感と共に知らない病室で目をました。

 ここは何処どこだろう?そうは思うものの、体を起こすのも億劫おっくうだ。いや、これは多分自分自身の精神的な問題もんだいなのだろう。体を起こす気力もわかない程、何もやる気が起きない。

 ああ、そうだ。僕の家族かぞくは。僕にとってのすべてはもう……

 もうすべて、あのよるに亡くなったんだ。病室の壁に掛けられた時計とけいを見る。時計はあの夜から、次の日のひるを差している。

 どうやら、丸一日過ぎもていたらしい。流石に寝すぎだろうか?

 そう思っていると、病室のそとががやがやとさわがしくなる。どこかで聞いたような声だと、どこで聞いた声だっただろうかと、そうかんがえている間にコンコンとドアをノックする音の後にゆっくりとひらいた。

「あ、起きた?え、起きた⁉晴斗はるくんが起きた‼」

「なに?晴斗はるが起きたって?おお、本当だ。ずいぶんと寝込ねこんでいるようだったから心配していたんだぞ?大丈夫だいじょうぶ、じゃないよな……」

 入ってきたのは、桜木仁と霧崎花の2人だった。

 心配しんぱいそうに、2人そろって僕をているあたり。やはり、かなりひどい重傷だったのだろう。

 だろう、とは思うけど。それでもやはり、僕自身どうにもまともな精神力は残っていないらしい。少しばかり、2人の相手をするのも億劫おっくうになって。

 少し、ぞんざいな物言ものいいをしてしまった。

「ごめん、仁兄さん。花姉さん。僕は……」

「まあ、あんなことがあったばかりだしな。無理むりをする必要はい。今はゆっくりと体をやすめろ」

「本当に、ごめんなさい。晴斗はるくんが大変たいへんな時に何も出来なくて」

「……良いよ、別に。僕こそごめん」

 もう、何をあやまっているのか自分でもからなかった。分からないけど、心配そうに僕を見ている2人に対し何かを言わないといけない気がしたから。

 そんな僕の気持ちをさっしたのだろう。仁兄さんと花姉さんは2人そろっていたましい表情をした。そんな2人を見ていられなくて、僕はそっと視線しせんを逸らす。

 沈黙ちんもくが痛い。そんな時、ドアが開いて白衣はくいを着た青年と僕よりも少し年下だろう女の子が入ってきた。女の子は、僕の顔をるなりにっこりと満面の笑みで笑い掛けてきた。けど、僕はそんな彼女を真正面から見ていられなかった。

 そっと、目をらす。

 そんな対応たいおうが、女の子を傷つけたのだろう。直後、女の子が白衣の青年に縋りついて泣き言を言い出した。

「……ぐすん。お父さん、このお兄ちゃんつめたい」

「はは、彼はまだ目がめたばかりなんだ。精神的にも不安定ふあんていだろうから、もう少しだけ手加減てかげんしてあげてくれないかな?」

 なだめる白衣の青年。どうやら、女の子は彼にとっての娘らしい。娘同伴ということは何か、訳ありだろうか?まあ、どうでも良いか。

 そんな、投げやりなことを思っている。すると、女の子はぐずりながらも青年に質問をした。

「そしたら、このお兄ちゃんとも仲良なかよくなれるかな?」

 そんな無邪気極まりない言葉に、一瞬だけ目をまるくする白衣の青年。けど、その後はじけるように高らかに笑うと、目になみだを浮かべて頷いた。一体、何がツボだったというのだろうか?本当に、からない。

「ええ、そうですね。いっそまいが仲良くなってくれれば彼もすぐに元気げんきになるかもしれませんね」

「……そう、かな?」

「ええ、ですのでくじけずに頑張りましょう」

「うん!」

 何か、へんなところでへんに話が進んでいる気がする。本当に大丈夫だろうか?

 そうは思うものの、やはり突っ込みを入れる気力きりょくもわかない辺り、僕もかなり精神的に参ってしまっているようだ。それどころか、少しだけ面倒めんどうとさえ思える。

「えっと、あの……」

「ああ、すいませんね。僕はこの病院びょういん院長いんちょうで、医者の高橋たかはしすばると言います。君のご両親とは古いり合いですのでどうか、言いたいことや聞きたいことがあれば何でもいて下さい」

「父さんと、母さんの?」

「はい、彼らと僕は言ってみれば学生時代の友人ゆうじんなんです。その関係で、学校を卒業した後も何かと相談そうだんに乗ることが多く……失礼、今の晴斗くんにはつらいことを言ってしまいましたね」

「いえ、別に……」

「……そう、ですね。今の君にはとても辛いでしょうし。少しだけ時間をもうけてから話したほうが良いかもしれないですね。その方が、おたがいのためにもより良いと思いますし」

「……?何の話、ですか?」

「いえ、こちらの話です。ですので、今は晴斗くんを一人ひとりにしてあげたほうが彼自身のためにもなるでしょうし。僕たちはそろそろ、病室を退散たいさんしたほうが良いかもしれませんね。それで、良いですね?」

 どうやら、高橋昴と名乗なのった医者は、仁兄さんと花姉さんの二人ふたりに対して話しかけたらしい。仁兄さんと花姉さんは苦笑くしょうを浮かべながらそれに頷いた。

 2人そろって、僕の方を見る。

「……はい、そうですね。ごめんね、晴斗はるくん」

「すまない、晴斗はる。何かあったら、俺にも相談そうだんしてくれ。必ず乗るから」

「……ごめん。ありがとう。本当に、ごめんなさい」

「良いよ、別に。お前があやまることじゃない」

「そうよ、晴斗はるくんはあくまで被害者なんだから。もっと、たよってくれても良いと思うよ?」

「あ?そこは俺たちにだろ?全く……」

「私で合ってるけど?だって、貴方はたよりないでしょ?ヤクザの息子むすこだし」

「それは今は関係かんけいないだろ?警察おや七光ななひかりが」

「それこそ、今は関係ないでしょ?全く、これだからヤクザは……」

「ほらほら、そんなに喧嘩けんかしないで下さい。患者かんじゃ迷惑めいわくですよ?」

「「ごめんなさい!」」

 異口同音いくどうおんで謝る2人。本当に、仲が良いのか悪いのか分からない2人だ。そう思うけど、まあ僕の兄をしたっているあたり仲は良いのだろう。

 そして、その後そろって病室をていった。一人取り残された僕は、ベッドに倒れこむように横になった。

 一気にしずかになる病室。そんな静寂せいじゃくの中、僕は何処かこの世界に一人取り残されたような孤独感こどくかんに襲われる。

 どうして、僕はき残ってしまったのだろうか?どうして、僕一人だけ取り残されてしまったのだろうか?一人はいやだ、一人になりたくない。僕も、僕もみんなと一緒にあそこにきたかった。僕も、れていって欲しかった。

 なのに、僕一人だけ。取り残されてしまった。取り残されたんだ。

 僕も、僕もどうかみんなと一緒いっしょの場所に。僕も、そっちに連れていって。

「一人はいやだ。一人はさみしい。みんな、どこに行ったの?僕も、そっちに連れていって欲しかったよ……父さん、母さん、兄さん」

 どうしてだろう?次から次へとなみだが出てきて止まらない。どうして、僕はここに居るんだろうか?どうして、僕は生き残ってしまったのだろうか?

 一度、考え出せばキリがない。止め処なく流れ落ちる涙が、次から次へとこぼれ落ちて全く止まらない。

 僕は、こんな場所ばしょで何をしているんだろう?こんな場所で、一人きりで。

 そうだ、僕はもうすべてを失ったんだ。あの時、僕はすべてを一夜にしてくしてしまったんだ。そう思うと、涙が止まらなくて。どうしようもなく、

さみしい……」

 寂しいという、そんな想いが止まらず嗚咽おえつとなってこぼれ落ちていく。

 気づけば、僕は声をし殺して泣いた。泣いて、泣いて、涙がれ果てるまで泣きじゃくった。僕は、この世界に一人だけ取り残されたんだ。

 そう思うと、涙がどうしようもなくて。ちっともまらなかった。

 どうしよう。僕は、一体どうすれば良いのだろうか?僕は、どうしてここに居るのだろうか?どうして、此処ここに取り残されてしまったのだろうか?

 分からない。

 寂しい。

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