23、あの日の約束1

 栞の父親、御門みかど輪廻りんねきている。その言葉に、誰よりも激しく動揺どうようしたのはやはり当の栞本人だった。

「そ、そんな⁉うそよ、そんなの絶対にうそ‼私は確かにこのでお父さんを殺した筈なのに……」

動揺どうようしているところ悪いが、実際に私たちはこので御門輪廻の生存せいぞんを確認しているんだよ。と、いうよりも輪廻本人から直接話をいている」

「そ、そんな⁉」

 動揺する栞をなんとかなだめて、京一郎さんからくわしい話を聞くことにした。

 どうやら、京一郎さんたち警察けいさつ以前いぜんから僕たち家族の強盗殺人事件。その犯人を御門輪廻ではないかと推測すいそくしていたらしい。というよりも、ほぼ彼であると断定出来る程度には証拠があつまっていたらしい。

 それというのも、彼の実の息子むすこ。つまりは栞のあにが数々の証拠品と共に御門輪廻が織神家の殺害計画を立てていたことを告発こくはつしたからだ。

 その言葉に、ほかでもない栞が愕然がくぜんとした。

「兄さんが、そんなことを……」

「ああ。けど、俺たちがその証拠品の数々から逮捕状たいほじょう請求せいきゅうしている間にどうやら奴は行方をくらませていたらしい。既に、奴の家はもぬけのからだったよ」

「……………………」

 恐らく、その頃には栞自身もすでに行方をくらませたあとだったのだろう。当の本人からすれば、ただ実の父親ちちおやを殺した直後だったから。しばらく行方をくらませていたかっただけ、だったのだろうけど。

 事実としては、もっと複雑ふくざつに事情がり組んでいたらしい。実際、探し出そうと思えばたかが女の子一人くらい探すのにそう時間じかんはかからなかったはずだし。

 そして、事実京一郎さんたち警察も栞の居場所いばしょは既に把握はあくしていたらしい。それを知っていながら、あえて見逃みのがしていただけで。

「全く、ふざけた奴だ。俺たちがき家に何かのこっていないか、がさ入れするのを見越してあえてビデオレターを残しておくなんざ」

「ビデオレター、ですか?」

「ああ、そのビデオレターで奴は自分の犯行はんこう自白じはくしやがったんだ。それも、我が子2人は事件じけんに一切関与させていないため何も知らないとだけ証言を残してな。本来なら御門栞も重要じゅうよう参考人さんこうにんになるんだろうが。それを見越したのか、奴はもし自分の子供に何かあった場合、今回の一件に全く関係のない誰かを犠牲ぎせいにすると。そう警察をおどしてきやがった」

「それで、捜査そうさの目を栞にけることが出来なかったんですか」

「ああ、そういうことだ」

 なるほど、と納得なっとくすると同時に新たな疑問ぎもんき出てきた。

 そうだ、僕が春日部警部たちと初めて対面たいめんしたあの時、確か春日部警部は僕の家族が死亡したあの事件にかんして何も進展しんてんは無いと言っていたはずだ。だが、今回の話では何も進展がないどころか犯人はんにんが既に分かっていたという。

 これは、明らかにおかしいだろう。明らかに矛盾むじゅんが出て来てしまっていると言っても良いはずだ。

「えっと、以前春日部警部に話をいた時にはあの事件にかんしては何も進展がないと聞いていたんですけど。それはどういうことでしょうか?」

「ああ、それが一番のなぞではあるんだがな。奴はどういうわけかお前にも真実は伏せておくようにと言っていたんだよ」

「僕にも、ですか?」

「ああ、恐らく後々自分のむすめが君に自分から接触せっしょくしてくるだろうから。その時になるまでは真実はせておくようにってな。もし、それを破るならその時にも無関係な誰かを犠牲ぎせいにすると言っていたよ」

「そんな……」

 本当に滅茶苦茶めちゃくちゃだ。これではうかつに警察がうごけないじゃないか。もし、動こうものなら誰か無関係な人が犠牲ぎせいになるなんて。

 くるっている。明らかに狂っている。どうかんがえても、異常極まりない。

 思わず血の気がく僕。栞も、まさかそんなことになっているなんて思ってもみなかったのだろう。隣で青ざめていた。

「残ったのは、輪廻の息子を名乗なのるあの少年しょうねんだけだったが。そいつも気付けば消息をっている始末しまつだしな。全く、どうなってやがるんだあの家族は。当時の俺たちは誰もがそうぼやいたものさ」

「じゃあ、今まで僕の家族が死んだ事件の捜査そうさって……」

「ああ、事実上じじつじょう頓挫とんざしたようなものだな。事実、あの後も密かに奴の後を追っていたし奴と接触出来たことも何度なんどかあった。が、そのたびに奴は警察をあおるような捨て台詞と共にまんまとげ伸びたよ」

「そう、ですか……」

 そう言って、僕はうなだれた。それは、栞もおなじだったらしい。うつむいたまま何も言わずに黙り込んでしまっていた。

 いや、とてもくやしそうに唇をみしめていた。とても青ざめた表情で、唇を強く噛みしめていた。

 ・・・ ・・・ ・・・

 その後、京一郎さんたちには何とか僕から説得せっとくしてかえってもらうことにした。僕の襲撃事件に関しては、僕から事件性は皆無かいむだと無理やり納得してもらった。

 全て、すれ違いがあったすえ一時いっとき仲違なかたがいだと。もう、既に仲直りは済ませたと言って無理やり呑み込んでもらうことにした。

 京一郎さんはともかく、他の2人はまだ納得出来ていないようだったけど。それでも僕から説得して納得してもらうことにした。うん、あのなんとも言えない苦虫にがむしを噛み潰したような表情は、流石に印象に強く残ったな。

 まあ、ともかく僕としては栞が無事ぶじならそれで良かったんだけど。

 僕としては、家族が死んだあの事件の犯人はんにんについてもっとくわしく知りたかったこともあるにはある。けど、それでも今は栞が無事ぶじなだけで満足しておくことにしようと思った。今は、優先順位を弁えよう。

 ただ、その反面。栞が只今絶賛傷心中だったようだけど。

「栞、大丈夫じゃ……無いよな」

「……………………」

「まあ、栞としてはすでにやらかしたと思っていた矢先の事実じじつだもんな。流石に、これには気持ちを察するよ。流石さすがに、どうすればいのか分からなくなるよな」

「…………晴斗はるくんは、どうしてそんなにやさしいの?どうして、私のことをそんなに構ってくれるの?もう、何もからないよ」

「……………………」

「もう、何も分からない。私自身、もうどうすれば良いのか分からないよ。私はどうすれば良いの?おしえてよ、晴斗はるくん」

 どうすれば良いの?どうすれば良かったんだと思う?そう、こぼれ落ちるように呟く栞は本当に、弱々よわよわしかった。

 もう、栞自身どうすれば良いのかからないのだろう。そんな栞に、僕が何かを言えばきっとそれだけで栞のきる指針ししんになるだろうけど。果たして、本当にそれが正しいことなのだろうか?

 分からないけど、それでも僕はわずにいられなかった。ち込んでいる栞に対して何かを言わずにいられなかった。

 そうだ。あの時、僕は栞に対して思っていたのはこんな気持きもちだったっけ。

「栞。あの時、僕と君が出会であったあの日をおぼえている?」

「…………うん、わすれるわけが無いよ」

「そう、僕たちが出会であったあの日、僕はあの日栞になぐさめられたからこそ救われたんだと思う。いや、あの日栞になぐさめられたからこそ僕は救われたんだ」

「……でも、」

「そんな栞が、こんなに弱々よわよわしくち込んでいる。僕からすればどうしようもなく悲しいことだよ。ああ、分かっている。僕は今、酷く勝手かってなことを言っているって」

「……晴斗はるくんは、やさしいよ。勝手なんて」

 こんなにち込んでいるのに、それでも栞は僕にやさしくフォローを入れてくれるようだ。きっと、それは栞の優しさにちがいないだろう。

 だからこそ、僕はそんな栞に首をよこに振った。

「僕は、勝手かってな人間だよ。栞がひどち込んでいる。そんな時だって言うのに、こんな時に栞に何かを言えば僕だけをてくれるって思ってる」

「…………私は、あの時から晴斗はるくんだけしか見ていないよ?晴斗はるくんだけが、私にとってのすべて」

 ああ、分かっている。そうなんだろうって。分かっていたさ。

 でも、それでも……

 僕は、あの時。きっと栞がたからこそ救われたんだ。

 そう思い、僕はそっとあの日をり返る。

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