22、喧嘩という名の対話5

 僕の肩口かたぐちは一瞬にして切りかれた。鋭いいたみが、肩を走る。しかし、それでも僕は栞を認識にんしきすることが出来ない。ただ、漠然ばくぜんと切られた後にその感触が肩口に走っただけだ。栞そのものを認識することも出来なければ、切られる瞬間を認識することも出来ない。

 だが、それを僕は余裕よゆうみで笑い飛ばした。

 切られるのはいたいし、認識できないのはこわい。けど、それでも栞が本音でぶつかってきている。本心から僕にかってきているのが分かる。それが、とてもうれしい。

 へんかもしれないけど、おかしい奴だとかれるかもしれないけど、それでも僕は栞のことが大好だいすきだから。栞のことを心からあいしてしまっているから。だから、ずっと栞の本心をこうしてまっすぐけ止めたかったんだ。

 だから、僕も栞の本音を真正面ましょうめんからけ止めよう。この程度、受け止められるような男であろう。そう思い、僕は周囲に意識いしきを配る。相変わらず、栞を認識することは出来ない。けど、それでも僕は栞の気配けはいを手繰り寄せる。

 大丈夫だ、僕には出来できる。不思議と、そんな根拠こんきょのない自信があふれてくる。自分なら栞を見つけ出せると、そうしんじることが出来る。

 大丈夫だ、僕なら出来できる。彼女を見つけることが出来るさ。だからこそ、自分自身を信じて意識をぎ澄ませろ。

 そうして、しばらく切られるだけだったけど。なんとなく何処どこを切られるのかが理解できるようになり。体をわずかにみぎにずらした。なんとなく、刀が左横を通り過ぎたような気がした。

「っ⁉」

 驚いたような気配けはいつたわってくる。どうやら、けられたことがかなり意外だったらしい。しかし、続く一撃はかわせなかった。まだ、十分に見切れているとは言い難いらしい。だけど、コツはつかんだ。

 続く一撃を回避かいひした。しかし、ぎりぎりでかわせなかった。まだ、完全にれるまで少し時間がかかるようだ。まだだ、まだ、もう少しだけ意識を研ぎ澄ませて様子を見る事に集中しゅうちゅうする。

 こうじゃないな。いや、こうか?そうして、試行しこう錯誤さくごを繰り返していくうちにやがて徐々じょじょにではあるものの、栞を認識にんしきできるようになってきた。だけど、やはりまだ完璧かんぺきにはいかないよいうだ。

 もう、体中が傷だらけだった。しかし、それでも僕は決して余裕のみを崩さず栞に意識を集中させ続ける。大丈夫だ、この程度の傷はすぐになおる。そんな無意識下での確信が、僕にはあった。それよりも、だ。

 今、僕が見るべきは栞だけだ。ほかだれでもない。そうだ、今は栞にだけ集中していれば良いんだ。栞だけをろ。

 そうして、栞にだけ意識を集中させていき。僕は……

「っ、栞‼」

「⁉」

 見えた!

 瞬間、僕は刀を袈裟懸けさがけに振り下ろそうとする栞のうでに、自身の手を滑り込ませてそのまま刀をたたき落とした。そのままのいきおいで、それでも抵抗しようとする栞を強く強くき締める。

 息をみ、体を硬直こうちょくさせる。そんな栞を、僕はぎゅっと抱き締め、ようやく安堵あんどの息をらした。ようやくだ、ようやく、栞を見つけられた。

「栞、僕は君のことが大好だいすきだ。それは、今でも決してわっちゃいない。君はどう思っている?僕のことを、どう思っているんだ?」

「私、は……」

 栞は何かを言おうとして、口をつぐむ。どうしても、そこからさきを言うことが出来ないのだろう。

 どうしてもそのさきを言うことが出来ず、素直すなおに本音を話すことが出来ない。そんな彼女の姿に僕は思わずおかしくなり、小さくき出してしまった。

「なあ、栞。僕はさっき言ったとおり栞のことが大好だいすきだ。うん、本当にどうしようもないくらいに大好だいすきなんだと思う。君はどうだ?僕のことをどう思っている?栞自身の本音がりたいんだ」

「……晴斗はるくんなら、私の本音ほんねなんてかなくても、もうとっくに分かっているんじゃないの?晴斗はるくんなら、私の気持きもちくらい」

「それがげでしかないことくらいっているだろ?僕は、栞自身の口から本音をきたいんだよ」

 その言葉ことばに、栞はしばらくだまり込んでいた。けど、それでも栞自身が口を開いてくれるまで黙って待っている。栞が心をひらいてくれるのを、つ。

 そんなわずかな静寂せいじゃく。やがて、栞は重い口を開いて……

「私は、私だって、晴斗はるくんのことが大好だいすき。大好き、だよ……」

「ああ、僕も栞のことが大好きだ。ずっと、初めてったあの日から。栞にすくわれたあの日から、君のことが大好きだった」

「私も、晴斗はるくんのことが大好き。どうしようもないくらい、もうどうにかなっちゃいそうなくらいに大好きだよ」

「うん、ありがとう。僕も大好きだ、栞」

 そうして、きじゃくる栞を改めてぎゅっとき締め、優しく背中をでる。

 大好きだ。あいしてる。そう、口にすれば陳腐ちんぷだけども。けど、それでも言わずにいられない言葉。言わないとしっかりつたわらない言葉。それを、言葉にして口にするからこそ意味いみが生まれるのだろう。

 僕は、そう思っている。そう、かんじている。

 だって、こうして僕と栞はようやくおもいでつながることが出来たから。ようやく栞と分かり合うことが出来たから。

 声を上げて泣きじゃくる栞。もう、栞の認識にんしき操作そうさけているのだろう。慌てた様子で僕たちにけ寄ってくる京一郎さんたち。

 けど、そんなことはもはやどうでもい。きっと、今栞と僕は分かり合えているんだろうと思う。分かり合えたんだと思う。

 きじゃくる栞。彼女は泣きじゃくりながら、しゃくりあげながら、それでも止まるに止まれない理由を話し始めた。栞の、栞自身の心の奥底おくそこにあった根幹こんかん

 もはや、止まれなくなった理由のっこ。

「でも、もう無理むりだよ。私には、もうまることなんて出来ない。あの日、私自身の手でお父さんを殺したあの日から、あのから私に……」

 そうだ、栞にはその事実じじつがあった。栞は、僕に対してつみを償うために実の父親を手に掛けた自覚じかくがある。だから、きっと彼女にはもう後に引けなかったのだろうと思っている。

 その気持きもちは理解りかいできるし、なるほどとも思っている。

 けど、その事実に僕はわずかな疑問ぎもんを覚えている。いや、いっそ不審ふしんにすら思っているほどだ。

 本当に、栞の父親は。御門みかど輪廻りんねは……

「京一郎さん。一つだけ、質問しつもんをしてもいですか?」

「ああ、かまわない。だが、本当に大丈夫か?ずいぶんと傷だらけだが」

「大丈夫です、この程度ていどはほっとけばすぐにでもなおります」

「そ、そうか。で、質問しつもんとはなんだ?」

 僕の質問。それは至って単純な疑問ぎもんだ。

「栞の父親。御門みかど輪廻りんねですが、彼は本当にくなっていますか?」

晴斗はる、くん……何を?」

「ふむ、それはどういうことかな?」

簡単かんたんですよ。栞の父親が本当にくなっていて、栞がいきなりこの地に引っ越してきたのなら、どうして警察が大きくうごかないのかってね」

 ずっと、疑問ぎもんに思っていたんだ。どうして、人ひとりが死ぬような事件が起きてその直後に、それもむすめである栞が一人暮ひとりぐらしをするようになったにも関わらず、大きな事件としてさわがれることが全く無かったのだろうか?

 そもそも、それほどの事件がきたなら、栞に警察の監視かんしが向くはずだ。少なくとも警察にとって栞は重要じゅうよう参考人さんこうにんになるはず。にもかかわらず、栞は自由にやれていたのはどういうことだろうか?

 もし、栞の父親が本当はきていたなら。或いは、死を偽装ぎそうして、更には娘の凶行を隠していたなら。もしかして……

 そう思って、京一郎さんにいてみたのだが。

御門みかど輪廻りんねか。確かに、彼はまだ死んではいない」

「っ、そんな⁉」

 やっぱり、そうだったか。僕の疑問ぎもんが、点と点がつながって、ようやく核心に変わった瞬間だった。

 そうだ、栞の父親。御門輪廻はまだきている。

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