19、喧嘩という名の対話2

 人工島と本島を繋ぐ直通電車の中、栞が不安ふあんそうな声で僕にいかけてくる。

 その声はとても不安ふあんそうで。か細く弱々よわよわしかった。

「ねえ、本当に私と喧嘩けんかをするつもり?」

喧嘩けんかしたくないのか?栞は」

「……………………」

 だまり込む。そんな栞に、僕は思わず苦笑くしょうこぼした。

 何だか、栞がき去りにされた子供こどもみたいな顔をしていて。それがおかしくなってしまったから。分かっている、不謹慎ふきんしんなことくらいは。それでも、僕はそんな栞を見てかったと思ってしまったのは本当だ。

 そうだ、栞だってこんなことはしたくないんだろう。きっと、心のなかでは死にたくなんてないはずだ。殺させたくなんてないはずなんだ。誰も、殺し合いなんてしたくはないだろう。それを、改めて理解りかいして。心底から安心あんしんした。

 けど、そんなおもいを栞は責任感せきにんかん義務感ぎむかんでフタをしている。ただ、それだけの事なんだろうとおもう。

 だから、

大丈夫だいじょうぶだよ。きっと、僕たちはかり合えると信じている。栞の気持ちを理解するつもりだし、僕の気持ちを理解してもらえると信じている」

からないよ、ちっとも……」

「ああ、そうだろうね。でも、僕は栞の気持ちを心から理解したいと、そう本心から思っているよ。栞の気持ちを本心から理解したいし。僕の気持ちを本心から理解して欲しいと思っている。だから、栞も僕に遠慮えんりょなく素直にって欲しいんだ。何も遠慮する必要なんて無いんだよ」

「分からないよ、ちっとも。晴斗はるくんの気持ちなんて全くからない。私を殺してくれればきっと、全てはわるはずなのに。なのに、どうして?」

「分からないなら、分かり合おう。僕も栞の気持ちをけ止めるからさ」

「そんなの、」

「大丈夫だよ、時間じかんはまだ十分ある。だから、あせる必要は無いよ」

「分からないよ。ちっとも、分からない。なにも……」

 分からないと、そううわごとのようにり返す栞。だけど、それでも彼女はうっすらとわらっていた。まるで、心底から安心あんしんしたかのように。それでも、素直に頷けないのかねたように分からないと繰り返していた。

 そんな栞を、僕はそっとき寄せた。彼女は少しだけ、拒絶きょぜつするかのように抵抗する素振そぶりりを見せた。けど、それでも強引ごういんき寄せる僕に、そっと苦笑を浮かべて抵抗するのをめそっと僕の肩に寄り掛かった。

 やさしいひと時。あたたかい、何気なにげない時間。そんな時間が、何時までも続けば良いと思ってしまう。けど、そうもいかないだろう。

 僕たちは、少しだけあまえすぎたのだろうから。

 そうだ、僕たちは少し甘えすぎたんだ。この関係性かんけいせいに、僕も栞も甘えすぎてしまったから。だから、もう此処ここわりにしよう。僕たちの、これからのために。

 そんな時、栞がふと何気なく口から弱音よわねこぼした。

「どうして、こんな事になったんだろう。私は、何を間違まちがえたのかな」

「………………」

「ねえ、晴斗はるくん。おぼえてる?私と晴斗はるくんが初めて出会った、次の日を」

「ああ」

 おぼえている。あの日、どうしてか栞はひどくち込んでいた。そんな栞をなぐさめたくて僕は必死ひっしになっていたっけ。

 そうだ、あの日からきっとすべてが始まっていたんだろう。僕と栞の運命うんめいは定まっていたんだろうと思うから。

 だから、僕はその運命うんめいを切りくずすために。

「ねえ、晴斗はるくん。私はあの日から、ずっと晴斗はるくんのことを……」

 そこまで言った栞に、僕はそっとったを掛けた。

 かっている。そのさきの言葉は、今は言うべきじゃないということを。今はまだその先を聞くべきじゃないということを。

「栞、そこからさきは、今は言うべきじゃない。きっと、それを言うべきなのは僕と栞がきちんと仲直なかなおりをした後だと思う」

「………………」

 とても不満ふまんそうな顔を、栞はした。そんな彼女を、僕は苦笑まじりにそっと大丈夫だとたしなめる。

 大丈夫、僕たちはきっと……

「そんな顔をしないでよ。大丈夫、僕たちはきっと仲直なかなおり出来るさ。僕たちが出会ったあの日のように、きっと僕と栞はまたたのしく一緒にわらい合えるよ」

「そんな日なんて、もう」

出来できるさ。僕がしてみせる。かならず、してみせるから」

 そうだ、僕と栞は仲直なかなおり出来る。してみせる。必ず、あの日のように僕と栞が互いに笑い合える日を、り戻してみせる。

 そう、堅くちかったから。きっと、今度こそ。

 そうして、僕と栞は二人、電車にられながら本島の駅までごした。どこまでも暖かでおだやかな時間だった。

 こんな時間が、いつまでもつづけば良いと。思わずそう思ってしまう。けど、そうもいかないだろう。そうだ、僕たちはこれまでの関係かんけいわらせるために。

 新しく関係をやり直すために。僕たちはさきすすむんだ。

 そして、ついに本島の駅に着いた。僕と栞は駅のホームにりる。

 改札かいさつを出て、しばらくまちを歩き続ける僕たち。そんな僕たちを、駅を出たあたりから追跡ついせきしてくる視線しせんがあった。もちろん、栞もそれに気づいているだろう。とても居心地がわるそうだった。

「ねえ、晴斗はるくん」

「ああ、分かっているよ。大丈夫、僕たちをがいするような人たちじゃない」

「気付いているの?あの人たちの正体しょうたいに」

「ああ、まあね」

 そう言って、僕は栞の腕をそっと引きせる。自然に、栞は僕に引き寄せられて体を寄せ合う形になった。

 頬を赤くめる栞。そんな彼女に、僕はいたずらめいたみを向ける。そんな僕に栞は口をとがらせてそっぽを向いた。うん、まあ青春せいしゅんだね。僕たちを追跡している人たちからすれば、何を見せられているんだという気持ちになるだろうけど。まあそれはどうでもいか。

 この程度は流石さすがに、ね。いわゆるてつけという奴だ。

 そういう意味で、僕は追跡ついせきしている人たちに視線を送った。相手はそんな僕に苦笑を返している。分かっているさ、だからこの程度ていどゆるしてくれよ。

 そんな僕に、ぎゅっと栞がふくれっ面で腕をつねってくる。ごめんって、分かっているよ。これはあくまで僕の個人的な独占欲どくせんよくだ。

 僕だって、栞のことを独占どくせんしたいと思っているし。それに、栞が僕の大切な人だって周囲にしらしめたい気持ちになる。それがかっているのか、栞はふくれっ面のままぼそっと呟いた。

晴斗はるくんの、馬鹿ばか

「ごめんって。大好だいすきだよ、栞」

馬鹿ばか

 うん、かっているさ。さっきから、周囲しゅういの人たちがにやにやとほほえまし気に僕たちを見ているのを。とても、面白おもしろそうなものを見ているような目で、僕たちのことを見ているのを。

 近所のおばさんなんて、あらまあわかいって良いわねと、微笑ほほえみながらにこやかに隣のおばさんと談笑だんしょうしている。

 これまた近所のお兄さんなんて、見せつけやがってと皮肉ひにくたっぷりな笑みを僕に向けてきている。その弟は、まだちいさいのか状況をうまく理解出来ていないようでこてんと首をかしげていた。

 そんな視線に、栞は余計にちぢこまってしまう。顔はすでに、ゆでだこのように真っ赤に染まっていた。そんな彼女を、ついかわいいと思ってしまう。

 うん、やっぱり僕はどうしようもないくらいに栞が大好だいすきなんだな。そう改めて理解してしまった。

 理解して、余計に独占欲どくせんよくしていくのを感じた。うん、やっぱり僕は栞のことが大好きなんだな。そう自覚した。今更いまさらだけどね。

 そうして、しばらくあるいていく。やがて、大通りをはなれて住宅街に入っていきそのまま更にさきへと歩いていく。

 そこに至って、ようやく行先いきさきに気付いたようだ。栞がはっと息を呑んだのを、僕は察した。

晴斗はるくん、このさきってまさか」

「ああ、そうだよ。もうそろそろ着く」 

 そう言って、さらにあるいていく。そうして、ようやくたどり着いたのは僕がお世話になっている昴さんのはたらいている病院びょういん

 その近所にある児童じどう公園こうえんだった。

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