20、喧嘩という名の対話3

 病院のすぐ近所にある児童じどう公園こうえん。そうだ、此処ここで僕と栞は出会った。僕と栞はこの児童公園で出会って、そしてこいをしたんだ。

「僕と栞が対話たいわをするには、此処が一番いちばんだろ?」

喧嘩けんか、じゃなくて……?」

「まあ、対等たいとうな喧嘩は対話と同等どうとうだってうからな」

「………………」

 栞は不満ふまんそうだった。やはり、今の彼女は本音ほんね本心ほんしんよりも義務感や責任感のほうが強いらしい。思わず、苦笑をこぼしてしまう。

 まあ、今はそれよりもさきに済ませておくことがあるだろう。そう思い、僕はさっきからこっそりと僕たちを監視かんししている人たちの方を向いた。

るんでしょう?そろそろて来ても良いのでは?京一郎さん」

「やはり、バレていたか」

 そう言って、てきたのは霧崎京一郎警視総監と春日部刑事部長、そして遠山警部補の三人だった。

 三人とも、バツがわるそうなかおで出てくる。なんだか、いたずらがバレた少年のような表情だったけど、僕はっている。

 その表情も演技えんぎだってことくらい。

「何がバレたか、ですか。すでにバレている事はっていたくせに」

「まあな、それよりも本当に自分たちだけで解決かいけつするつもりなのか?その子が晴斗くんを襲撃した張本人だろう?」

「はい、ですがこればかりは僕たちだけで解決かいけつしないといけないんです。僕と彼女の間で、二人だけの間で解決しないと、」

 そこまで言った瞬間しゅんかん、間に春日部警部がって入った。

 どうやら、まだ納得出来ていないらしい。まあ、仕方しかたがないだろう。彼だって警察官だから、目の前で事件の加害者かがいしゃ被害者ひがいしゃが居るのに何も出来ないなんて納得できないだろう。

「本当に、君自身それでもいんですか?君はあくまで被害者ひがいしゃで、彼女は加害者かがいしゃでしょうに。君は大怪我おおけがわされたんですよ?」

ちがいます、今回の事件はたんに僕と彼女の間ですれ違いがあっただけで。本当にそれだけの話でしかないんです。それに、単純たんじゅんに加害者として相手を逮捕するだけが警察としての仕事でしょうか?本当ほんとうに、それで事件を解決したと言えるのですか?」

「それは、只のい訳では……」

 そうだ、これはただのい訳であり屁理屈へりくつでもある。それでも、僕はこの言い訳のために彼女とき合おうとしている。この言い訳のためだけに、彼女と対話たいわをしようとしているのだから。

 それを、他でもない警察に邪魔じゃまされたくはない。

 かっている。これは、単純な僕の意地いじだ。僕は、意地のためにこうして全力を出して頑張がんばるんだ。他でもない、自分自身のために。栞を救いたいと思った。自分の想いに素直になるためにも。

 それでも、納得できない様子の春日部警部。遠山警部補も、まだ納得できないらしく憮然ぶぜんとしている。そんな二人に、京一郎さんがなだめるように言った。

「そこまでだ、春日部刑事部部長。そして、遠山警部補もだ。これ以上、晴斗くんに何を言っても彼は断固だんことしてき入れないだろう。それくらい、彼は覚悟かくごを決めてきているらしい」

「ですが、警視総監」

「ああ、かっている。だから、君たちがどうやって仲直なかなおりするかはともかく我々がそれを監視かんししておくこととする。それだけは、約束してもらうよ。もし、その間に不穏ふおんな何かがあった場合は遠慮なくめさせてもらうからね」

「はい、了承りょうしょうしました」

 京一郎さんの言葉に、僕は素直に頷いた。これは、京一郎さんなりの譲歩じょうほだろうと思っている。彼は、彼なりに僕を信頼しんらいしてくれているのだろう。

 だから、その信頼しんらいそこなうようなことをするなよ。そう、京一郎さんはあんに言っているのだろう。

 それ自体は分かっている。分かっているし、遵守じゅんしゅするつもりだ。

 けど、彼女はどうだろうか?他でもない、栞はどうだろうか?

 思えば、彼女はオカルト染みた能力のうりょく保有ほゆうしている。休校中とはいえ、学校内へ二人の生徒が侵入しんにゅうしても気づく人が全く居なかった。流石に、休校中とはいえ巡回する警備員けいびいん教員きょういんくらいは居てもよかったはずなのに。

 そして、僕の目の前でどこからともなく出現しゅつげんさせたあの日本刀にほんとう。更に、みんなに気付かれずに僕のそばに居続けたこと。それも明らかにおかしいだろう。どう考えても常軌じょうきいっしている。明らかに、一種のオカルト的な超技術がかかわっているだろう。

 まあ、それも今は彼女自身明かすことが出来ないようだけど。

 それなら、それでいだろう。彼女が明かすつもりがないなら、今はそれでも構わない。それをんだうえで、僕は彼女と仲直なかなおりをするだけだ。

「栞も、それでいな?」

「……………………」

 納得出来ないようで、だまり込む。その視線しせんの先には、京一郎さんの姿が。どうやら彼を警戒けいかいしているらしい。

 やはり、警察官けいさつかんの。それも警察官たちのトップである警視総監が直々じきじきに来るとはおもってもいなかったのだろう。

 まあ、そこは僕だって予想外よそうがいだったけれど。仕方がないとあきらめるしかない。

 京一郎さんだって、警察官たちをたばねるトップとして。そして、一人の警察官としての責任せきにんがあるのだろう。今回は、そこをほんの少しだけげてくれたに過ぎないのだろうから。

 それは、単に僕に対する一種の信頼しんらいがあったからに過ぎない。だから、僕だってその信頼を裏切うらぎるわけにはいかないだろう。かっている、そこは僕自身裏切るつもりは一切無いから。

「どうしても、納得できないか?」

「……いえ、べつに」

 どうやら、無理やり自分自身を納得させたらしい。少し、強引ごういんではあるけど何とか納得だけはしてくれたらしい。

 春日部警部も遠山警部補も、しぶしぶ納得したみたいだ。まだ、完全かんぜんには納得できてはいないようだったけれど。それでも、今回だけはいてくれるならそれに越したことは無いだろう。

 けど、それでも。

 どこか栞の目は未だに不安定ふあんていだ。あぶなっかしいというか、何かあったら強引な手段しゅだんを打ってくるだあろう。そんないやな予感を感じさせる目というか。

 そう思い、少しだけ手を打っておくことにした。手段はこうじておく。

「京一郎さん。すこしだけ、僕と栞からはなれた場所に居てもらえますか?」

「ん、何か気になることでもあるのか?それとも、かれたくないことでも?」

「いえ、少しだけ保険ほけんを掛けておこうと思いまして」

「そう、か」

 それだけ言うと、京一郎さんは二人の警察官を引き連れてその場をはなれた。

 よし、あれだけ離れてくれれば、少なくとも京一郎さんたちに被害ひがいが及ぶことは無いだろう。そう判断して、僕は再び栞と向かい合った。

「ごめん、少しだけたせた」

「良いよ、別に。これで、私も晴斗はるくんにつみつぐなうことが出来ると思えば不思議と心があらわれるような気がするよ。うん、これでようやく」

「そう、か。最後に一つだけいておくことにするよ。本当に、もうこれ以外に方法は無いと思っているんだね?此処ここみとどまるつもりは無いんだね?」

「無いよ。私は、私の手はもうで染まっているから。もう、ち止まる選択肢せんたくしなんてどこにもありはしないんだから」

「そうか、ごめんな。栞だけにそんなことを背負せおわせて」

「別に、晴斗はるくんがあやまることじゃないよ。これは、私だけが背負うべき、私だけの十字架だから。すべて、私が背負っていくべきものだから」

「そうか、でもごめん。それでも僕は、君のことが大好だいすきだから。君にだけ背負わせたくなんてなかったよ。それだけは、どうかかって欲しい」

「………………」

「だから、それを理解りかいしてもらうためにも。て欲しい、全てけ止めるから。全力で受け止めるから、どうかて欲しい」

「うん‼」

 そうして、栞は僕に向かって突貫とっかんするようにび込んできた。こうして、僕と栞の喧嘩けんかという名の対話たいわははじまった。

 そう、栞とかり合うために。栞の心を救うために。僕は全力を尽くして頑張るんだよ。ここが、全力ぜんりょくくすべき場所だ。

 そう、自覚じかくして。

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