18、喧嘩という名の対話1

 アイテムボックスから出たら、何故か愛美ちゃんが栞をにらみつけている。何を言っているのか分からないけど、僕もからない。

 一体、何があったんだ?どうして、こんな状況じょうきょうに?

 ともかく、吉蔵さんにでもいてみよう。

「えっと、どうしてこうなっているんでしょう?吉蔵さん?」

「ああ、うん。やっぱり私にくか。まあ、要するにこれはね、ちょっとした意地の張り合い?いや、女の子同士の喧嘩けんか?私にもよくからないな」

「なかなか曖昧あいまいですね。えっと、とりあえず最初さいしょから順を追って、状況を説明してくれます?」

 とりあえず、最初から順を追って説明してもらうことにした。

 つまり、そもそものきっかけは栞の一言ひとことにあったらしい。僕がアイテムボックスのなかに居る間、栞が恐る恐るといった様子ようすで愛美ちゃんに聞いたんだとか。

『愛美さん、でしたっけ?愛美さんは晴斗はるくんとどんな関係かんけいですか?』

 その言葉に、少し不快ふかいそうにした愛美ちゃん。だけど、この時はそれを呑み込んだようでそっとふかめのため息を吐いて、返答へんとうかえした。

 少しばかり、とげの入った視線しせんを送りながら。愛美ちゃん、おこってる?

『それを私にいてどうするつもりですか?栞さん。貴女はすで気付きづいているはずでしょう?晴斗さまの気持きもちを』

『私、は……』

『晴斗さまは貴女のことを深くあいしています。強い好意こういを寄せているのを、貴女自身よくっているはずです。私は、そんな晴斗さまのおもいの深さを知っているからこそ身をくことを決めました。貴女はどうですか?』

『私、は……そんな資格しかくなんて無い。晴斗はるくんにおもわれる資格なんて、』

 ぼそっと口ごもるようにつぶやいたその一言。それで、どうやら愛美ちゃんは爆発したらしい。他の皆の面前めんぜんで、強く栞を叱責しっせきしたようだ。

 そして、その直後。僕がもどってきたらしい。うん、間がわるい。

 そう思っていると……

「別に晴斗さまがのぞむなら。晴斗さまがしあわせなら、貴女でも構わなかった。ですけど貴女は、本当に晴斗さまの幸せを望んでいるのですか?」

「それ、は……」

 今までにないほどのいきおいで、愛美ちゃんはおこっていた。うん、かなりキレている気がするな。

 いや、かっている。愛美ちゃんは、僕のためにおこっているんだ。

「それで、本当ほんとうに晴斗さまがしあわせになれると?本当に、そう思っているのです?貴女は晴斗さまのことを想ってやっているようで、本当はただ、自分のつみの意識をどうにかしたいだけでは?」

「私は、晴斗はるくんのことを……」

 それ以上、栞は何もうことが出来できないようだった。何も、言うことが出来ずに口をつぐんでしまった。

 くやしそうに、涙をにじませて歯をいしばる。そこに、愛美ちゃんは更に踏み込もうと口をひらこうとする。そんな二人を、僕は間にって入った。

「そこまでだ、愛美ちゃん。ここからさきは、僕にまかせてはくれないか?」

「晴斗さま?」

晴斗はる、くん……」

 二人が、怪訝けげんそうな視線しせんを僕に向けてくる。そんな二人に、僕は苦笑まじりに謝罪をした。本当にわるいと、そんな謝意しゃいを籠めて僕は頭を下げる。

「ごめん、今まで僕がふがいなかったから、二人になさけないところを見せてしまったようだ。本当にごめん」

「いえ、そのような。晴斗さまがあやまることでは‼」

晴斗はるくん?」

「いや、すべて僕のせいだ。だから、今度は僕が覚悟かくごを決めるばんだ。僕がやらないといけないんだ」

晴斗はるくん?何を……」

 少し、不安ふあんそうにする栞と愛美ちゃん。そんな二人に、僕は今度こそ覚悟を決めた目で宣言せんげんするように言った。

 いや、みんなをゆっくりと見まわして。僕は力強く宣言せんげんする。

「一度、僕は栞と喧嘩けんかをするよ」

「晴斗さま⁉」

晴斗はるくん⁉」

 その言葉には、流石にみんなおどろいたようだ。ありていに言えば、全員がうろたえるように僕をまっすぐ見つめている。まあ、当然だよなそりゃ……

 けど、かまわない。僕は決して僕自身の言葉をり消さない。今まで、情けない姿を見せていたツケがまわってきただけだ。ただ、それだけのことでしか無いんだろうとそう思っている。

 だから、僕は今度こそ栞とかりあう為に。今度こそ、栞に僕自身の言葉を届けるために。喧嘩けんかをする、その覚悟かくごめるんだ。

 今まで、栞にだけ背負せおわせてきた。僕自身、背負おうとせずにげ続けてきたそのツケを支払しはらうんだ。ただ、それだけの事だろう?

 だから、

「栞、今度こそ。僕は栞に僕自身の気持きもちを理解りかいしてもらうために。栞と喧嘩けんかをする覚悟を決めるよ。覚悟しろよ」

晴斗はるくん……」

少し、かなしそうな表情をする栞。その姿を見て、僕は確信かくしんする。

 やはり、栞はいまも覚悟を決めきれていない。僕に対し、つみを償うとか言っておきながら。それでいて、僕に人殺ひとごろしの汚名おめいを着せるのを良しと出来ない自分自身とせめぎっている状況なのだろう。

 いや、あるいは単純たんじゅんに僕に人殺しをさせることそのものを許容きょようできないだけなのだろうか。まあ、そこは別にかまわない。栞がそこで踏みとどまってくれている、そこを確認できただけでしとしよう。少しだけ、安心あんしんした。

 そんな僕に、昴さんが少し困惑こんわくした様子で寄ってくる。

「本当に、良いのかい。晴斗くん?それは、結果次第では本当にり返しのつかないことになるかもしれないんだよ?」

「今まで、げ続けてきた結果けっかですから。ですが、そんなことには絶対にさせませんしするつもりもありません。これは、すべて栞とかり合うためですから」

「そうかい?でも、」

「昴さん。いえ、義父とうさん。僕は今まで、ずっとげ続けてきました。家族を失ってからずっと、心のどこかで現実げんじつから目をそむけて、逃げ続けてきました。その結果がこの事態じたいだったんだと思います。ですから今度こそ、今度こそ僕は、逃げずにまっすぐち向かおうと思います」

「晴斗くん……」

「ですので、今度こそ僕は絶対にげません。まっすぐ栞と、現実げんじつと向かい合おうと思います」

 げずに、まっすぐ喧嘩けんかしようと思う。それが、僕自身の覚悟の現れだと信じているから。だから……

 そんな僕に、今度は愛美ちゃんがかなしそうな表情でいてきた。

「本当に、いのですか?晴斗さまは、」

「良いんだ。今までずっと、げ続けてきたツケがまわってきただけだから」

「ですが、それは!」

 悲鳴ひめいを上げるように、さけぶ愛美ちゃん。そんな彼女を、僕はあくまで優しい笑顔で静止せいしする。片手で、愛美ちゃんをいさめるように制した。

 彼女の頭にぽんと手をせ、優しくでる。それだけで、くしゃりと愛美ちゃんは悲しそうな表情をした。うん、ごめんなさい。

「今までなさけない姿すがたを見せてきてごめんなさい。だけど、今度こそ頑張る。すごく頑張るから。うん、きっと何とかしてみせるよ。約束やくそくする」

「晴斗さま……」

「みんなも、きっと栞と仲直なかなおりして無事ぶじもどってくるから。それまでどうかっていてくれないかな?頑張るから、きっと頑張ってみせるから。絶対に仲直りしてもどってくると、約束やくそくするから」

 そう言って、栞と一緒にこうとする。そんな僕に、昴さんが声を掛けた。

 その表情は、どこまでもまっすぐで。そして、真剣しんけんだった。

「晴斗くん。一つだけ、わせてもらっていいかな?」

「はい、何でしょうか?」

「晴斗くんは、今までもずっと頑張がんばって生きてきました。ずっとずっと、頑張って必死に生きてきました。それだけは、どうか自覚じかくして下さい。晴斗くんが自分のことをそんな風にめ続けるのは、僕たちからすればかなしすぎます」

「……はい、かりました」

 そうして、僕は栞と一緒に銀行ビルをた。最後まで、栞は困惑こんわくした。あるいは悲しそうな表情で僕をていた。

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