17、遺品《アーティファクト》5

 そう、そこに居たのはりし日の父さんと母さんの姿すがただった。スクリーン上に映し出された映像には、苦笑くしょうを浮かべ、それでも在りし日のおだやかさを内包した父さんと母さんの姿すがたが映し出されていた。その姿に、思わず僕は目になみだを浮かべる。

「父さん、母さん……」

晴斗はる、これをお前が見ているということは、やはり俺たちはこのに居ないということなのだろう。俺たちはあいつに、輪廻りんねの手によって死亡して、既にこの世に居ないものだと理解りかいしている。だから、俺たちは最後の抵抗ていこうとしてこの記録をのこしておくことにする。すまない』

「っ⁉」

『本来なら、お前にのこしておきたい言葉ことばも言いたいことも山ほどある。そんなことをしなくても、実際にめんと向かって言いたいことだって山ほどあるんだ。でも、残念ざんねんながらそんなことも言っていられないだろう。ゆえに、こうして動画にしてのこしておくことにする。本当にすまない、お前ひとりに押し付けるようで心苦しい』

 本当に、もうし訳なさそうに言う父さん。しかし、それでも表情は苦笑を浮かべたままだ。何か、まだあるのだろうか?

 そう思っていると、今度は母さんが口をひらいた。

『もうすでに、そこに居るはずの疑似ぎじ人格じんかくAIに聞いているでしょうけど。晴斗はる、あなたの体内には私たちがこの世につくり出した仮想粒子、マナが遺伝子情報としてみ込まれているはず。その粒子には、言ってみれば神秘しんぴという人の願いをかくにした概念を媒介する驚異的な力が存在しているの』

 マナ。マナ粒子。

 要するに、マナ粒子には神秘しんぴという概念からエネルギーを抽出してこの世に出力する力があるという。その神秘というエネルギーこそがこのマナ粒子の神髄であり真骨頂らしい。

 言ってみれば、マナ粒子には神秘しんぴという概念から人の願いを抽出して特殊とくしゅな能力として発現させる力があるようだ。人の根源的願望をみ取って、それを概念化して特殊な能力のうりょくとして発現させる。それこそが、マナ粒子だとか。

 むろん、それだけなら単に異能力いのうりょく超能力ちょうのうりょくと呼ぶべきだろう。この粒子が驚異的な性能せいのうを発揮するのはここから先。要するに、マナ粒子はふるい神秘や法をこの世に出力させるだけの力が存在していること。すなわち、魔術まじゅつ魔法まほうといった旧い技術体系を科学的に再現して引き出す性能があることだった。

 要するに、量子力学的な可能性かのうせいとして旧い概念や法を現実げんじつに引き寄せる。そんな理論上ありえない空想くうそうを可能としたのがこの仮想粒子らしい。

 簡単かんたんに説明すれば、世界から魔術まじゅつ魔法まほうといった本来存在しえない可能性を現実のものとして出力して引きせる。それこそが、この粒子の最も驚異的たる所以なんだとか。

 つまり、こうなればい。ああなればいという人間の本来持つ願望が形を成して世界に出力された結果けっかこそが魔術や魔法である。そんな魔術や魔法といった旧い法をこの世界せかいに現実の可能性として引き寄せるのが仮想粒子だとか。

 そして、その驚異的な性能ゆえに、父さんと母さんは。兄さんですらもねらわれたのだろう。

 いや、だとすれば、どうして……

 そう思っていると、今度は父さんが。一転いってんして至極真面目な表情になって、重々しく口をひらいた。その真面目な表情に、思わず僕はドキッとする。息をむような真面目な表情だった。

『そこまでいたお前には、ある程度考えがおよんでいるだろう。どうして、自分だけき残ったのだろうと。もちろん、そこにはふかい意味がある。あいつには、輪廻りんねにはお前だけは殺すことが出来できないだけの理由が存在しているんだ。黒幕にもかくしている重要な秘密ひみつが』

「っ⁉そ、それは……?」

『比較的、簡単に説明せつめいしよう。俺たちには、どうしても不服ふふくでしかない。むしろ、どうしてお前ひとりにこんな事までまかせなければいけないのか納得なっとくできない』

『ふふ、空なんか絶対に納得なっとくできないって、そういってこの動画をのこすことを最後まで反対していたくらいですしね。だから、此処ここに空が居ないんだけど』

茶化ちゃかすなよ、朝日。俺はあいつにうらまれたくないんだ。けど、そうだな。それに関しては俺だって不服だ。お前にかみを、今回の黒幕を相手に一人で立ち向かわせないといけないなんて。お前が、かみに対して唯一ゆいいつの切り札だなんて……』

「……………………」

 神?神、だって?神ってあれか?神話しんわとか宗教しゅうきょうの、神?

 魔術や魔法の次は神?これは本当に現実げんじつなのか?一体、何時いつからこの世界はオカルトに侵食しんしょくされてしまったんだ?いや、しかし。

 よくよくかんがえてみる。そう言えば、僕が家族をうしなったあの日。父さんが神さまについて言及げんきゅうしていたっけな。

 晴斗はる、神様は本当にると思うか?

 あれは、つまりこういうことだったのか?そう、思っていると。

『一つ、訂正ていせいしておく。さっき神って言ったが、それはあくまで比喩上ひゆじょうの話でしかないだろう。いや、実際の話、当の黒幕本人がそう名乗なのっているようだが。その実態としてはかみなんかじゃない。もっとおぞましい、どす黒い何かだ』

「?」

『どういうことか、からないだろう。さっき言った通り、仮想粒子には旧い神秘を世界に出力させることが可能かのうな驚異的な性能せいのうを持つ。つまり、翻せばこの世界は遥か昔に本当の意味いみで魔術や魔法といった技術体系が存在していた時代があったということになる。非科学的ひかがくてきだと言いたくなるだろうが、むしろ現代の科学技術こそがその魔術魔法の派生はせいと呼んだほうがただしいだろう』

「現代科学が、魔術魔法の派生はせいだって?そんなことが……」

『人類の文明ぶんめいとは、古いものや価値観を排斥はいせき淘汰とうたしながら更新こうしんされていくものだという。その中で、古い価値観や法が後の時代にオカルトとみなされて存在そんざいしないものとなっていく』

『つまり、魔術や魔法もむかしからすれば科学技術の一端いったんだったのよ。いえ、より古い技術体系ということね。それこそ、黒幕くろまくの正体につながるヒントよ』

「そんな、ことが……」

『もうそろそろ時間がいな。残念ながら、俺たちものこされた時間が少ない。だからこそ、お前に言っておくことがある。これから、お前は大きな混乱こんらんに呑み込まれていくだろう。もしかしたら、神を名乗なのる存在が直接お前に接触してくるかもしれんしあるいは輪廻りんねかいして接触してくる可能性もあるだろう。だが、それでも』

『もう、あなたったら。それより先に言うことがあるでしょう?私たちがあの子に言うべきことはもっとほかにあるはずでしょうに』

『ああ、そうだったな。俺たちはお前のことをあいしている。お前なら、どんなことがあってもり越えられると信じている。だから、どうかくじけずに最後まで足掻あがいて生きて欲しい。大丈夫だいじょうぶだ、俺たちも、お前のためになると思って他にもいろいろと手回てまわししていることがある。どうか、有効活用して欲しい』

『私も、晴斗はるのことを愛しているわ。だから、どうかきてね。最後まで、一緒にいてあげられなくてごめんなさい』

 そう言って、動画はそこでおわわった。

 思うところは、いろいろある。けど、それでも僕がここで言うべき言葉はやはり一つだけだった。

「ありがとう、父さん母さん。僕は、僕もあいしている。大好だいすきだ」

 そう言って、ひそかに覚悟かくごを決めた。

 そんな僕に、あめが声をかけてくる。おだやかな、それでも力強い目だった。

「行くのか?」

「ああ、ありがとう。少し、いや、かなり心に整理せいりがついた気がする」

「そうか、なら良かった。じゃあ、頑張がんばっておいで。俺はお前を応援おうえんしてるよ」

「うん、ありがとう。行ってくる」

 そう言って、僕はアイテムボックスの中から出た。その先では、どうしてかしおりを強く睨みつけている愛美まなみちゃんの姿があった。そんな愛美ちゃんの視線に、栞はおびえて視線を逸らしていた。

 何で?僕の居ない間にいったいなにがあったというんだ?そんな、若干困惑するようなことがあった。

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