16、遺品《アーティファクト》4

 瞬間、僕は気付けばくろい空間の中に居た。どこだ、此処ここは?そう思っていると、空間全体にひびき渡るようなこえが聞こえてきた。

此処ここはアイテムボックスの中。言わば、特殊な収納しゅうのう空間くうかんという奴だ」

「⁉」

 その声を聞いた瞬間、僕は思わずぎょっとしてしまう。うそだ、ちがう、これは何かの間違まちがいに違いない。だって、この声のぬしは、もう3年も前に……

 そう、軽く疑心ぎしんおちいる僕の前に、そいつは現れた。僕によく似た顔立ち、背は僕よりも少しだけ高いだろう。おだやかで、いっそ子供じみた幼さすら感じさせる表情は彼の人格じんかくをよく表していた。

 そうだ、彼は。彼こそは僕の、

にいさん……?」

厳密げんみつには違うな。俺は言わば疑似ぎじ人格じんかくだ。お前の兄の人格データを参考にして作成された、要は……」

「っ、兄さん‼」

 そこまでだった。僕が、えきれたのは。

 瞬間、僕は彼の懐に飛び込んでき着いた。違う、彼じゃない。彼は、決して兄ではない。その、筈なのに。その筈だったにも関わらず。

 僕は耐える事が出来ずに、彼の懐に飛び込んでわんわんと声を上げていた。

 分かっている。彼はちがうってことくらい。でも、それでも僕は家族かぞくを失って以来かなり追い詰められていたのだろう。だから、きっとだから、僕はこうして兄にそっくりな彼を見ただけでこんなに取りみだしているんだろうと思う。

 だからこそ。いや、そんな言い訳はもう良い。僕は、兄にそっくりな彼を見て耐え切れなかっただけだ。

「やれやれ、記憶きおくの中のお前はこんなにき虫じゃなかったはずだけどな」

仕方しかたがないよ。兄さんが居なくなって、家族かぞくたちが居なくなって僕はずっと心の中で何かがけていたような感覚がしたから。ずっとずっと、それを見ないようにしてきてきたから。うあぁ、うああぁぁ……」

「ごめん、お前のことをまもってやれなくて。本当にごめんな」

「ああ、あああああぁぁ……」

 そうして、しばらく僕は兄によくた彼の胸の中でき続けた。涙が枯れ果てるまで泣き続けた。兄じゃないと知っていても、あらがえなかった。

 ……そうして、しばらくしてようやく泣き止んだ頃。無性むしょうずかしくなってきた僕はそっと離れようとしたのだけど。何故なぜか放してくれない。いや、むしろとてもにこやかな笑顔を浮かべて僕をぎゅっとき締めていた。抱き締めて、非常につやつやした笑顔えがおで僕をじっと見つめている。いや、ええ……

 何で?そうは思うけど、心当こころあたりがありすぎる。うん、さっきまで彼のむねに飛び込んで泣きわめいていた。そして、彼は兄の人格じんかくデータを参考して作られたと。

 うん、まああにならこうするだろうな。いや、絶対にそうするだろう。嫌な確信が僕の中にはあった。うん、なつかしい。分かっていながらも、僕はついつい彼に問いを投げかけてしまう。

「えっと、あの?どうしてさっきから放してくれないんでしょうか?あの、すいません放してくれません?えっと?」

「ほら、俺ってお前の兄の人格じんかくデータを参考さんこうにして作成されているだろ?だからかもしれないけど、俺はお前の兄の兄弟愛きょうだいあいも参考して作成されているんだよ」

「いや、だからって。あの、えっと?」

「そうだ、お前が俺の名前なまえを付けてくれよ。ふふ、俺がに入らなきゃお前を放してなんかやらないからな。覚悟かくごしろよ?ふふふ」

「いや、そんないことを思いついたみたいに。あぅ」

 なんかはじまった。どうしてこんなことになったのだろうか?からないけど、何か無性に選択肢せんたくし間違まちがえてしまったような気がする。

 少なくとも、僕は兄によく似た彼にき着くべきではなかっただろう。

 どうしよう、なんか僕を抱きしめながらかなりつやつやしている気が。本当に大丈夫かな、これ。危険きけんなにおいがしてきた気が。

 そうは思うけど、放してもらわないと正直困るから、僕は必死に彼の名前をかんがえることにした。その間、ずっと彼は僕を放さない。抱き締めたままだ。

「えっと、じゃああめっていうのはどうかな?兄さんを参考にして作られたなら、兄さんの空を参考してあめって……」

「……ふむ、あめか。なるほど?」

 我ながら安直あんちょくだとは思う。けど、どうやらそれほどいやではないようで、彼はしばらく考え込んだ後でにっこりと笑った。

 とてもにこやかな、良い笑顔だ。うん、兄のその顔でそんな風に笑われたら僕も思わず調子がくるってしまいそうになる。本当に、兄を見ているようで。

「うん、良いな。俺の名雨は天だ。よろしくな、晴斗はる

「あ、ああうん。さいですか」

 どうしよう。放してはくれたけど、放してくれこそしたけれど、それでもこの喜びようは少し予想外よそうがいだ。一体どうしてこうなったんだ?

 分かっている。僕のせいだってことくらいは。

 兄さんにているだけに。いや、いっそ瓜二うりふたつなだけにどうしても心の底から怒ることができない。むしろ、このノリがなつかしいとすら思えてしまう。

 僕も駄目だめなのかもしれない。駄目だめなのかもしれないけど、どうしても兄との懐かしいあの頃を思い出してしまう。

 そう思っていると、どうやら何かを思い出したらしい。天はぽんとその手をたたいて苦笑した。何か、わざとらしい気がしないでもない。しないでもないけど、そこは敢えて無視むしした。流石さすがにこれ以上はちょっとな。

「ああ、そうだ。あやうくわすれるところだった。お前がここに来たっていうことは遺品が必要になって回収かいしゅうしに来たんだよな?」

「えっと、結局遺品って何なのさ?」

「ああ、お前の受け取るべき遺品。父さんと母さんののこした、魔術まじゅつ工芸品こうげいひん。アーティファクトだ」

「アーティファクト?」

 確か、人工物じんこうぶつとか工芸品こうげいひんとかを意味する英単語だったか。でも、魔術工芸品って一体なんだ?どういう意味だ?

 そんなことを考えていると、天は頷き話をつづけた。

「そう、此処ここで言うアーティファクトとは、言わば俺たちの父さんと母さん。すなわち織神おりがみ夕也ゆうや織神おりがみ朝日あさひの作った新物質、マナ粒子を用いて製造された道具類をしてそう呼んでいる」

「マナ粒子?」

 また、妙な単語が出てきたな。えっと?僕は必死にのう高回転こうかいてんさせることで理解をしようとしている。

 父さんと母さんの作った新物質?それを用いて作られた、道具類?

「ああ、マナ粒子とは言わば神秘しんぴ媒介ばいかいする仮想かそう粒子りゅうしのことだ。それを父さんと母さんはこの世に作り出したことで、それを狙った御門みかど輪廻りんねに命をうばわれた」

「っ⁉」

御門みかど輪廻りんねは。いや、彼をうらで操る何者かは恐らくそれを利用して何かをしようとしているのだろう。けど、父さんと母さんはそれを阻止するために自分たちの作った仮想粒子をお前にのこすためのアーティファクト群とお前自身に、つまりはお前の体内たいないかくしたんだ」

「僕、自身に?」

「ああ、そうだ。お前の体内には今もねむっているはずだ。いや、もう既に覚醒状態かもしれないな。ふる神秘しんぴ媒介ばいかいし、魔術や魔法という遥か古代の奇跡きせきをも可能とする新物質たちが」

「魔術?魔法?そんな、オカルトが……」

可能かのうなんだよ。それを可能とするのが、新物質であるマナ粒子だ。要は、世界の在り方や常識じょうしきすら書きえてしまう驚異の性能を有しているんだ。そのマナ粒子という奴は」

「そんな、ことが……」

「ああ、まあそこは父さんと母さんから直接聞いたほうがはやいかもな。じゃあ、まずは俺の後ろにあるスクリーンを見てくれ」

「えっ、スクリーン⁉」

「スクリーン起動きどう、動画再生、スタート‼」

 そう言って、天はそのまま背後はいごの空間を指で指示しじした。そこには、巨大なスクリーンが存在して。その巨大スクリーンを僕が視界しかいにとらえた瞬間、一つの映像が映し出された。

 そこに居たのは、間違いなくりし日の彼らで……

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