13、遺品《アーティファクト》1

 電話をる。呆然ぼうぜんとしていた昴さんだったけど、どうやら正気に戻ったらしく至極真面目な表情で僕をじっとていた。やはり、昴さんとしては今の話の内容に思うところがあったのだろう。

 けど、それでも僕としては昴さんに何を言われようとここで引きがるわけにはいかない。栞の心をすくうために。いや、此処ここで取り繕うのはもう止そう。僕自身の意地いじのためにだ。

 僕は、僕自身の意地いじのために栞の心をすくいたいんだ。そこに、変なごまかしも取り繕いもいらないだろう。

「晴斗くん、やはり君は今回の事件について警察にゆだねるつもりは一切無いんですね?」

「はい、昴さんとしては不本意ふほんいかもしれませんけど。それでも僕は、」

「いえ、いです。晴斗くんにもまもりたいものがあるんでしょうし。けど、もし晴斗くんがこれから自分の意地いじのために向かうなら、まず僕から受け取って欲しいものがあるんです」

「受け取って、欲しいもの?」

「はい、どうかそれまで少しの間時間をいてもらえませんか?」

「…………はい」

 そうして、僕は着替きがえを済ませると昴さんと一緒に病院をた。病院を出る際に舞から一緒に行くとぐずられたけど、それは丁重にことわっておいた。うん、舞までくると少しばかり話がややこしくなりそうだ。あくまでもかんだけどね、うん。

 栞に切られた傷はもう、既に完治かんちしている。包帯ほうたいはすぐに取れた。

 たった一日でなおるようなきずじゃなかったはずだけど。いや、そもそもかなりの重傷でそう簡単に治る傷じゃなかったはずだけど。どうしてだろう?いや、むしろ切られる前よりもずっと調子ちょうしい気がするのは気のせいだろうか?少しだけ、不審ふしんに思うけれど。それを一切無視して昴さんに付いていく。

 今はそんなこと、気にしている場合ばあいじゃないだろう。そいうだ、今は栞をすくうために全霊ぜんれいを尽くすべきだ。だからこそ、そのために昴さんから受け取るものがあるというのなら、素直すなおけ取っておくべきだろう。

 そう思い、僕は黙って昴さんに付いていく。

 ・・・ ・・・ ・・・

 昴さんに付いていく。それは良いんだけど、その際、少しだけ気になったので質問をしてみる。

「えっと、そういえばですけど。僕を高校校舎で最初に発見はっけんした人って、第一発見者ってだれになっています?」

「ん?ああ、芦屋あしや道徳どうとくくんって言ったかな?」

「はい?」

「第一発見者は芦屋あしやくんだったと思うけど、なんでも彼は風紀委員長の木場きば木之葉このはさんから連絡れんらくを受けてけ付けたらしいね。晴斗くんがやばそうだから、休校中の高校校舎屋上に向かったほうが良いって、それで向かったら屋上おくじょうで一人倒れているきみを見かけたらしいですね」

「…………」

 そうか、木場さんか。まあ、結果けっかとして僕は命をすくわれたから良いけど。つくづく木場さんの情報収集能力には脱帽だつぼうするな。そう思うも、それを本人に言うと果てしなく天狗てんぐになりそうだったので言わないことにした。

 いや、それにしてもどうして木場さんは僕が休校中の高校校舎に居るってすぐに分かったんだろうか?それも、屋上に居るってドンピシャにてられたのか。

 いや、それだけじゃないだろう。あの様子ようすからして、木場さんは栞の正体しょうたい。栞の本音をある程度知っていたはずだ。一体、木場さんはどこまで事情じじょうを知っていたというのだろうか?

 分からないけど、もし……

 いや、それは別に良いだろう。木場さんは木場さんだ。彼女が僕のことを思ったうえで道徳くんに情報をわたしただけだろう?なら、そこを僕が後になってから文句を言うのは筋違いだろう。

 そう、自分を納得なっとくさせることにした。

 ん、というかこのさきって確か。そう思っていると、

「そろそろ見えてきましたよ、この先です」

「え、確かあそこは……」

 そこは、学術都市へ続く直通電車のり場だった。その乗り場の前には、学術都市の理事長である善導ぜんどう吉蔵よしぞうと娘の善導ぜんどう愛美まなみが待っていた。どうして、理事長とその娘がわざわざあんな場所にまで待っているのだろうか?今回の件は、それほどに重要じゅうようなことだというのだろうか?

 僕の姿を見つけると、愛美まなみちゃんの目がきらんとねこのごとく輝いた。

 あ、これはマズイ。そう思った瞬間、

晴斗はるとさまーーーーーっっ‼」

「うおっ、愛美ちゃん⁉どうしてきみがここに?」

「それはもう、晴斗さまがピンチといて居ても立ってもいられずにパパに着いてきたにまっています!ああ、晴斗さま、晴斗さまが血まみれになってたおれられたと聞いて私は。私は……すんすん、ああ、晴斗さまの胸の中は心地良いです。出来ることならもっとこうして晴斗さまの傍にはべりたい。晴斗さまの匂いに包まれたいですし晴斗さまのお顔を傍で見続みつづけていたいぶつぶつぶつ……」

「うん、ちょっとはなれようか。おねがいだから離れてください、愛美ちゃん」

 善導ぜんどう愛美まなみ、彼女は以前まではおしとやかな優等生ゆうとうせいで通っていたのだけど。ナンパ野郎から助けられてからまるで、タガがはずれたようにおかしくなったらしい。その姿はまるで、全力でし活をするかのようとすらうたわれている。

 うん、どうしてこうなったのだろうか?見ろ、愛娘まなむすめのそんな姿に、吉蔵さんも思わず苦笑いをしているぞ?

 いや、本当にすいません。僕のせいで愛娘がこんな事になってしまって。

 吉蔵さん曰く、以前本人に直接好きなのかどうか聞いてみたらしい。

 その返答へんとうはというと、

大好だいすきですしあいしています。けど、私はあくまで晴斗さまの幸福を第一に考えております。私は晴斗さまの恋路こいじかげながら応援しているだけでもう幸福なのです。それ以上は決してのぞみません』

 とのことだった。

 うん、これは吉蔵さんじゃなくても将来しょうらいが既に心配しんぱいだろう。僕だって、少し心配になってくるレベルだった。大丈夫だろうか、この

 心配しつつも、一向に離れない愛美ちゃんの姿に昴さんは苦笑いを浮かべる。

「晴斗くんは本当に人気者だね。これは、舞もけていられないかな?」

「いえ、舞は義理ぎりとはいえ妹ですし。それよりも、さっさと離れてくれませんかね愛美ちゃん?」

「いやです、これでも私は心配しんぱいしていたんですよ?晴斗さまが大けがを負われたと聞いて、居ても立ってもいられなかったんですからね?」

「それは、うん。ごめんだけど……」

「すんすん、ああ、このにおい。しあわせです……」

「いや、どこの匂いをいでいるのさ⁉止めて、そんな場所ばしょの匂いを嗅がないで欲しいな。ちょ、あ……」

 ちょ、それ以上はまずいって。それ以上は流石に人のが……

 って、どこに手をばして。それ以上は本当にマズイ、たすけ、助けて‼

 ……ぞくっ‼

 何故なぜか、背筋せすじ寒気さむけを感じた気がした。気のせいか?

「こらこら、もうそこまでにしないか愛美。晴斗くんもこまっているよ」

「うう、晴斗さまのにおいが遠ざかっていきます……」

 少しばかり、貞操ていそう危機ききを感じた。見ると、愛美ちゃんが僕のほうを見てじゅるりと舌なめずりをしている。うん、こわい。

 愛美ちゃんの目が、獲物えものを見る妖婦ようふの目というか。非常にあやしい目つきをしていてかなり怖い。このまま傍に居れば、いつかべられてしまいそうで、僕自身も居ても立ってもいられなくなった。

 そんな僕たちを。いや、愛娘まなむすめの姿を見て理事長である吉蔵さんはそっと重いため息を吐いたのだった。

 うん、その気持ちはいたいほど理解できます。すいません。本当にごめんなさいですはい。

 そうこうしながら、僕たちはそのまま人工島への直通電車へと乗り込んでいったのだった。愛美ちゃんのあやしい視線をすぐ傍に感じ、貞操ていそうの危機を覚えながら。

 いや、直通電車の中でずっと、この視線を感じたままなのか?もしかして。

 それから、さっきから謎の視線しせんがちくちくと感じる気が。

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