12、少女との衝突と真実5

 目をました。どうやら、僕は今病室に居るらしい。真っ白い清潔せいけつな部屋、知っている部屋だった。

 というのも、此処は昴さんのはたらいている病院びょういんの一室だ。どうやら、僕が昴さんの義理の息子だということで此処にはこばれたらしい。膝の上には、舞が子猫のようにぐっすりと気持ちよさそうにねむっているのが分かる。そっと、舞の頭をでる。猫のような奇妙きみょうな声を上げ、きゅっと体を丸めた。本当に、猫のようなだと思う。思わずくすっと笑ってしまったほどだ。

 コンコンと、ドアをノックする音がひびく。間もなくして、ドアがひらいた。そこにはスーツ姿の無精ぶしょうひげをやした男と、年若いジャケット姿の青年が居た。全く見ずらずの人たちだったけど、おそらくは警察関係者だろうと判断を付ける。

 このタイミングで来るとなると、警察関係者しかいないだろうし。それに、スーツの上からでも分かる独特のふくらみは恐らく拳銃けんじゅうだろう。私服警官だろうか。

「ん?ああ、どうやら目がめたようですね。織神おりがみ晴斗はるとくんで良かったかな?」

「ええ、そういうあなたたちは警察けいさつですよね?」

「まあ、やはりかりますかね。では、私たちが来た理由りゆうもすでに気付いていると思いますけど。早速で悪いのですが、事情じじょう聴取ちょうしゅに移らせてもらっても?」

 いきなりか。でもまあ、それが普通ふつうなのかな?警察けいさつとしては、すぐにでも事件の全容をっておきたいだろうし。

 この状況じょうきょうからして、まだ栞はつかまっていないだろうな。あくまでも、直観ちょっかんでの話だけども。壁にかかった時計とけいを見れば、既にあの事件から一日が過ぎている。

 でもまあ、だとすればいろいろと好都合こうつごうだろう。

「ええ、まあいですけど。正直ご期待にこたえられるようなことは何一つないと思いますよ?」

「……?そうですか?いた話によると、晴斗はるとくんはわざわざ休校中の高校校舎に呼び出されたと聞きますけど」

 カマをかけてみれば、やはりこの様子ではほとんど警察けいさつは知らないだろう。となれば、話は簡単かんたんだ。

 少し、うそで押しとおさせてもらう。

「ええ、ですが正直な話、相手あいての顔に心当たりは何一つありませんでした。全くらない人物です、はい」

「知らない人物じんぶつからの電話にこたえて、わざわざ休校中の高校校舎にまで出向いたとでも言うのですか?それは、すこしばかりありえないのでは」

「ええ、まあ。僕の家族、3年前にくなったほうのですけど。遺品いひんを返すとそう言われまして。さすがに無視むしも出来ずに、」

「……何だって?」

 無精ひげの警官が、思わずと言った様子で怪訝けげんな表情を浮かべた。まあ、半分以上嘘をまじえて話をしているのだけど。わざわざ馬鹿正直に本音ほんねを話す必要も何もないだろうと思う。

 実際、本当のことを正直に話せばこの二人は間違いなく栞をつかまえに行くだろうと思うし。それだけは、防がなければならない。そんな結末、僕は絶対に嫌だし認められない。

 僕は、少しかたをすくめて至って平然とうそを吐いた。ほんの少しでも、違和感を出せば勘付かんづかれるだろう。自然に平然へいぜんを装う必要がある。それは、桜木組の組員くみいんから教えてもらった一種の処世術しょせいじゅつだ。まさか、こんなところでやくに立つとは思いもしなかったけれども。まあ、成せばなるものだ。

「まあ、どうやらそれもうそだったみたいですけど。相手は僕の家族の遺品いひんなんて何一つ持っていなかったようでしたし」

「…………では、本当に相手の動機どうきも何もらないんですね?」

「はい、全く」

「そう、ですか。では何か分かったらこちらにお電話下さい」

 そう言って、無精ひげの警官は懐から名刺めいしを取り出すと僕にわたしてきた。名刺には電話番号と、名前がしるされていた。青年からも名刺を受け取る。

 ふむ、無精ひげの警官が春日部かすかべ賢吾けんご。青年のほうが遠山とおやまひとし、というらしい。ちなみに春日部さんは刑事部部長で遠山さんが警部補と来たか。なるほどね?

 そのままっていこうとする二人組に、僕は何の気なしにび止めた。まあ、一応ここはカマをかけておく。

「ああ、それから警部けいぶさん?」

「はい、何でしょうか?」

「えっと、一ついておきたいことがあるんですけど。3年前に僕の家族かぞくが亡くなったあの事件、今はどうなっていますか?」

「……ふむ、あの事件ですか」

 少しなやんだ素振りを見せる春日部さん。けど、わずかに苦笑くしょうを浮かべると静かに首を左右にった。

残念ざんねんながら、今のところ何も手掛かりはしというところですかね。これでも当時はかなり根気強く捜査そうさをしたものですけど……」

「そうですか、ありがとうございます」

 どうやら、本当に何も知らないようだ。それだけは理解りかいできた。なら、これ以上探りを入れる必要は無いな。そう判断した。

 おそらく、春日部さんのほうは僕が何かをかくしているのは薄々勘付いているだろうと思う。思うけど、それでもたぶん僕が隠している詳細しょうさい内容ないようまでは気付いていないだろう。

 今度こそ、二人は病室を去っていった。入れ替わりに、今度は昴さんが病室に入ってくる。春日部さんと遠山さんは、昴さんに頭を下げて去っていった。

「どうやら、無事に目をましたみたいですね。大丈夫ですか?何も、体に異常いじょうはありませんか?」

「ええ、まあ。それから一つ、おねがいしても良いですか?」

「はい、何でしょうか?」

「今から電話でんわを掛けるので、僕のスマホをってきてくれますか?それから、電話の内容はくれぐれも内密ないみつにお願いします」

「……何か、事情じじょうがあるんですね?」

「ええ、まあ」

 何かをさっしたようで、昴さんはそのまま壁に掛けられた血まみれのジャケットからスマホを取り出した。今更だけど、僕がていたジャケットは綺麗きれいに切られ、もはや見れたものではなくなっていた。まあ、仕方しかたがないか。

 むしろ、よくあれで生きていられたなと我ながら思う。

 スマホを受け取ると、僕はそのまま知り合いの番号ばんごうを呼び出してコールする。

 しばらく待つと、スマホから少しあわてたような声が出た。

晴斗はるくんか?目をましたのか!』

「ええ、はい。お世話せわになっております。霧崎きりさき警視総監けいしそうかん

『私と君のなかだ、そのような堅苦しい挨拶あいさつ不要ふようだろう?それより、大変な目に会ったようだな。今はもう、大丈夫だいじょうぶなのか?』

 そう、電話の相手は霧崎きりさき京一郎きょういちろう。日本の警察組織の、警察官たちのトップを張る警視総監その人だった。そんな相手に易々やすやすと電話をかけているのである、一瞬で昴さんの表情が強張こわばった。

 その反応はんのうも当然だろう。そもそも、今僕がやっていることがおかしいんだ。そこは僕自身、自覚じかくしている。

 自覚はしているけど、さすがに今回ばかりはそうも言ってはいられない。今回ばかりは、少し裏技うらわざというか、チート技を使わせてもらう。

 まあ、今はそんなことを話している場合でもないか。

「ええ、その件で一つたのみたいことがあるんですけど」

「なんだ?何か、っていることでもあるのか?」

「詳しい事情じじょうは後ほどはなしたいと思っています。ただ、今回の事件に関しては、少しばかり警察組織には手をいてもらいたいんです」

「何だと?」

 スマホの向こうから、怪訝けげんな声がこえてくる。やはり、そういう反応をするだろうとは理解していた。うん、分かっていた。

もうし訳ありません。ですが、今回の件は僕自身の手で解決かいけつしたいんです。いえ、僕自身の手で解決しないといけないんです、絶対ぜったいに」

「その事情を話すことは?」

「申し訳ありませんが、今は出来ません。我がままは承知しょうちですが、」

い。今はということは、後なら話せるという認識にんしきで良いんだな?では後で必ず話してもらうからな?それだけは、約束やくそくしてくれ」

 やはり、彼は一筋縄ひとすじなわではいかないか。当然とうぜんだけども。

「はい、必ず。かた約束やくそくします」

「ならい、今回我々はこの一件から手をこう。ただし、あくまでも今回だけだからな?そこだけはくれぐれも間違まちがえないように、良いな?」

「はい、すいません」

かまわんよ。先ほども言ったが、私と君のなかだ」

 そうして、僕は電話をった。ふぅっと、緊張きんちょうのあまりふかいため息を吐く。

 やはり、あの人相手には少し気をつかうというか。さすがににいさんみたいに上手くはいかないな。当たり前のことだけど。

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