14、遺品《アーティファクト》2

 そして、直通電車の中。座席にすわった直後だった。

「この際だから、今ここでっておきたいことがあるんだ。いかな?」

「はい、何でしょうか?」

 電車内で、吉蔵さんがはなしかけてくる。現在、電車内はガラガラにいており僕たち以外は誰もっていない。事実上、僕たちのし切り状態だった。

 まあ、あの事件じけんがあってその影響えいきょうもあるのだろう。さすがに今はほぼ誰も人工島を利用しているひとがいない状況なのだとか。ほぼ、というのは警察関係者とか立場上休むわけにはいかない人とか、そういう人たちは居るという状態だ。

 とはいえ、まあ本当に少数しょうすうだというのはまぎれもない事実だ。

 まあ、それはともかくとして。吉蔵さんの話に耳をかたむける。

「実は、私と晴斗くんの両親とはちょっとしたり合いだったんだよ。いわゆる同じ大学の先輩せんぱい後輩こうはいというやつでね」

「先輩後輩、ですか?」

「ああ、同じサークルに所属しょぞくしていたんだよ。科学かがく研究会けんきゅうかいって言ってね。昔から私たちは科学の実験にはげんでいたものだ」

「そう、ですか……」

「そこで、此処からが重要じゅうような話なんだが。その時、同じサークルに所属していたのは私と君の両親と昴くん。そして、栞くんのお父さん、御門みかど輪廻りんねくんの5人だ」

「栞のお父さんが⁉」

 おどろいた。まさか、栞のお父さんと僕の両親にそんな関係かんけいがあったなんて。

 けど、同時どうじになるほどとも思った。それなら、栞のお父さんがどうしてあの日僕の家に押し入ったのか、ある程度予測ができるだろう。栞のお父さんが何らかの個人的な怨恨えんこんを。或いはよくに駆られたのか。その線が濃厚だろうか?

 もしかしたら、僕の両親と栞のお父さんの間に何かあったというのもかんがえられるのかもしれないけれど。少なくとも、それ以上は僕にもからない何かが。

 そう、思っていると。吉蔵さんが核心的かくしんてきなことを言ってきた。

「もう大体予想はついている。おそらく、いや、間違まちがいなく君の家族を殺したのは輪廻くんだろう。そんな輪廻くんをかばうわけじゃないが、あいつは元々人を殺すような奴なんかじゃ断じてかったんだよ。非常に穏やかで、優しくて、人の痛みをきちんと理解りかいできるような奴だった。はっきり言えば、あいつが人を殺すなんて私は思っていなかったくらいだよ」

「……どういうことですか?」

 おそらく、この時の僕はけっこう殺気立っていたのだろう。自分自身、精神的な余裕が無かったのかもしれない。

 思わず、吉蔵さんにく。人を殺すようなやつじゃないなら、どうして僕の家族は殺されないといけなかったのだろうか?まさか、僕の家族に殺されるだけの理由があったとでもいうのだろうか?

 そう、疑心ぎしんられる僕に吉蔵さんは首を左右さゆうに振った。

「言ったはずだよ、別に輪廻くんをかばうわけじゃないと。事情があるんだ」

「事情、ですか?」

 僕の言葉に、吉蔵さんは静かにうなずいた。

「ああ、ある日をさかいに輪廻くんはおかしくなっていったんだ。まるで、何者かの意思が働くかのように、彼は徐々じょじょに精神的に不安定ふあんていになっていった」

「……………………」

 何者かの、意思?

 果たして、その何者かの意思とはなんなのか?分からないけど、それでも得体の知れない何かがいずり寄ってくるような、不気味な感覚が僕の背筋せすじを襲った。

「あの日、何があったのか私たちにもからない。どうして輪廻くんがあそこまで狂ってしまったのかも具体的ぐたいてきには分からない。けど、得体えたいの知れない何かの悪意が絡んでいるのは私にもはっきりと理解りかいできる」

「悪意、ですか?」

「ああ、今回の事件。恐らくは栞くんがこしたものだろう?別に、必死に否定ひていしなくても良い。我々である程度の事情は把握はあくしているつもりだ」

「栞を、警察けいさつき出すつもりですか?」

 思わず、声が上ずってしまったのは否定ひていのしようがないだろう。僕の言葉に不安が混じっていたのは事実じじつだった。

 不安からくる僕の言葉に、吉蔵さんはやはり首を左右に振った。

「いや、流石さすがにこれは警察でも対処は不可能ふかのうだろう。何せ、モノがモノだ。事情をある程度知っている者からすれば、流石にこればかりは無駄むだだろう」

 吉蔵さんは、自信を持って断言だんげんする。

「どういうことですか?」

「いろいろとはなしたいところだが、もう人工島にくころだろうな。続きは別の場所で話そう。そこに、君にわたすべきものがあるんだ」

「…………かりました」

 顔に出ていたのだろう。吉蔵さんは苦笑を浮かべて僕の頭をでた。

 少し、くすぐったい気がする。くすぐったいけど、それでも吉蔵さんの顔をまっすぐと見上げた。

「そう残念ざんねんそうな顔をするな。別に、意図的いとてきに君に事実をかくそうとしているわけじゃないんだから。大丈夫だいじょうぶだ、君とはゆっくりと事情を話していくつもりだ」

「そうですか。ですが、これだけはどうか今、おしえてもらえませんか?僕の家族はどうしてあの日、死なないといけなかったんでしょうか?」

 僕の言葉に、吉蔵さんはかなしそうな表情になった。やはり、これを僕に話すのは気が引けるというのだろうか?

 たとえ、事実じじつとはいえ僕に家族が死なないといけない事情を話すべきではないと言うのだろうか?らないほうが、しあわせなことがあると言うのだろうか?

 そう、思っていたら。こつんと頭をかる小突こづかれた。

「少し、勘違かんちがいをさせてしまったようだね。一つだけ訂正ていせいしよう。君の両親が、兄が死なないといけない事情なんて何一ついよ。夕也くんが、朝日くんが、ましてや彼らの息子むすこである君たちが被害ひがいに会わねばならない理由なんて何一つい。あくまでも君たちは被害者で犠牲者なのだから」

「……じゃあ、どうして」

悪意あくいだよ。私たちにも具体的ぐたいてきなことはからないけど、これには何者かの大きな悪意が関与かんよしているはずだ。その何者かは分からないけど、それでも輪廻くんを狂わせ君の家族を奪った卑怯ひきょう卑劣ひれつな何者かは居るはずだ」

「…………何者かの、悪意」

べつに、これを言うのは君に復讐ふくしゅうはしって欲しいからではない。それだけは重々に理解して欲しい。私がこれを君にかすのは、君がそれを理解できるだけの分別があると判断したからだよ。それだけは、分かるね?」

「……はい」

「すまない、これ以上はどうやら本当に話している時間じかんが無いようだ。もう人工島に着いたらしい」

 見ると、そこは確かに人工島の駅ホームだった。もう、着いたらしい。

 思った以上に、話にのめりこんでいたようで。少し、以外だった。僕がこんなにも一つの話題わだいにのめりこんでしまうなんて。

 でもまあ、仕方しかたがないだろう。こればっかりは、僕自身どうしてもきたかった話でもあるのだから。ある意味有意義な時間だったとっても良い。

 仕方しかたがない。これ以上は本当に話している場合ばあいじゃないだろう。そう、僕は頭のスイッチを切りえる事にした。

 そうして、僕は座席から立ち上がり直通電車をりた。

「すいません、では行きましょう。目的地もくてきちはどこです?」

「うん、人工島の中央区ちゅうおうくに超大型銀行があるだろう?人工島で唯一存在するあの銀行の本店ほんてんだよ」

「ああ、ニューオノゴロ銀行ぎんこうですか」

 ニューオノゴロ銀行。人工島で唯一存在する、超大型銀行。中央区に本店ほんてんビルが存在して、人工島各所に分店ぶんてん設置せっちされている。

 その銀行の、しかも本店ほんてんか。本店ビルは確か、かくシェルター並に堅牢けんろうな金庫があると噂があったはず。そこに何があずけられているのだろうか?

 そう思っていると、

「その銀行の、秘密地下金庫に君の両親が君のためにのこした遺品いひんが置いてある。それをこの際、君にわたしておきたいんだ」

「……何ですって?」

 思わず、で返答してしまった僕は決してわるくはないだろう。そう思うくらいに予想外だった。

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