7,少女との再会5

 道場どうじょう。そこはまさしく道場とぶにふさわしい部屋だった。綺麗に磨かれた板張りの床、奥には小さな神棚かみだなまつってある広い部屋だ。現在、その道場内には僕たち以外誰も居ない。

 もはや、すっかり大人おとなしくなってしまった道徳くん。彼を道場の中央に放り出し、その目前に竹刀しないを放り投げる。僕の手にも、一振りの竹刀が。おびえたような目で、僕を見上みあげてくる。

 別に、いじめようってわけでもないんだけど。まあ、勘違かんちがいしたなら今のうちに正しておこう。

「別に、取っておうってわけでもないぞ?僕にとって、いちばん手っ取り早い対話手段がこれくらいしか無かっただけだ」

「お前にったら、栞を俺にくれるって言うのか?」

「え、やだよ。栞は商品しょうひんじゃないんだぞ?彼女の許可きょかもなく勝手に彼女自身をけるのは流石に駄目だめだろう?」

 その言葉に、ついに我慢の限界げんかいが来たのだろう。歯をこれでもかと食いしばって僕をにらみつけてきた。もう、彼もすでにいっぱいいっぱいという感じだった。まあ、それも仕方しかたのないことなのかな?道徳くんからしたら。

 竹刀を手に、僕に向かって真っすぐにらみつけてまくしたててくる。

「じゃあ、どうして俺をここにれてきたんだ‼ヤクザの後ろ盾があるって、偉ぶりたいのかよ‼自慢話をして、俺がしあわせを追求ついきゅうしようっていうのを邪魔しようって言うつもりなのかよ‼」

ちがうよ、僕がいたいことはそんなことじゃない。けど、そうだな。もっと言いたいことがあるなら、ここで一気にき出してしまえ」

「ああ、あああ、うああああああああっ‼」

 竹刀を手に、強くにぎりしめて僕へとみ込んでくる。僕は、それを自分の竹刀で横からえるようにするりといて、相手の竹刀をからめとるように流し弾いた。

 自然しぜん、道徳くんの手から竹刀がはなれ、そのまま受け身も取れずに道場の床に無様にころんだ。くるくると宙を回る竹刀。僕はそのまま片方の手でそれを取った。そしてそのまま竹刀を道徳くんへと放り投げる。

 道徳くんの額には冷や汗がながれている。僕は、汗一つかいていない。

「ほら、まだ言いたいことがあるんじゃないか?もっと、僕にぶつけてこい」

「ちっくしょう……このっ‼」

 そうして、ふたたび道徳くんが竹刀を手に突貫とっかんするように突っ込んでくる。僕は、その隙だらけの頭にすれ違いざまに竹刀をたたき込んだ。けど、今度は彼も止まらない。

 振り返りぎわに、竹刀をよこに振るってくる。それを、僕はしたからすくい上げるように竹刀で合わせてかち上げる。宙をう竹刀。それでも止まろうとしない道徳くんはそのまま、僕にみ付こうとっ込んでくる。それを、僕は半歩後ろに引いてから頭に竹刀を軽く振り下ろした。だが、それでもまだ彼は止まらない。

 獣のような咆哮ほうこうを上げて、そのまま僕へと突っ込んでくる。そsれを、僕は横にれてするりと難なく回避かいひした。

 ……そうして、大体半時間程度過ぎ去っただろうか?

 もう、道徳くんは一ミリもうごくことができないようだ。それもまあ、仕方しかたがないだろう。すこしばかり、やりすぎた気がしないでもない。ずっと、道徳くんは僕に一撃を当てようと必死ひっしだった。僕は、それに対してずっと一方的にいなして、空いた体に竹刀を当てるを延々えんえんり返しているだけだった。

 うん、少しやりすぎたかもしれない。でも、

「すっきりしたか?道徳くん」

「な、なんなんだよ、お前……は。そん……なに、俺を……」

「別に、きみが気に食わなくてこうやって竹刀で一方的にボコっているんじゃないからね。僕はただ、君と一度ゆっくりはなし合いたかっただけだ。その手段しゅだんが、これくらいしか思いつかなかっただけだ」

「だからって、おま……」

「まあ、そう思うよな」

 そう言って、僕は道徳くんの隣にどっかり腰をろす。ぜえぜえと息を切らせ、もう彼自身一言もしゃべる元気げんきもないようだ。対し、僕は汗ひとつかいていない。

 道徳くんだって、もう理解りかいしているだろう。僕と彼の間には、それくらいの技量ぎりょうの差があるという事実じじつに。

 別に、これは嫌味いやみでも何でもない。ただ、厳然げんぜんたる日々の努力の差だ。日々の積み重ねの差。それが、ここであらわれただけだ。別に、道徳くんが努力をしていないというつもりは断じてない。けど、それでも僕だって毎日必死で修練しゅうれんを積んできた。そう簡単にゆずるわけにはいかないだろう。

 ただ、それだけの差でしかない。

「決して、僕は道徳くんの日々の努力を否定ひていしたいわけじゃないんだ。けど、僕だってずっと、頑張がんばってきた。栞だってそうだろう。みんな一緒いっしょだ」

「…………」

「あの時、道徳くんはいやがる栞を無理むりやり自分のものにしようと必死だっただろ?そうじゃないんだ、恋愛れんあい一方通行いっぽうつうこうじゃないんだよ。自分がいて、相手もいる。その双方の気持ちがつうじ合ってようやくつながるものじゃないのか?」

「…………、でも」

「ああ、これはあくまで僕のひとりよがりの言い分だ。けど、少しは頭の中に留めておいてくれないか?貴重きちょう他人たにんの意見としてさ」

「……………………」

「じゃあ、ここの人には一言だけっておくから。後はゆっくりと自分一人でかんがえてくれよ」

 もう、道徳くんは何も言ってくることはなかった。そんな彼を、僕は道場に一人置いていき、栞をれて出ていった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 オフィスビルを出たところで、僕のスマホに電話でんわがかかってきた。相手は桜木さくらぎじんだった。おやっさんの息子、つまりは兄さんの友達ともだちだ。

 電話に出た瞬間、耳元で大音響だいおんきょうの声がひびいてくる。

『お前、今日学校を早退そうたいしたんだって?ダメじゃないか、学校を早退したら‼』

「ごめん、その件に関してはおやっさんにもおこられたよ」

『じゃあ、』

「でも、その件に関してはもうわったから。ごめん、後で必ずめ合わせくらいはするよ」

『……あーもうっ、良いんだな?もう、俺が言うほどのことじゃないんだな?』

「ああ、ありがとう」

『まったく、じゃあな。今度は俺にも相談そうだんしろよ?』

「ああ、ありがとう。今度こんどはきちんと一言相談するよ」

 ぴっと、電話がれた。次の瞬間、再度スマホが盛大なコール音を響かせる。相手の名前は霧崎きりさきはな、警視総監の愛娘まなむすめだった。彼女も、兄の友達だ。

 苦笑を浮かべ、僕は電話に出る。

「はい、もしも」

『もしもし、晴斗はるとくん?あなた、学校を早退そうたいしたんですって?』

「ああ、うん。もうそっちに連絡れんらくが行ったの?」

『連絡が行ったの?じゃないでしょう!ダメじゃない、学校を早退しちゃ』

「うん、ごめんなさい。少し、事情じじょうがあったんだ」

『その事情、今話せること?』

「うーん、少し話せばながくなりそう。でも、また今度ゆっくり話すよ。必ず」

『必ずよ、かったわね?』

「うん、必ず」

『じゃ、またね。今度は私にもきちんと相談そうだんしなさいよね?』

「うん、必ず相談するよ」

 そうして、電話が切れた。大してわらなかったな、二人の電話内容。

 でも、どうしようかな。あの二人は顔が合えば必ず壮絶そうぜつ口喧嘩くちげんかをするほどに超絶仲が悪いし。とはいえ、相談しないわけにもいかない。

 仕方がない、こればっかりはね。一言も相談しなかった僕が悪いわけだし。

「ねえ、晴斗はるくんはいつもこんな風に……」

「こんな風に?」

「いえ、なんでもないよ。今日は本当にありがとう。たすかったよ」

「いえいえ、どういたしまして」

「……本当に、晴斗はるくんはやさしいね」

 そう言って、少しだけ不服ふふくそうに栞が見ているのが気になったけど。まあ、これからゆっくり話していけば良いか。そう思い、その後は軽く二人で街を散歩さんぽした後に解散することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る