6,少女との再会4

 桜木会さくらぎかい本部ほんぶ桜木組さくらぎぐみ

 目の前には、天をくような巨大なオフィスビルがあった。そのビルを前にして、呆然と口を開けて呆ける栞と道徳くん。いやまあ、確かに初めて見たらびっくりするよりもこんな反応はんのうになるのも当然だろうけど。正直、この程度ていどでびっくりして貰ってはこまるというか、なんというか。うん……

 まあ、ともかくだ。

「着いたぞ、はいろうか」

「いや、いやいやいや!いやいやいやいや‼お前、いったい何処どこに来てるんだよ!さすがにここはマズイって、ここは日本国内でも最大規模さいだいきぼのヤクザの本部事務所じゃないか‼」

「うん、そうだよ?」

「そうだよ、って。晴斗はるくん?さすがに一般的な高校生こうこうせいがヤクザの組事務所に出入りするのはマズイと思うけど……」

 まあ、栞のいたいことも理解は出来る。でも、正直心配は皆無かいむだ。

 何故なぜなら……

「心配はいらないさ。大丈夫だいじょうぶだって。ほら、くぞ」

「「あ、ちょっ」」

 二人の声が見事にハモる。同時に、僕が門前のインターホンをした。インターホンから、優しげな女性の声が響いてくる。受付うけつけの人だ。

『はい、どちら様でしょうか?』

「あ、先ほどそちらへおうかがいする連絡をした織神おりがみという者ですが」

『ああ、晴斗はるとくんですね。話はうかがっております。どうぞ、お入りください』

 直後、玄関口の扉がガチャッと音を立ててひらいた。そのまま、僕は二人を引き連れてビルに入っていく。相変わらず、二人は呆然ぼうぜんとしたままだった。

 そう、何故ならここの組の人たちとはしたしいなかだから。

 ・・・ ・・・ ・・・

 オフィスビルの九十九階にある最もおくの部屋。そこが、社長室ならぬ親分の仕事部屋だった。僕は、扉をかるく3回ほどノックする。

 おやっさんは昔、イギリスに留学りゅうがくしていた過去かこがある。そこで、イギリス流のマナーを学んだのもあって、特にノックの回数かいすうにはうるさい。

「おやっさん、晴斗はるとです」

「おう、はいれ」

 中から、腹の底からひびくような鈍重どんじゅうな声が響いてくる。今日は、少しだけ不機嫌かな?まあ理由りゆうはわかっているけど。というか、間違いなく早退そうたいの件で怒っているだろうな。

 扉を開け、中へ入っていく。栞と道徳くんは、もう借りてきたねこのように大人しくなっていた。まあ、気持きもちはわからないでもないけど。正直、この程度で参ってもらってはこまるというかなんというか。

 べつに、これは僕がすごいという話ではない。すごいのは、むしろヤクザの大親分の息子。そして、警視庁警視総監の娘。その明らかにい合わせの悪い二人と同時に仲良くなった兄の天才的人たらしの才能さいのうだと思っている。

 ほかにも、兄を個人的にしたう友人は数知かずしれないだろう。実の弟である僕ですら、兄の人脈は全く把握はあくできていない。それは単に、兄の人脈が幅広はばひろすぎるからだ。

 家族の葬式そうしきの日、兄をしたう人物だけでものすごい数の人が葬式場へ押し寄せてきたのはもはや伝説でんせつだろう。というか、後にも先にもあそこまでにぎやかな葬式はアレ以外ありえないと僕自身思っている。

 まあ、それはともかくだ。

 目の前には、やたらガタイの良い巨体きょたいの男が作業用デスクに座っていた。短く刈り上げた白髪はくはつに、片目に入った一筋のきず。そして、黒を基調とした和装の上からでも分かる筋肉は歴戦の猛者もさをうかがわせるだろう。

 体から立ち上る覇気はきに至っては、もはや一種いっしゅのカリスマすら感じさせる。そのカリスマ性はもはや、人外じんがいの領域とすら言えるだろう。

 この男が、桜木会本部桜木組の会長。桜木さくらぎかいだ。

 おやっさんは僕のほうをまっすぐ、鋭い視線しせんで見つめてくる。やはり、学校を早退したことをおこっているのだろう。

晴斗はるよ、俺はよう。お前の兄に返しきれないおんがあるんだぜ?それこそ、本来は全く関係の無かったはずのお前の兄に、俺たちの抗争こうそうに出張らせてよ。平和的に、比較的お互いに無傷むきずのまま解決かいけつしたのはあいつが、そらが居たからだよ」

「ええ、おっしゃる通りです。僕は、そんな兄を尊敬そんけいしているのですから」

「ああ、かっているさ。けどよ、そんなそらのかわいがっていた弟を前に言いたくはねえんだがよ。早退そうたいはまずくねえか?俺は、アイツの墓前にちかったんだよ。お前を真っ当な人としてそだててやるってよ。今まで、お前の面倒を見てきたのは何よりもそのためだろう?」

 おやっさんの視線が、さらにするどくなってゆく。どうやら、そろそろ我慢の限界が近づいているらしい。

 まあ、分かってはいるけど。迫力はくりょくがすごいな。見ろよ、僕の背後はいごで栞と道徳くんがあわを吹いているぞ?

「ええ、分かっています。そのけんで僕から話があるのですが、いでしょうか?」

「言ってみろよ」

「その前に、紹介しょうかいします。こちらの女の子が御門みかどしおり。僕の家族が亡くなった時に、僕が立ち直るきっかけをくれた恩人おんじんです」

「ほう?」

 じろりと、おやっさんの視線が栞のほうを向いた。ひっ、と栞が短い悲鳴ひめいを上げ涙目で僕の背後にかくれた。まあ、無理むりもない。桜木組大親分、桜木魁。知らない人から見たらものすごくこわいから。実際は、ドの付くレベルの人情家で涙もろい人だけどさ。

 僕は、栞の手をぎゅっとやさしくにぎりしめながら言った。

「彼女がなかったら、僕は家族を失った絶望にえ切れず、自殺していたと思います。ですので、おやっさんもそうにらまないでやってくれませんか?」

「お、おう。すまねえな。そうにらんでいるつもりも無かったんだがよ。だが、お前ひょっとしてこの女のことが……」

「はい、大好だいすきです」

「そう、か。で、もしかしてだが、今日早退したのはこの女が関係しているのか?」

「はい、今日早退した理由りゆうですけど。言い訳になりますが、元々僕も学校を早退するは全く無かったんです。まあ、本当に言い訳ですが」

「続けろよ、どうして早退したんだ?もう、半分以上理由はみ込めてきたがよ」

「はい、ことが起きたのはひるの休憩時間でした。栞がそこに居る芦屋あしや道徳どうとくくんからナンパを受けているのを見つけたのがはじまりです」

「ほう?」

「ひっ」

 おやっさんから視線を受けた道徳くんが、短い悲鳴ひめいを上げる。まあ、無理もないだろうな。おやっさんの視線しせんが、明らかに不愉快ふゆかいそうだから。

 寝取ねとられとか大嫌だいきらいだからね、この人。この見た目からは到底想像できないだろうけど、昔からこの人は純愛じゅんあいものが大好きだった。小説や映画でも、純愛ものを見ては男泣おとこなきをしていたくらいにはべたべたな性格をしたいたのである。

 いやまあ、そこにれ込んだ組員はかなり多いけど。というか、桜木会に所属している組員は全員知っていることだ。

「それで、どうしたいんだ?話は理解した。そいつの心根こころねを正したいんなら、俺たちがたたき直してやるが?」

「ひぃっ」

 道徳くんがあからさまにげ出そうとする。しかし、逃がさない。僕が首根っこをつかんで逃げ出そうとする道徳くんをつかまえる。それでも、必死の形相で逃げ出そうとする彼を、僕は軽々とおさえ込んだ。

 そんな道徳くんを、いっそあわれな視線を向けている栞。もう、この状況には慣れてしまったようだ。うん、まあそれも仕方がない。

 仕方しかたがないけど、逃がさないよ?道徳くん。

「いえ、あくまで僕自身の口で話し合いたいんです。ですので、少しここの道場をお借りしたいと思っているんですけど」

「そうか、そういうことなら好きにしろよ。道場も好きに使ってかまわない」

「ありがとうございます。さあ、行こうか二人とも」

「い、嫌だあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ‼」

 そう言って、僕は断末魔だんまつまを上げる道徳くんを引きって出ていった。栞も、そんな僕の後ろからついてくる。

 ちらりと、おやっさんの顔を見た。

 おやっさんは、そんな僕たちをおだやかな表情で黙って見守みまもっていた。

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