4,少女との再会2

 県立オノゴロ高等学校は、人工島内でも有数の進学校しんがくこうだ。かなりの難関校であり受験に合格ごうかくするだけでも高難易度をほこるだろう。しかし、何故か昴さんがその高校に進学するよう推薦すいせんしてくれたのである。なんでも、国立大学の教授職だった父さんと母さんが推薦状すいせんじょうを残してくれていたらしい。しかも、直筆のサイン付きでだ。

 何で?と、疑問ぎもんに思わないでもないけど、ここは高校に進学しんがくさせてくれた両親と昴さんの親心に感謝かんしゃすることにしよう。そう思い、僕は推薦状を手に県立オノゴロ高等学校へ書類を提出した。

 書類審査が通れば、後は面接めんせつだけだ。さすがに面接でとされるということはなかなか無いとは思うけど、それでも僕は必至に自己じこアピールをした。

 まあ、その努力どりょくのかいあって、現在僕はその高校内で悪目立わるめだちすることなく学業にいそしむことができている。だから、感謝することはあっても文句もんくは決してないだろう。いや、そもそも高校に無事通わせてもらっている時点で文句なんて言えないのだけれど。

 まあ、それはともかくだ。その県立オノゴロ高等学校の2年A組が、僕のかようクラスだ。ちなみに、出席番号は3番だった。というわけで、僕は自分のクラスの自分の席に到着するなり着席する。それからこれは余談よだんだけれど、隣の座席が木場さんだった。

 必然、僕は座席にすわってからも木場さんのトークの餌食えじきとなる。

「ねえねえ、転入生の女の子ってだれだろうね?かわいい女の子って言うけど、もしかしたら舞ちゃんみたいなミニマムな女の子かな?あるいは、ものすごい高身長な美人系かな?」

「さあ、ともかくそろそろホームルームの準備じゅんびをしておいたほうが良いんじゃないのかな?余裕よゆうを持ってきたとはいえ、あんまり時間があるとは言えないし」

「相変わらず真面目まじめだねえ。まあいいや、つづきはその転入生が来てからにしよう。ああ、あとほかにも……」

 哀れだな、その転入生も。そう思って、木場さんのトークを軽く聞き流しながらじっと待っていると、やがて担任の先生が教室に入ってきた。

 ・・・ ・・・ ・・・

 僕たちの担任の先生、鳥居とりい和樹かずき。至って平凡な、銀縁眼鏡に白の混じった黒髪オールバックの真面目まじめな教師だ。文字通り、真面目がスーツを着て歩いているような人物で、悪く言えばあそびが一切無い堅物かたぶつでもある。

 木場さんの苦手にがてな人物でもあった。

「はい、皆さんそろそろ自分のせきに座ってください。会話も中断ちゅうだんしてください。いつまで会話しているつもりですか?そこ、木場木之葉さん」

「えー?もう少しくらいいじゃないですか。センセーのケチ」

「ケチ、じゃないですよ。もうホームルームの時間がてますので、それに、すでに木場さんは事情じじょうを知っているんじゃないですか?今日きょうはこのクラスに新しく転入生が来ます」

「……むぅ」

 仕方しかたなく黙り込む木場さん。転入生という一言ひとことに、教室内がわずかにざわついたけど、それも鳥居先生の一言で全員がだまり込んだ。なんだかんだ言って、鳥居先生をおこらせると後がこわいことをみんな知っているからだ。

 教室内が静かになったのを確認かくにんした鳥居先生は、そのまま教室入り口に視線を向けて声をかけた。

「どうぞ、はいってください」

「はい」

 おや?

 その声に、何故か僕はなつかしい気分になった気がした。どうしてだろう?昔、この声のぬしに一度会ったことがあるような……

 そんなことをかんがえていると、噂の転入生が教室内に入ってきた。その姿に、僕は思わず息を忘れて硬直こうちょくしてしまう。っている、なんてレベルの話ではない。断じてないだろう。

 舞のようなミニマムというわけではない。かといって、高身長というわけでもない奇跡のような均整きんせいの取れたプロポーションに肩にかかる程度の栗色くりいろのショートヘア。

 くりっとしたひとみに優しげなたれ眉。日本人離れした美貌びぼう

 彼女は、そうだ、彼女の名前なまえは……

「えっと、ご紹介しょうかいにあずかりました。私の名前は、」

しおり御門みかどしおり……?」

「え?」

 思わずぼそっとつぶやいた僕の言葉に、その転入生がおどろいたような表情で僕のほうを見る。直後、彼女も驚いた表情のまま硬直こうちょくしてしまった。

 クラスの全員ぜんいんが、僕のほうをぎょっとした視線しせんで見た。それもそうだろう、噂の転入生の名前を何故なぜか僕が知っていたのだから。

 いやまあ、ふたをけてみれば知っていて当然なんだけれど。

 そうだ、間違まちがいない。彼女と僕は一度会ったことがある。それも、ただ会っただけではない。僕と彼女は……

「なんだ、織神?御門さんのことをっているのか?」

「えっと、昔一度会ったことがありまして。一言でいえば、えっと、恩人おんじんです」

「ほう、そうなのか……。ん?どうした?御門さん?」

「…………晴斗はる、くん?」

 ぼそりとつぶやき、彼女はゆっくりとした動作どうさで僕にあゆみ寄ってきた。自然、僕も座席から立ち上がり彼女しおりのほうへ歩み寄る。

 ゆっくりと、ゆっくりと、僕と彼女の距離が近くなっていく。

 そして、僕と彼女が目と鼻のさきまで近づいた。すでに、彼女の目は涙が滲んで。

「っ、晴斗はるくん‼」

 栞が、僕の胸元むなもとに飛び込んでくる。両腕を僕の背中にまわして、強く抱き締めた。

 周りから、黄色い歓声かんせいが上がった気がするけど、かまうものか。今の僕たちにはそれを気にするような精神的余裕は一切無い。今の僕たちには、お互いのことしか見えていない。

 わあわあときじゃくる彼女の背中に、僕は腕を回す。ぎゅっと、彼女を強く抱き締めた。

「またえて、本当に良かった。こうして君と再会さいかいできたことが、何よりずっと嬉しいよ」

「わたっ、私も。私も……晴斗はるくんと再びえたことがとっても嬉しいよ……」

「ああ、本当に良かった。本当の、本当に良かった」

 そうして、お互いぎゅっと強くき締めあう。僕と彼女の間に、甘ったるい空気が漂ってきて。

 そんな時、僕と栞の二人の頭頂部を硬い出席簿しゅっせきぼかどでコツンと叩かれた。いや、軽くとはいえ地味にいたいな?じわりとにじみ出すような痛みが、徐々に頭に響いて。

 見てみると、鳥居先生がとてもこわい笑みで僕たちのことを見ていた。いや、本当に怖い笑顔で僕たちをじっと見つめている。人間ニンゲンって、ここまで怖い笑みを作ることができたんだなと、少しだけ感心かんしんしてしまったくらいだ。

「えっと、鳥居先生?」

「二人とも、さすがに自重じちょうしましょうね?少し、まわりを見てみましょうか」

「……えっと、あ」

 僕と栞はこの時になって、ようやく周囲しゅういから猛烈な好奇こうきの視線を浴びていることに気付いた。いやまあ、これは流石に気恥きはずかしい。これ、僕たちはクラスメイトの前でイチャイチャしていたことになるだろ?うん、これはかなり恥ずかしい。

 うわぁ。なんだか、うわぁ。

「ご、ごめんなさい」

「す、すいません」

「いや、私にあやまらなくていいので。みなさんも二人に話があるようでしたら休憩時間中にしましょうね?決して公序こうじょ良俗りょうぞくに反さない程度に節度をわきまえましょう。わかりましたね?」

「「「はいっ」」」

 そうして、そのまま鳥居先生は何事も無かったかのようにホームルームを始める。この切り替えの早さこそ、鳥居先生の特徴とくちょうとも言えた。いやまあ、何時までもねちねちと引きられないのは正直ありがたいのではあるけれど。

 でも、ホームルームの時間中。そして、一限目の時間中ずっと、クラスメイト全員からの好奇こうきの視線をけていたのは言うまでもない話だろう。いやまあ、正直栞も同様だろうけどさ。でも、正直いたたまれない話だった。もう、穴があったら入りたいレベルで恥ずかしいのである。もう、ずっと僕たちは顔が真っ赤だった。

 その後、休憩時間に入った瞬間に僕たちはクラスメイト全員から質問攻しつもんぜめにされたのは言うまでもなかった。特に、木場さんがとてもき生きとしていたのはもはや言うまでもないことをここに追記ついきしておくとしよう。

 うん、まあごめんなさい。本当ほんとうに、ごめんなさい。

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