希望

目が覚める


無機質な天井

背中には少し硬い感触


「あ、起きた」


白衣を身に纏った男の人は、目が覚めた私に気がついた


「……あれ、私……」

「覚えてない?曲がり角で僕にぶつかってそのまま倒れたんだよ」

「そう……なんですか……」


段々と思い出してきた


確か……いや、やめておこう

思い出すだけでまた意識が飛びそうだ


「大丈夫かい?顔色が随分と悪いが……」

「いぇ、大丈夫……です」

「いやいや、その顔で言われても説得力無いって!それに、時間も時間だし親御さんには一報入れて、今日はここに泊まりなよ」


そう言われて時計を見てみると22時を過ぎていた

「そう……ですね、ではお言葉に甘え……え?ここに?」


言われた事を頭の中で復唱しながら答えてみると疑問がふと沸く


「うん、ここに」

「……泊まる?」

「泊まる」

ここ病院に?」

「何回この会話するの?」

白衣の男の言葉の意味を理解するのに随分と時間がかかった


「ぁは!そうだ!悠人!悠人は!?」

「!なんだよ急に叫んで……」

「そんな……そんな事よりゆ、悠人は!」

焦りでたどたどしくなりながらも、白衣の男に聞いた

「そんな事って……君が言ってるのはもしかして、今日急患で506号室に入院してきた陽川 悠人くんかい?」

「は、はい!そうです……」

「なら、まずは落ち着きな。話はそこからだ」

「すみません……」

そう言われ視線をそらそうと、ふと扉の方を見た

「ひっ!?」

そこには看護服を来た女性が立っており、私は思わず声にならない悲鳴を上げた

「ん?どうした……ってうわ!?りんちゃん!?」

「やっと気付かれましたか……」

凛と呼ばれた看護服姿の女性はやれやれと言わんばかりのため息を吐きながらこちらに向かって来た

「い、いや!やめてこないで!!」

私は必死に抵抗しようとしたが声しか出なかった

「まぁまぁ落ち着いて?別にこの子は幽霊でもなんでもないからさー」

「?幽霊が居たのですか?」

キョトンとした顔を浮かべる女性に白衣の男は若干の呆れ声で言った

「あのね凛ちゃん。この場合幽霊は君の事だよ?それに、いつ入って来たのさ!僕ちゃんと立ち入り禁止の張り紙貼ったよね!?」

「入ってきたのはその子が目覚める少し前からで、張り紙なんて見てませんけど?」

必死とも思える声色で白衣の男が質問するが、女性は淡々と答える

まるで常識を聞かれているかのように

「それと、他の部署の方からお聞きしましたから」

「な、なんて?」

「柳先生が女の子を抱えて自分の部屋に連れ込んだって」

「…………へ?」

「えぇ。」

「俺そんなロリコンに見える……?」

「普段からは見えませんが今回の一件でそう見られるかと」

「終わった…………」

涙声で顔を覆い机にうつ伏せになる白衣の男

「……そろそろこの子、どうするか決めませんか?ずっと放置されてますよ」

と言いながら私を指さす

「あぁ、そうだった……どう?落ち着いた?」

「え、あぁ、はい……ところで……」

「「ところで……?」」

やっと話せると思い、口を開いた

「あなた方は……誰ですか?」

「……そういえば、申し遅れたね」

そう言いながら白衣の男は白衣の胸ポケットから名札を取り出し自己紹介をした

「僕の名前はやなぎ 理人まさとこの病院の脳外科医。柳先生って呼んでねー」

柳先生は両手をひらひらと私に振りながらにこやかに言った

「んで、こっちが槻島つきしま りん、僕の助手〜」

「よろしくお願いします」

槻島さんは私にペコりとお辞儀をした

「さて、僕らの事はこれで良いか。じゃ、次は君の番だ」

「えぇ!?私……ですか?」

「もちろん、本題の前にまずは自分の事を名乗らないと」

まるでそれが正しいかのように振る舞う柳先生に疑問を感じながら、私は自分の事を話した

「……私は星川 藍……です。今日は……悠人の……幼馴染の事を……聞いて……」

話している内に涙が溢れてきた

その間、2人は何か言うわけでも無く、ただ私の話を聞いていた


話し始めて五分ほどが経ち、漸く泣き終えた私を白い大きな影が覆う

「辛かったね、怖かったね」

それが柳先生だと気が付くのに、少し時間がかかった

止まったはずの涙が、また溢れる


「……藍ちゃん?大丈夫?」

「はぃっ……大丈夫です……」

ある程度涙を吐き零した私を心配する柳先生

「……藍ちゃん、これから話す事はまだ確証の無い不確かな妄想だ……でも、僕はこの妄想に一縷いちるの希望を見出している」

「希望……?」

柳先生は私が泣き止んだ事を確認して元の椅子に座った

すると、すぐ側に湯呑みが置かれた

「こちら、粗茶ですが」

「あ、ありがとうございます……」

「ねぇ凛ちゃん?僕今大事な話しようと思ったのに?」

「?ですが、1度暖かいお茶を飲むのがよろしいと判断したので」

「君は本当にマイペースだなー」

半笑いで槻島さんにそう言うと、気を取り直したかのように柳先生は私の方を見つめた

「話を戻すけど、僕は陽川くんの症状を治せる可能性を見出したんだ」

「ほ、本当ですか!?」

「あくまで可能性の話だけどね。と言うのも、僕は彼の主治医を担当してねー。頭を1度MRIでスキャンしたんだよ」

そう言いながら何やら白黒の写真のような物を引き出しに入っていたファイルから取り出し、私に見せた

「これが彼の頭の中ね?で、難しい事は省くけど、この写真は僕たち脳外科医からしたらかなり奇妙でねー」

「奇妙……?」

「そう、奇妙。それがね、おでこの向こう側にある前頭葉って呼ばれる部分、そこが人の記憶の中枢なんだ。今回の手術、僕が執刀した訳じゃ無いから全部は分からないけど、かなり酷い状態だったのか前頭葉にまで悪影響が及んでる」

「そ、それって……」

全身に少しだけ悪寒が走る

「……普通の人間なら、元の記憶は回帰することなく今後一生を過ごす」

「そ、、そんな!」

「だが、陽川くんの場合は違う」

「悠人の……場合……?」

「陽川くんは前頭葉の悪影響が少しずつではあるが治りつつあるんだ」

「って事は!記憶が戻るって事ですか!?」

思わず身体が熱くなるのが分かった

「本当に少しずつね?ただ、不安定なんだ」

「不安定……と言いますと?」

「今にも回復が止まりそうな勢いなんだよね」

「そう……ですか……」

内心ガッカリした

せっかく、いつもの悠人が戻ると思ったのに

「でも、それが僕の言った希望じゃないんだ」

「え?」

「僕の見立てでは、前頭葉に刺激……つまり、陽川くんの元の記憶に繋がる何かを見せれば記憶が戻るんじゃ無いかな……って」

「そ、そうなんですか!!」

気が付けば私は、柳先生の顔すぐ側まで近寄っていた

「あ、あくまで可能性の話だから……」

「でも!可能性はあるんですよね!?」

「あ、あぁ……」

「ありがとうございます……ありがとうございま……す――――」

急に……瞼が……おも……い……


「藍ちゃん?藍ちゃん!?」

柳先生の……声が……

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