後遺症

「後遺症……って一体?」



体感時間数分とも思えるその瞬間


放たれた言葉は


「記憶の大腿部が欠如……つまり、『記憶喪失』です。」


……は?


記憶……喪失……?


「日常での常識など、脳に定着している最低限の情報は残ってはいますが……」


「……私たちの事は?」

先に口を開いたのは智美さんの方だった

「私たちの事は覚えていますよね……?」

震えながら放たれるその言葉に期待を乗せたが……

「……申し訳ございません」

医者はそう言って立ち去ってしまった




そこからの事はもうほとんど覚えていない

ただ、ぼんやりと覚えているのは智美さんに

「今は辞めて、気持ちの整理をつけてから会ったらどうかしら?」

と言われた事だった


でも、それでも会いたかった



どうしても顔を見たかった


心配……というのか焦りと言うのか

なんとも言えない感情だけが私の中を駆け巡る



その日の夜



病院の空いてるギリギリの時間

少し時間がかかってしまったが、ここまで来れた

足枷がついてるんじゃないかと思うほど足が前に進まなかった


嫌な予感がして仕方がない




悠人の病室


今、この壁の向こうに悠人がいる


ガラガラガラ―――――




月明かりだけが差している病室

幻想的で不気味な気配

そんな気配の中、悠人がこちらを見ていた



「び、びっくりした……」

悠人が呟いた

悠人だけど悠人じゃない

いつもの元気で優しい悠人の声じゃない


優しいけど、どこか違う声……


「えっ…………と……?」

「あ、その……」

キョトンとした顔を浮かばせる悠人

それに対し私は先程まで頭に浮かべた言葉が白紙へと塗り変わった


何を言えば良いか分からなくなっている私に悠人が口を開く


「どちら様ですか?」









どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?どちら様ですか?






分かってはいた

覚悟もしていた

でも足りなかった


ずっと、当たり前のような存在が水に溶けたように無かったことになった


悠人が……私を知っている、私が知っている悠人が居なくなってしまった


「ぁ、ぁの……ごめんなさぃ」


上手く言葉が発せていたか分からない

走っているのか、歩いているのかすらも分からない

さっきの言葉が頭から離れない

ずっと、地を這う蛇のように脳を、身体全身を駆け巡る



廊下の曲がり角を曲がった瞬間、何かにぶつかった


「あ、ぁ、ごめんなさ……」

「わっ!大丈夫かい?顔色が悪いよ?」


目の前が……真っ白……暖かい―――

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