第6話 主人公はただの修行バカらしい
「流石は我が弟子じゃ! 圧勝じゃったな!」
「配下としての責務を果たしましたね、テオ。褒めてあげましょう」
「いい剣技だった。私も見習わないとな」
コヨリは観客席から降り、テオの背中をばしばしと叩いた。
テオの体からは赤黒い魔力が溢れ出し、その髪も瞳も真っ赤に染まっている。ネメシス=ブルームにて魂を汚染された、強化状態のテオの姿そのものだ。
「して、体の方はどうじゃ?」
「うん、特になんともないよ。大分制御できてるみたい」
「そうかそうか! 特訓した甲斐があったな」
「……大変だったなぁ、あれは」
テオからネメシスの精神汚染を取り除いた後、コヨリは考えていた。
あの強化状態を意図的に引き出すことはできないのか、と。
そもそも、テオはコヨリの原作知識では元から赤毛赤目だ。それはネメシスの血を引いている証拠とも言える。
ならば、テオの意志でネメシスの血を引き出すことだってできるのでは? と考えたのだ。
結果として、コヨリとの特訓(一方的なしごき)によってテオは自由に力を解放することができるようになっていた。
「何度死ぬかと思ったことか……。今ここにいられるのは奇跡だよ、間違いなく」
「大袈裟じゃな。ちょこっとだけ本気を出して相手をしただけじゃぞ?」
「それ、普通は死ぬ奴なんだよねぇ……」
尻尾を4本顕現させたコヨリとの戦闘は、テオにとってはまさに死闘。コヨリからすれば、それでもほんの肩慣らし程度だ。
ただちょっと
嘘だ。本当はちょっと楽しくなっちゃっていた。それは認めよう。テオ相手ならちょっとくらい別にいいかなとか思ってしまったのだ。
「ま、まぁこうして覚醒状態を維持できるようになったからよいではないか! やはり主人公なら覚醒の一つや二つ持っておかないとな!」
「別に僕は物語の主人公なんかじゃないけど……でもまぁ強くなったのは確かだね」
テオは噴出した魔力を収める。すると、赤く染まった髪と瞳が元の黒色へと戻って行った。
「ごめんね、シャーロットさん。ちょっと強めに殴っちゃった。立てる?」
テオが地面に手をついていたシャーロットに手を差し出すも、
「……これくらい、平気ですわ」
彼女はその手を取ることなく、よろよろと立ち上がった。
「嘘だろ……シャーロットが負けた?」
「上級魔法を剣で切り裂いたぞ……」
「なんだったんだよ、さっきの魔力は……」
観客席は戦々恐々となっていた。元入試成績トップがあっけなく敗北するという状況。今までに見たこともないような強大な魔力。
それは最早、学生の域を遥かに超えている。
「ふ、ふざけるな!」
しかし、貴族というのはプライドの高い生き物だ。
観客席にいた一人の生徒が立ち上がり、声高に叫んだ。
「俺は、俺達は貴族だ! こんな田舎育ちの平民なんかに負けるはずがない! さっきそこのチビは言ったよな! 全員でかかってこいって。なら次は俺達全員が相手だ! なぁ、みんな!?」
「そ、そうだよな……俺達貴族が、あんな奴に負けるはずない……!」
「次は俺達が相手だ!」
「シャーロット様の敵は私達が取ります!」
その熱が伝播するように、次々と貴族達は立ち上がる。
コヨリはテオと顔を見合わせ、顎をくいっと観客席に向けた。
「分かった。何人だろうと、まとめて僕が相手をするよ」
テオは剣を構える。血気盛んな貴族達もまた各々が武器を取り出し、訓練場内へと降り立つ。
「お待ちなさい!」
だがそこに、シャーロットの声が響き渡った。
「この勝負は、ワタクシの負けですわ。大人しく下がりなさい」
「でも――」
「ワタクシは彼に決闘を申し出たのですよ。それなのに、まるで仇討のように全員で寄ってたかって……恥を知りなさい! 貴族の誇りは、そんな安っぽくはないはずですわ!」
「ぐっ……」
貴族連中は一人、また一人と武器を下げる。
「ほぉう。中々良い心構えじゃな」
コヨリは感心するように声を上げた。
この国――マグミリオン王国の貴族連中は大体がろくでなしばかりだ。貴族のプライドばかりに拘って、己の野心と私腹をこやすことしか頭にない者が大半。
そんな中で、まるで騎士道精神を重んじるかのようなシャーロットの発言はコヨリの目を引いた。
(流石は、『スペルギア』におけるサブヒロインじゃな)
サブヒロイン。文字通りメインヒロインよりも主人公との関係性が遠い、サブとしての役割を与えられたキャラクター。
シャーロットはテオが学院に通っている間だけ関わるサブヒロインだった。
「テオ。次は、絶対に負けませんわ。覚悟しておきなさい」
「うん、いつでも相手になるよ」
「コヨリ、あなたもね」
コヨリはシャーロットの宣戦布告を堂々と正面から受け止める。
腕を組んで、不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ、いつでもかかってこい。とは言ってもテオに手も足も出んようでは相手にならん。そうじゃな、テオに一発でも食らわすことができれば我が相手になろう」
「……いいでしょう。その余裕、必ずワタクシが打ち崩してみせますわ」
「楽しみにしておるぞ」
シャーロットはそれだけ言い残すと、訓練場を後にした。貴族連中も後に続いてぞろぞろと退散していく。
「いやぁまじで凄かった! どんだけ強いんだよ、お前!」
「何食ったらそんな強くなれるんだ!?」
「貴族連中の顔見たか? スカッとしたよ、俺」
「シャーロットさんは格好良かったけどね。貴族がみんなああならいいのに」
観客席に残った平民出の生徒達は、テオに賞賛の声を投げかけた。テオは「いやそんな……」とか言いながら頬をかいている。随分と照れ臭そうだ。
「我の弟子は凄かろう! これでもまだ本気じゃないぞ!」
コヨリはテオと違い、ドヤ顔で胸を張る。
「まじかよ……ハンパねぇな……」
「コヨリ……ちゃんは、師匠なんだよね? もっと強いってこと?」
「当然じゃ! 我の手にかかればテオなんぞ赤子の手をひねるも同然よ!」
「あれを赤子扱いって……どんだけだよ……」
若干引き気味の彼らに向けて、コヨリは「ふふん」と鼻を鳴らした。
「コヨリ様とテオでは比べるべくもありませんね」
「然り。コヨリ様はこの世を変えるお方。その身に宿す力の多寡は、私達でも推し量ることはできない」
コヨリは「ふふふん」と更に胸を張った。
「よくよく考えればあんな小っちゃい子が様付けで呼ばれてるんだもんね……」
「口調も年寄り染みてるし……」
「ただ者じゃないのは、明らかだな……」
(よしよし、いい感じで我らの存在が印象付いておるのう)
このまま行けば、このシャーロットとテオの戦闘もすぐに噂になるだろう。
そうすれば血気盛んな奴らがまた勝負を仕掛けてくるに違いない。それをテオがぼこす。また新たな挑戦者が来る。またテオがぼこす。以下ループだ。
これで学院の実力者を片っ端から屈服させることができる。後は、この学院は鍛錬の一環として教師との試合も認められているので、それもテオにぼこらせれば――
(うむうむ。完璧な計画じゃ。そこまで行けば流石に学院長も出てこざるを得んだろう)
先程見た通り、この国の貴族連中はプライドが高い。そいつらの鼻っ柱をへし折れば、おそらく問題は学院外にまで波及する。親とかしゃしゃり出てくれれば儲けものだ。そうなれば学院長が出てこない訳にはいかない。
「テオ、そういう訳でこれから先の試合は全てお主に任せるからの。頼んだぞ」
「え、ちょっと待って……僕が戦うの? これから先全部?」
「当然じゃ。シャーロットにああ言った手前、他の者が相手でも我が出る訳にはいかんだろう」
「……ルーナとかミズキとか……」
「まぁそれはありじゃが、そしたら修行相手が減るぞ? いいのか?」
「うぐぐ……」
別にテオが全部引き受ける必要はこれっぽっちもないのだが……コヨリがそうするのは学院におけるテオの行動を制限するためだ。
原作において、テオは学院内でもその存在感を遺憾なく発揮する。平民と貴族というこの学院のスクールカーストを破壊し、立場の弱い者に手を差し伸べ、貴族のプライドを振りかざすだけの不埒者を屈服させ、改心させる。
その性格上、放って置けばテオは原作通りの行動を取るだろう。だがコヨリにとって原作通りの行動というのは不安の種でしかない。
何せ原作通りに事が進んでしまえば、いずれはテオとのハーレムエンドが待っているのだから。この世界のシナリオの強制力がどれ程かは分からないが、用心するに越したことはない。
「しかしまぁ、お主にばかり負担をかけるのもあれじゃからな……ここは一つ、お主の頼みを聞いてやろう」
それはコヨリなりの気遣いというか、自分勝手に彼を振り回している申し訳なさから出た言葉だった。
「頼み? それってなんでもいいの?」
「その言い方はやめるのじゃ。マジで。我の許す範囲のみでじゃ」
「そっか。それなら――」
テオはコヨリを見つめる。
「修行をつけてほしい。コヨリちゃんの――師匠の本当の本気の状態と、戦ってみたい」
そこには強い意志があった。
強くなりたいという意志。ネメシスを止めたいという願い。
「…………分かったのじゃ。約束しよう」
それ自体は立派なものだ。そこまで貪欲に強くなりたいとうのは、やはり主人公としての性なのか。どうであれ、その意志は尊重するべきだろう。
だがコヨリは、それ以上にテオに対して思うことがあった。
(自分で死ぬかと思ったとか言っておきながら本気の戦いを求めるとか……こいつもしかしてドMなんじゃ……?)
コヨリの中で、テオの評価が勝手に下がった瞬間だった。
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