第5話 女の子が空を飛ぶときは注意しましょう

 涙目になっていた担任の先生にホームルームをしてもらい、放課後。

 テオは訓練場にてシャーロットと対峙していた。

 両者睨み合い、剣呑な雰囲気が漂う中――


「コヨリ様。食堂でおやつを買ってきました」

「おぉ、ポップコーンではないか。分かっておるのう、ルーナ」

「酒のアテにもぴったりじゃないか。どれ早速――」

「これはコヨリ様の分よ。ミズキにあげたらすぐなくなっちゃうわ」

「そ、そんな殺生な……」

「テオの戦いをツマミにでもすればいいじゃない」

「むっ……まぁそれもそうか」

「まぁまぁ、いいではないか。こういうのはみんなで食べた方が美味いし楽しいからの。という訳で、頑張れよテオー」


 コヨリ達は訓練場の客席でパーティを開いていた。おやつを持ち寄り、完全にテオの戦いをただのショー扱いである。


(あれ……なんかこれ……もしかして上手く乗せられただけなんじゃ)


 修行という言葉に飛びついてしまったが、到底弟子の修行を見る師匠の態度じゃないよなぁ、とテオは思った。


「あなたの師匠は随分とあなたを信頼してますわね。その余裕、いつまで続くかしら?」


 シャーロットの言葉に、テオはハッとした表情を見せる。


(信頼……? そうか、師匠は僕のことを信頼して……!)


 じーんと、テオの胸が熱くなった。

 コヨリはテオにとって、尊敬できる偉大な師匠だ。


 以前、コヨリが不老長寿の法を求める理由をルーナに聞いたことがある。それはこの世の不条理を打ち壊すため。つまりは、ルーナやミズキと言った差別や迫害を受けた人々を救い、この世を正すということ。


 テオはそれを聞いて感銘を受けた。心の底からコヨリを尊敬した。なんて尊い考え方なのだろうと。困っている人を救い、人々を助ける英雄になることが夢なテオにとって、コヨリはまさに英雄そのものだ。


 そんな師匠が、自分を信頼してくれている。

 その期待には応えねばならない。


「師匠! 僕頑張ります!」

「ほあ? ほふわからんは、ふぁんばれふぉ」

「コヨリ様。お膝にポップコーンのカスが……。はい、これで大丈夫ですよ」

「ふまんのう」


 口にポップコーンを含んでもごもごしている姿を見るとただの可愛らしい子供にしか見えないが、実は凄い人なのだ。


「貴族の力を見せてやれー!」

「平民なんかに負けるなよ!」

「シャーロット様、頑張ってくださーい!」


 観客席にはクラスメイトの殆どが集まっていた。シャーロットの後ろに陣取った貴族連中が野次を投げる。


「お貴族様に目に物見せてやれー!」

「その生意気な鼻っ柱をへし折れー!」

「なんだか良く分からんがとにかく負けるなよー!」


 反対に平民出身のクラスメイトは比較的コヨリに近い位置でテオを応援していた。日頃から貴族に対する鬱憤が溜まっているのかもしれない。


 シャーロットは両陣営の野次を受けながらも堂々たる振る舞いを崩さない。

 ブレザーの内ポケットから一本の短杖を取り出すと、その切っ先をテオへと向けた。


「言っておきますが、手加減はしませんわよ。怪我したくなければ今の内に降参なさい」

「心配には及ばないよ」


 テオは腰に下げた剣を抜くと、正眼に構える。

 さっきまでの朗らかな雰囲気が、すっと消えた。


「君じゃあ、僕に傷一つ付けることはできない」


 そこにあるのは、己の力に対する絶対的自信。テオはシャーロットの力量を正確に掴んでいた。


 確かに魔力量は多い。入試トップなだけあってそこらの学生の中では頭一つ抜けているだろう。


 だが、その程度だ。

 コヨリ、ルーナ、ミズキ。そしてネメシスやミーナリア。そういった遥か高みにいる上位者達と比べたら、その実力差は一目瞭然。


「言ってくれますわね……。その思い上がりを、このワタクシが正して差し上げますわ!」


 シャーロットは杖へと魔力を流し込む。すると魔力が急激に膨れ上がり、シャーロットの周囲に風の渦を生み出した。

 杖は魔力コントロールを容易にし、更にその力を増幅させる効果がある。魔法を主体で戦う者にとってこれ程相性の良い武器もないだろう。


(凄い魔力量だ。流石は名家セレスディアの生まれなだけある。でも……)


風刃ウィンドカッター!」


 テオに飛来するのは全てを切り裂く風の刃。風属性魔法の基本技だが、その魔力によってスピードもパワーも大きさも、全てが強化されている。


 生身の人間が受ければ容易く両断されてしまうような威力。


 それが分かっていて、その上でテオは、


「なっ!? 何をしてますの! 避けなさい!」


 シャーロットが思わず叫ぶ。宣言通り、彼女は手加減なんて一切していないのだ。まともに食らえば大怪我どころでは済まない。

 しかしテオは、一歩も動かない。避けるでも剣で叩き斬るでもなく、ただじっと佇んでいた。


「くっ……!」


 シャーロットがテオを守るために体に風を纏って跳躍しようとする。

 しかし間に合わない。このままではテオは風の刃に切り刻まれてしまう。



 だが、そうはならなかった。



 テオは左手を前に突き出す。ただそれだけ。

 それだけで、その手に直撃した風刃ウィンドカッターはバチンと音を立てて霧散した。


「なっ!?」


 シャーロットは驚愕の色に顔を染める。十分な魔力があれば相手の魔法を防御することは確かに可能だ。だが、テオは魔力を増加させた素振りも見せていない。

 シャーロットの目から見ても、その身に漂う魔力量は平常時と変わらない。


 にも拘わらず、防がれた。それはその身に宿す魔力量が、その絶対量がシャーロットを遥かに上回っている証拠。


「それが君の全力かい?」


 テオは再び剣を構える。シャーロットは無意識の内に一歩、後ずさっていた。

 シャーロットの額から、たらりと冷や汗が垂れる。反対にテオは余裕の表情だ。


 テオの剣を握る手と、シャーロットの杖を握る手に、力が籠る。


 緊迫した空気が流れる中――


「おおぅ、テオのやつ中々やるのう!」

「コヨリ様の配下として、あれくらい出来て当然です」

「いやだから配下ではなくて……いやもうよい。このやり取り何度目かも分からん」

「流石の密度だな。魔力の鎧……あれは私でも手こずりそうだ」

「我ならあの程度紙切れ同然じゃがな! わーはっはっはっは!」


 コヨリ達の全く空気を読まない声が、響き渡った。


 カッコいい顔で剣を構えていたテオは、すっとコヨリ達に目を向ける。


「あの……今すっごくいい感じの所だったんだけど……」

「ぬぁ? あぁ、すまんすまん。我らのことは気にせず好きにやってくれてよいぞ!」

「もう色々台無しだよ……」


 はぁ、とテオが息をつくのと、


「ふ、ざけないでください!」


 シャーロットが激昂するのは同時だった。


「こんなふざけた方々に、ワタクシが負けるはずありませんわ! そう、さっきのは……まぐれ! まぐれに違いありません! ここからは、ワタクシの本当の本気を見せて差し上げます!」


 そう言うとシャーロットは再び風を纏い、宙に浮いた。


「凄い……シャーロットさん、空飛べるんだ……」


 テオは上空を見上げ、素直に感嘆の声を漏らし――


「――ッ!?」


 すぐに目を逸らした。

 そうする他になかったのだ。かーっと顔が熱を帯びて行くのがはっきりと分かる。


「何よそ見してるんですの! またそうやって余裕の態度を見せて、本当に腹が立ちますわね!」


 シャーロットの怒声も、テオの耳には届かない。

 それどころではないからだ。ちらちらとシャーロットに目を向けるも、やっぱり目のやり場がなくて、テオは顔を俯かせる。


 それが、シャーロットの闘志に火をつけた。

 杖を空高く掲げ、魔力を練り上げていく。


「いいでしょう。あなたがその気なら、ワタクシも本当の本気で――」


 その時コヨリの声がぽつりと零れ落ちる。


「おぉう、丸見えじゃな」


 それは本当に悪気のない、思わずと言った声音で――



「………………………………え?」


 シャーロットは固まる。


「淑女としての自覚が足りてませんね」

「はっはっは。思い切りがいいな。私は好きだぞ?」


 ルーナとミズキの言葉を聞いて、シャーロットは再びテオを見た。

 テオは頬を赤く染め上げ、顔を背けながら、めちゃくちゃ言い辛そうに口を開く。


「えーっと、その、下着が……その……丸見えというか……うん……」

「――ッ!!?? こ、あ、ふぇ……」


 声にならない悲鳴を上げて、シャーロットはわなわなと肩を震わせる。

 ぴったりと足を閉じて、左手でスカートの裾を下へと引っ張る。果たしてその行為にどれ程の意味があるのか。

 普通に地上に降りた方がいいんじゃないかなぁ、とテオは思ったが――


「こ、この……バカぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 シャーロットは高らかに掲げた右手の杖に魔力を極限まで集中させた。彼女を中心に風が逆巻き、砂埃が宙を舞う。


「おぉー、これが火事場の馬鹿力という奴か」

「コヨリ様、私の後ろに。砂埃が目に入ってしまいます」

「というかあれ、このままだと訓練場が大破するのでは?」

「むっ、それは困るのう。我らに修繕費の請求が来ても厄介じゃ。テオよ」


 コヨリはテオに向けてぐっと親指を突き立てる。


、やってよいぞ」

「……分かりました」 

荒れ狂う暴風レイジングテンペスト!」


 直後、シャーロットは巨大な暴風の渦をテオに向けて遮二無二に放った。


 テオは剣を構え、その魔力を解放する。

 赤黒い魔力がテオを覆うと同時に、その髪が、瞳が、


「はぁぁぁぁぁ!!」

「そ、そんなっ……!?」


 テオは迫り来る暴風を容易く切り裂くと、


「ちょっと痛いかも。ごめんね」

「――えっ!?」


 瞬時に空中にいるシャーロットの背後へと跳躍し、剣の柄で弱めに彼女を叩き落とした。


「くっ……」


 地面に手をつくシャーロットの首筋に、テオの剣先が突きつけられる。


「僕の勝ち、だね?」


 真紅の髪と鮮血の瞳を宿しながら、テオは朗らかに笑った。

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